海に行きたい

『魔法学園の大罪魔術師』の二巻、7/30発売です!!!


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 あれから数ヶ月の月日が経ち────ラピズリー王国にも夏がやって来た。

 カラカラとした日差しが日中に降り注ぎ、それに負けないような活気がラピズリー王国に広がっている。


 それはラピズリー王立魔法学園とて例外ではない。

 訓練場に舞い上がる砂埃は活気を表すように充満し、飛び散る汗が生徒の熱量を示す。

 学園内では常に生徒の万全な環境を施すために設けられた冷風を出す魔道具が設置され、環境は最高。


 夏に最適な場所。学びやすさ共に文句はない。

 ユリス・アンダーブルクも、そのうちの一人であった。


「学園の外に行こう」


 ……いや、早速外に出たがっていた。


「急にどうかしたんですか、ユリス?」


 場所は訓練場ではなくユリスとリカードの部屋。

 そこでユリスの膝の上で勉学に耽っていたセシリアが不思議そうに首を傾げる。

 突然言い出したのは自分だが、ユリスはその姿が妙に愛らしくて思わず頭を撫でてしまった。


「いや、夏じゃん? だからだよ」


「意味が分からないわよ……」


 テーブルを挟み、対面で読書をしていたアナスタシアがジト目でユリスを見る。

 右目に巻かれた眼帯を見て、「読みづらくないのかな?」と思ったユリスであった。


「暑いから……ということでしょうか?」


 そして、その横に座るティナもセシリアと同じように首を傾げた。


「それだったら、十分ここも涼しいじゃない。外に出る理由が分からないわ」


「それもそうですね……では、一体何でしょうか?」


「リカードがいて暑ぐるしいからじゃないかしら?」


「ですが、それは前からのような気もしますし……」


「お嬢さん達、聞いてくれたら答えるよ。だから謎解きみたいに詮索しないで恥ずかしい」


 大した理由もないのに、本気で考えられてしまってはいたたまれない。

 自分の発言は大層なものじゃないわと、ユリスは考え込む二人に対してそんなことを言う。


「んだと、ユリス!? お前っ、暑さに負けて逃げ出すような男だったのか!?」


 上半身裸で腕立てをしていたリカードが、ユリスに詰め寄ってくる。

 リカードの体からは蒸気が出ていて、外の熱気よりも暑ぐるしく思えたユリス。


「違ぇよ。暑いとかそういう話じゃないって」


 とりあえず離れろと、ユリスはリカードを手で追い払う。

 セシリアとの新鮮な空気になんてものを……そう言っているような顔だった。


「では、どうしたんですか?」


「いや、単純に海に行きたいなーって思って」


「……海?」


「そうそう」


 ユリスはセシリアの頭を撫でながら答える。


「夏じゃん? だったら海に行きたいなーって思って。ほら、最近平和も平和なわけだしさ」


 入学してからバタバタとしかしていなかったユリス達。

 ここ数ヶ月は問題一つ起きずに、こうしてのんびりとした空気を味わっていた。


 であれば、そろそろ羽目を外しに行ってもいいんじゃね? そう思ったからの言葉であった。


「海……ですか。そういえば、そろそろ長期休暇に入りますね」


「そうなのよ。つまり、行くタイミングとしてはベスト! これはもう行くしかないだろう!?」


 ラピズリー王立魔法学園には夏と冬に長期休暇が設けられている。

 それは主に実家に帰るために設けられた期間だが、それと同時に勉学ばかりしている生徒達を労おうという側面も存在する。


 長期休暇の間は学園からの外出は自由。

 どこで何をしようが、問題ない期間なのだ。


「海か……いいな! それ!」


 リカードが汗を吹いて、椅子に腰を下ろしながらユリスの言葉に賛同する。


「だろう?」


「あぁ……夏といえば海!」


「海といえば、ビーチ!」


「「そして、ビーチといえば水着!!」」


 またしても煩悩が空気に溶け込んでしまった。


「はぁ……あなた達、よくもまぁ女の子を目の前にして言えるわね」


 そんな二人を見て、アナスタシアは大きな溜め息を吐く。

 二人が欲望に忠実なのは慣れてしまってはいるが、それでも呆れてしまうのは仕方のないことだろう。


「あ、ちなみに行くんだったらリカードは常時目隠しな」


「どうしてだよ!?」


「そりゃ、セシリアとアナの水着姿を見せるわけにはいかんだろうに」


 水着……それは、濡れてもいい布地面積の少ない下着のこと。

 当然、そうなれば肌の露出は避けられないわけで、二人が見たがっている大きな理由が顕になってしまう。


 セシリアとアナスタシアは、現在ユリスと婚約を結んでいる状態。

 いわば、恋人という立場にいる二人の肌を見せるには激しい抵抗があるユリス。

 同性なら構わないが、異性となればいい気はしないのだ。


「じゃあ、俺はティナとミラベルの水着姿しか見られないのかよォ……」


「できれば、私もリカード様にはお見せしたくありません」


「酷くないか!?」


「王族の水着姿だからなぁ……」


 水着は見せていいものとはいえ、王族の肌を見るわけにもいかない。

 そう思ったユリス。しかし、ティナは────


(可能であれば、ユリス様にだけお見せしたいものです……)


 ただの乙女心であった。

 哀れなり、リカードよ。


「んで、セシリアはどう思う? この機会に、パーッと遊びに行かね?」


「そうですね……ユ、ユリスがどうしても水着が見たいと言うのであれば……そ、その……行きましゅ!」


「うん、見たい。超見たい」


「あぅ……っ」


 素直なユリスの言葉に、顔を真っ赤にさせるセシリア。

 それでも、ユリスのお願いはどうしても断れなかった。

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