アンダーブルク子爵家

 この領地で最も大きい屋敷。

 そこにユリスを始めとしたアンダーブルク一家とセシリアが暮らしている。


 その屋敷の1階に位置する食堂。そこでは、アンダーブルク一家が常日頃、食事をとっている場所だ。


 使用人の一人もつけないまま、ユリスとセシリアは自室から呼び出されたので、食堂に向かっていった。

 そして、食堂に到着するとその扉を開くーーーー


「許してくれマリー! 今後、絶対にしないと約束するからぁ!」


「……」


 ーーーーそこには、ユリスと同じ白髪の男性ーーーーユリスの父親が恥も知らぬ華麗な土下座を見せていた。

 そして、その姿を無言で見下ろす金髪の婦人ーーーーユリスの母親の姿も。


「……食堂では土下座をする習わしでもあるのでしょうか?」


「……絶対に違うと思う」


 はて? 食堂は食事をする場ではなかったのだろうか?

 それなのに、どうして自分の父親が自分の母親に頭を下げているのだろう?

 不思議でたまらないユリスであった。


「聞いてくれ! これには深~い訳が!」


「やめていただけないでしょうか、みっともない」


「だがマリーよ!」


「御託は結構ですよ」


 何に謝罪をしているのか分からないが、完全に取り付く島もない。

 食堂の端で控えている使用人達も、少しばかり哀れみの視線を送っている。

 貴族の風格も威厳も、今のユリスの父親からは感じられなかった。


「……この話は後にしましょう。息子達が来ているようですし」


「……なんだと?」


 首をゆっくりと動かす。

 そして、視線の先には微笑ましそうに見つめるセシリアと、哀れみの視線を送る自分の息子の姿があった。


「ようやく来たか……早く座れ、息子よ」


「いや、今さらそんな威厳を出そうとしなくていいから」


 即座に椅子に腰掛け、先程までの光景をなかったかのようにする父親の光景に、ユリスは嘆息つく。


「ごめんなさいねセシリアちゃん。みっともない光景見せちゃって」


「いえ、仲睦まじい光景だと思います!」


(……今のどこが睦まじかったのか?)


 セシリアの感性を疑ってしまうユリスであった。


「それで、こんな朝っぱらから呼び出して何の用なの父上?」


 仕方なく、ユリスは自分の父親ーーーーマルサが座る反対側の椅子に腰を下ろす。

 それに続いて、セシリアもユリスの横。ユリスの母親ーーーーマリアンヌの正面に座る。


 そして、やっと一家が着席したからなのか、控えていた使用人一同が一斉に動き始め、クロスの敷かれたテーブルに朝食を並べていった。


「うむ……その話を切り出す前にーーーー」


 腕を組み、目を据えてマルサはユリスに言い放つ。


「……息子よ、俺が娼館に通っている事をマリーに言ったな?」


「……勿論。息子が行けないのに、自分だけ発散しに行く父親にムシャクシャしてーーーー全てをお話ししました」


 それに対して、ユリスも臆する事なく言い放つ。


「……」


「……」


 そしてーーーー


「貴様ァァァァァァァァァァァッ!!! それでも俺の息子かァァァァァァァァァァァッ!!!」


「自分だけ楽しもうとしてんじゃねぇよクソ親父!!! こちとらセシリアがいるから行けてねぇんだよ!?」


 テーブルから身を乗り出し、互いに睨み合う親子。


 ちなみに、アンダーブルク含むこのラピズリー王国の成人年齢は15歳だ。

 当然、成人すればお酒も飲めるし、そういったお店にも足を運ぶことができる。


 そして、ユリスは成人してすぐに、マルサに連れられて(※マリアンヌには内緒)娼館に通った事がある。

 その時、見事にハマってしまったユリスは、それ以来父親と共に何度も常連客のように足を運んだ。


 だがしかし!

 それはセシリアが訪れる前の事!


 純粋無垢、清廉潔白。

 色欲の『色』文字も知らないようなセシリアが現れてから、ユリスは娼館には通うことができなかった。

 それは、セシリアが常時ユリスにくっついて離れなかったから故である。


 しかし、それでもマルサは娼館に足を運ぶ。

 息子が悶々と夜な夜な泣いているにも関わらず、息子を置いて。


 だからこそ、そんな父親が許せなかったユリスは母親であるマリアンヌに告げ口したのだ。

 これこそ嫉妬! ちなみに、マルサが土下座していた理由はこれだったりする。


「父親に仇なすか!!! 魔法も使えないボンクラがァァァァァァァァァァァ!!!」


「何が「仇なす」だ!!! 父上には母上がいるだろうが!? それに、俺は魔法が使えなくてもが使えるから問題ないわ、こんっのクソ親父がァァァァァァァァァァァ」


「よく言った息子よ!!! 今から表に出ろーーーーそこで躾し直してやるわっ!!!」


「今の俺に躾できると思ってんのかクソ親父!? 未だにそんなこと思ってんなら傲慢だなこのクソ野郎!!!」


 両者の争いはヒートアップしていく。

 マルサは腰にある剣に手を翳し、ユリスは腰に手を当て不遜に構える。


 一触即発。

 その光景に、セシリアや使用人一同、緊張した顔つきで見守ーーーーることはしなかった。


 セシリアはゆっくりとパンを咀嚼し、使用人は「あぁ、またか……」と、声を漏らす。

 睨み合うユリスとマルサとは違い、暖かなものだった。


 というのもーーーー


「ちょっと、貴方達いい加減にしてくださいよ……」


「「か、顔がァァァァァァァァァァァッ!?」」


 マリアンヌが大きなため息を吐き、右手を二人に向けてかざした瞬間、ユリスとマルサの顔が勢いよく燃え上がる。

 ユリスとマルサは燃え上がる顔面のせいで揃って床をのたうち回った。その姿は流石親子といったところか。


「み、水よ!」


 マルサは短い詠唱で顔面に水を被せ、


怠惰アケディア!」


 ユリスは一瞬にして炎を霧散させる。


 そして、二人は息を荒らして立ち上がった。


「……仲裁の方法をもっと穏便にしてくれないのかなこの母上は」


「あぁ……このままでは俺達、顔面なくなるぞ……」


「あら? だったら食事の場で喧嘩なんてしないでくださいな」


 例え貴族だろが、一番怖いのは周辺貴族の連中よりも母親なのかもしれない。

 二人は内心でそう思う。


「ふふっ、仲のいい家族ですね」


 一方でセシリアは、その光景を見て微笑ましそうに笑うのであった。

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