ユリスとセシリア
ユリス・アンダーブルクはアンダーブルクという辺境の地を納める子爵領主の息子である。
年は15歳。世間体からしてみればようやく成人といった年齢だ。
そんな彼の朝は遅い。
基本的には日が登ってしばらくしたら目が覚める。
時刻としては朝の10時くらいだろうか? 故に、朝食は一家揃ってーーーー何てことはなく、いつも一人だ。
両親は彼とは違い、朝は規則正しく起きている。
貴族だからといって驕ったりはせず、一人で決まった時間に目が覚めるので、ユリスとは大違いだ。
だがしかし、最近のユリスは違うーーーー
「ユリス、起きてください! 朝ですよ!」
日が登り始めていない頃。
大きな屋敷のとある部屋からそんな可愛らしい声が響き渡る。
腰まで伸ばされた金髪。白を貴重とした修道服と金の装飾が彼女の神々しさを物語っていた。
「……後、4時間」
「4時間も寝てちゃダメですよ!?」
金髪の少女は未だに起きようとしない少年を見て嘆息する。
そこまで大きくはないベッドに、白髪の少年が布団に丸まり頭からひょっこりと顔だけ出して、気持ちのいい朝を惰眠で貪ろうとしている。
「……怠惰です」
少女は起き上がらない少年を見て不貞腐れる。
どうしたら起きてくれるのだろうか? どうしたら私の顔を見てくれるのか? 少女は考える。
そして、その小さな頭で考え抜いた結果ーーーー
「……ユリス、起きないと私も一緒に寝ちゃいますよ?」
「はい、おはようセシリア!」
「ふふっ、おはようございます」
耳元で囁いたその言葉は効果抜群だったようだ。
ユリスと呼ばれる少年は即座にその身を起き上がらせ、元気のよい挨拶をする。そんな豹変具合に思わず笑ってしまうセシリアであった。
「……なぁ、毎回毎回その起こし方止めね? 俺、朝から心臓に悪いんだけど?」
「でしたら、ちゃんと起きてください。悪いのは私ではありません! ユリスです!」
心外ですと、頬を目一杯膨らませて憤慨するセシリア。
自分は起こしに来ただけだ、惰眠を貪ろうとするユリスが悪い……そう、セシリアは思っている。
「いや……でもね? こちとらその脅しは心臓に悪いんだって。ぶっちゃけ寿命が縮む」
「……そんなに私と一緒に寝るのは嫌なのですか?」
「いや」
「そんな即答で拒否しなくても……私は、ユリスと一緒におねんねしたいです」
あからさまにしょんぼりするセシリアを見て、罪悪感を覚えるユリス。
正直な話を言えば、ユリスだってセシリアと一緒に寝たい。
さらりとした金髪。きめ細かな白い肌、愛嬌のある整った顔立ちに小動物を連想させる小柄な体躯。
セシリアは圧倒的な美少女だ。こんな可愛い子と一緒に寝たくない何て、男としての機能を失っている。
ユリスだって、そのご立派なものをセシリアにお披露目したい!
(まぁ、セシリアは単純に一緒に寝たいだけなんだろうけどな……)
セシリアは純粋無垢な少女だ。
その発言にユリスみたいないかがわしい意味合いは含まれていない。
だが、ユリスや他の皆は違う。
一緒のベッドで一夜を過ごすということは必然的にそういった意味合いにとらわれる。
だからこそ、ユリスにとって一緒に寝たいセシリアを断固拒否するのだ。
それすなわちーーーー
「聖女であるセシリアと一緒に寝たら俺、殺されるから……」
「ふぇ? どうしてユリスが殺されるのですか?」
重たい言葉を吐くユリスとは対照的に、可愛らしく首を傾げるセシリア。
その仕草は大変可愛らしく、今すぐにでもルパンダイブをしたくなったユリスはグッとこらえる。
ユリスの目の前にいるセシリア。
彼女は、教会の中で3人しかいない聖職者ーーーー『聖女』である。
信仰する女神からもっとも近い存在として、信託を受け民を災いから守り、女神からの恩恵で民を癒し、世界をあるべき方向へと導く。
それが、聖女なのだ。
故に、国ではなく世界規模で信仰されている教会の聖女は、貴族ではないが貴族以上に立場が上だと世間では思われている。
それこそ、公爵家の人間がようやく対等な者と言えるくらいに格が高い。
それほどまでに、教会の権力と女神の信仰はこの国では広がっているのだ!
