ユリスは魔法学園の入学を決意する

 本来魔法とは、体内の魔力を使ってあらゆる事象に干渉する物である。

 大抵の人が体内に魔力を有しており、誰にでも魔法を扱うことはできる。後は己の魔力操作の技術、属性への相性、魔力量などなど。それらを伸ばしていけば、優秀な魔法士になれるのだ。


 魔力操作に長けていれば、繊細な魔法を扱うことができ、細かな操作とより多くの魔法が扱える。

 属性の相性が強ければ強い程、その属性の魔法の威力は上がり、その属性の魔法が多く所得しやすくなる。

 魔力量が多ければ多い程、魔法を使用する時間は伸び、大規模な魔法が扱うことができる。


 これらは元より潜在能力の一つであり、生まれながらにして大抵の才が決まっている。後は己の努力次第だ。


 だが、ユリスは生まれながらにして魔力が存在していなかった。

 誰でも生まれながらに微細でも魔力を有しているはず。だけど、ユリスは魔力が一切存在しない。


 世間では、これを『魔力欠乏症』と呼ぶ。

 何十万人に一人の割合で起きるその症状に、ユリスはなってしまったのだ。


 魔法が当たり前の世界に魔法が使えない存在————ユリスは、その所為で何度も他貴族から後ろ指をさされてきた。


『出来損ない』『貴族の恥』『人として終わっている』と。


 故に、世間からのユリスのあだ名は————


『無能』


「そんな俺が入学しても余計に後ろ指さされるぜ? セシリアのサポートって言っているが、逆にこっちが迷惑かけちまうよ。……俺はセシリアだけには、迷惑はかけたくねぇ」


「ユリス……」


 悲しそうに呟くユリスを見て、セシリアは心配そうに言葉を漏らす。


 仮に入学出来ても、魔法を重点的に伸ばす王立魔法学園の授業などにユリスはついていけないだろう。それに、周りから馬鹿にされてしまうだけ————今ですら、アンダーブルク子爵家の評判は「魔法が使えない出来損ないの息子が次期領主」と、最低なのに余計に下がってしまう。


 更に、一緒にいる聖女である彼女の評判も下がってしまう。


(それだけは、絶対に嫌だ……)


 これは、ユリスが最も嫌う理由。ユリスは、どんな理由があれ『セシリアが傷つく事だけは絶対に許さない』。


 だからこそ、評判が下がる前に早くこの地から去って欲しかった————そんな理由があったりする。


 ……まぁ、そんな理由があるからユリスはこの話を断るのだ。

 それを聞いて、マルサは口を開く。


「俺も昔、王立魔法学園に通っていたんだが……ぶっちゃけた話をすると、ユリスがこの学園に入学しても何の問題もないと思うぞ?」


「……その根拠は?」


「それは、この学院がよくも悪くも『実力主義』だからだ」


 マルサはフォークを置き、真剣な眼差しでユリスを見やる。


「確かに、魔法を主軸として教育して求めているのは事実だ————だが、『魔法が一番強いと言う認識がある』から求めているだけであり、事実『強ければなんでもいい』のだ。だからこそ、ユリスはこの学園では十分に通用する。それどころか、俺からしてみればユリス以上に強い奴はいないと思っている」


「……」


 父親の謎の信頼感に、ユリスは黙り込んでしまう。


「俺としても、ユリスは入学するべきだと思っている————うちの評判なんか気にするな。幸いにして、ミラー公爵には懇意にしてもらっている。評判が落ちたところで、私達に被害がくることはないさ」


「そうそう、ユリスは気にせず学園生活を楽しんで来ればいいのよ~」


 マルサとマリアンヌが優しい目を向ける。その表情はまるで息子を大事に思っているよう。傍で控えている使用人達も、その光景を微笑ましそうに見守っていた。


 そして、隣にいるセシリアがユリスの手をとる。


「私は、ユリスと一緒に入学したいです。学園という物に興味がありますし、それに————ユリスと一緒なら、私はどこでも楽しそうです。私に迷惑なんて考えないでください……私は、ユリスさえ一緒にいてくれればそれでいいのですから」


「……セシリア」


 セシリアの暖かな手に包まれて、ユリスは一考する。

 ユリスとしても、このまま領地を継ぐ前に学園というものに通ってみたい気持ちはあった。


 だけど、魔法が使えないから周りに迷惑をかけてしまう————そう思って今まで口に出してこなかった。


「お前は、馬鹿にされない為に誰もが出来ない己の力を身につけたのではなかったのか? それなのに、今更怯えてどうする? ……アンダーブルク家として、胸を張って生きろ。お前は、私達の自慢の息子なのだから」


「父上……」


 ユリスは魔法が使えない故に、誰にでも使えない力を身に着けた。

 それが、今ここで————


「……分かったよ。入学するよ、王立魔法学園」


 ————その選択を後押しした。


「よしっ! よく言った我が息子よ!」


「ふふっ、ユリスなら大丈夫です。きっと有名になって帰ってきますよ」


「よかったです! ユリスがいれば私も心強いです!」


 皆、ユリスの選択に喜ぶ。使用人達も、その姿を見て若干涙ぐんでいた。


(まぁ……父上の言う通りなんだよなぁ)


 己はどうして誰にも扱えぬ『魔術』を生み出したのか? 


 誰にも馬鹿にされず、魔法が主流のこの世界で「強くなればいいんじゃね?」と思ったからではなかったのか?

 ……それを、今久方思い出した。


(頑張ってみますか、魔法学院……)


 こうして、ユリスは王立魔法学園へと入学を決めた。

 もちろん、聖女であるセシリアも一緒に。





「あ、そうそう。明後日が入学試験だから頑張れよ息子よ」


「……おいコラクソ親父、今なんつった?」


 辺境の地であるここアンダーブルク領から王立魔法学園がある王都まで片道二ヶ月の距離がある。

 なのに明後日の試験に参加しろ────なんて無茶だ。

 そしてユリスは溢れんばかりの殺気を抑える事なくマルサに問いかける。


「……おい、この手紙が届いたのはいつだよ?」


「……確か、三ヶ月前の話だったぞ我が息子よ」


 この後ユリスは己が持ちうる全ての魔術を使って、実の父親を地に沈めた。

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