そんな聖女だが、もし仮に子爵家の人間が手を出したら?
(騒がれるどころの話じゃねぇ……)
別にいけないという訳じゃない。
ただ、手を出した後の周りの反応が怖いだけで。それこそ、伯爵家以上の貴族連中が黙っていないだろう。
『どうして子爵程度の人間が聖女様と結ばれるのだ!?』と。
だから、ユリスは手が出せない。
こんな辺境の地の子爵ぐらい、伯爵以上の貴族に目をつけられたら一瞬でお仕舞いなのだから。
「まぁ、俺が殺されるという話は置いておこう」
「置いておける程の話じゃなかったのですが……」
「そんなことよりーーーー」
ユリスはセシリアの瞳をじっと見据える。
そして、思い思いを口にした。
「……いつになったら帰ってくれるのですか、聖女様?」
聖女は本来、こんな辺境の地にいる訳がない。
各地を転々として教えと信仰を広め、癒しを与えてていかなければならないからだ。
だからこそ、聖職者最高クラスの聖女は王都にいるか、各地を飛び回っていることが多い。
だがーーーー
「私はここから離れる訳がありませんから! 本音を言えば、ユリスから離れる気がありません!」
「……聖女として如何なもので?」
「教皇様は私達の自由にしていいとおっしゃっていましたし、問題はありませんよ? それに、敬語はやめてください! 私は嫌です!」
セシリアとしては、聖女は女神からの教えを広め、民を癒すことは勿論己の宿命だと思っている。
だけど、そこに縛りはない。世間一般が思っているように善人ではないのだ。
聖女だって一人の人間。
それこそ、自分が気に入っている人とは一緒にいたいーーーーそれは、教会最高位である教皇もそれは許している。
故に、セシリアがここから離れる気はないのだ。勿論、ユリスがいる限りという条件はあるが。
「……まぁ、俺としてもセシリアがいることに文句はないけどさ」
嘘である。
本音を言えば、他の貴族から「聖女を独り占めにしやがって!」と言われ続けているので、できれば即座にこの地から離れてほしい。
だけど、それは本人には言えない。
気さくに話しているユリスでも、聖女は最大限丁重に扱い、本人の意見を尊重しているからだ。
「……それに、私はユリスに恩を返せていませんから」
「……ん?」
「な、なんでもありませんっ!」
頬を赤らめ、そっぽを向いてしまったセシリア。
なにか呟いたようだが、聞き取れなかったユリスはただただ首をかしげるばかり。
(……まぁ、父上と母上が問題ないなら俺としては問題ないけど)
所詮は爵位も受け継いでいないただの子爵の息子。
結局は、貴族間の問題も領地も親が何とかしてくれるのだ。なので、ユリスはこのままセシリアのお守りでもしていようーーーーそう思った。
「そういえば、マルサ様が呼んでいましたよ?」
「父上が?」
「えぇ……何やら大事な話があると」
「……ほう?」
一体なんの用だろうか?
疑問に思ったユリスだったが、父親が呼んでいるとなればすぐに行かなければならないだろう。
「ありがとなセシリア。今から行くわ」
「そうしてください。食堂にいるみたいですので」
「了解」
ユリスは重たい瞼を覚醒させると、名残惜しいベッドから起き上がる。
そして、傍らにいるセシリアを連れて自室から離れるのであった。
「……ねぇ、まだ外暗いんだけどーーーー今何時?」
「朝の4時でしょうか?」
早すぎない?
我が家の生活リズムがおかしいと、ユリスは肩を落とした。
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