エピローグ
ユリスの物語の終わりは基本的にベッドの上だ。
満身創痍で運びこまれ、数日ほど爆睡をする。彼はそれ程までに自分を追い込み、他者を助け、対価として己の体を支払ってきた。
そこに後悔を抱く訳ではなく、ただただ己の腕に刻まれる痣を見て最後に思うのだ────やっぱり、代償大きくない? と。
「聞いているのですかユリス!?」
「あ、はい……聞いております」
そんな事を思っている最中、セシリアの恫喝が病み上がりのユリスの脳に響いた。
ここはザガル国が抱える病棟の一室。先の一件で負傷した兵士が集まり、治癒士に癒してもらう場。もちろん、別室に行けば勇者であるタカアキも眠っている事だろう────ミカエラは、もちろん違うが。
「どうしてそんなに無茶ばかりするのですか!? お体は大事にって教えて貰いませんでしたか!?」
「教えてもらってないっす」
「では、私が教えます! お体は大事にしてください!」
横で人差し指を突き出すセシリア。数々の魔術を行使によって万全に戻らない体のユリスは、頭を撫でて愛でる事すらできない。
「ちなみに、ユリス様はまたしても報奨が貰えるそうですよ」
「当然よね。魔族の幹部クラスを三人、聞けば魔王の娘を退け、勇者と聖女を助け国を助けた────これで貰えなかった兵士のやる気まで下がるわよ」
「ふふっ、これでユリス様は英雄ですね」
反対側では上品に座るエミリアに、赤い果実を綺麗に剥いてあげているアナスタシア。意外そうに見えるのだが、アナスタシアはこう見えても料理は得意なのだ。
「ユリスくんがどんどん遠くになっちゃう気がするよ……。でも、英雄かぁ……かっこいい……かな」
そして、興奮するセシリアを宥めるミラベル。
気持ちは分かるが、ここは病室────説教をするにしてもボリュームを下げないといけない。
加えて、リカードはこの場にはいない。久しぶりの全員集合かと思いきや、リカードは街の修繕に参加し、今頃は復旧の為にせっせと働いている頃だろう。
だが、安心して欲しい。
リカード代わりの人物は、しっかりとこの場にいるのだ────
「……あのー、そろそろ離れてくれませんか? セシリアのお姉さん?」
「え〜……いや♪」
「満面の笑みで断られてしまえば仕方がないな」
そう言って、ユリスは腹部に抱きつく少女を離すのを諦めた。
サラリとしたブルーの髪にセシリアが以前着ていた物と同じ修道服。この中で一番を誇るスタイル────そう、
「お姉ちゃん! ユリスから離れてください! 羨ましいです!」
────ちなみに、セシリアの興奮が治まらないのも、ミカエラの所為でもあったりする。
久しぶりのご対面……のはずなのだが、些か感動でき兼ねるやり取りだ。
「セシリアちゃん、ここは病室だよ〜? もうちょっと静かに、安静の場は落ち着いて皆様の迷惑にならないように〜って教会でも教えられたでしょ〜?」
「うっ……! そ、それはそうなのですが……」
「というわけで〜! ユリスくんのこの場所は私のもの〜♪」
「うぅ〜〜〜ッ!!!」
論破……された訳でもないのに、セシリアは悔しそうに姉同然に慕っていた少女を睨みつける。
その姿にユリスは心の底から危機感を覚えるのだが、本当の本当に体が動かないのだ。
……決して、今まで味わった事のない豊満な感触を味わって満足していたのではない。
(……しかし、この状況は下半身が元気になりそうだ。体は動かないはずなのに)
色欲に忠実な男は、いつだって元気な場所は元気なのだ。
「それにしても、ユリスは引っ掛けるのが本当に早いわよね。同じ女として、軽蔑の念を送るわ」
「仕方がありませんよ。ユリス様ですから」
「あははは……」
「いきなりの貶されように、俺は涙ですよ……」
泣き真似をするユリス。
だが、その姿を見ても尚アナスタシアはユリスを軽蔑────は冗談だが、一種の身の危険を感じ取った。
聖女であるセシリア。滅多に見かけないエルフのミラベル。一国の姫であるエミリア。そして、今度はセシリアと同じ聖女であるミカエラ。その全員が、アナスタシアからは一発で感じ取ってしまうほど……好意を寄せている。
他の面々は言葉にして好意を出してはいないものの、ミカエラに至っては堂々と公言していた。
(……このままだと、私も?)
────絆されてしまう。
いやいや、と被りを振るが実際問題、流れ的にはいつ自分が絆されてしまうか分からない。
だからアナスタシアは否定する。ユリスは弟みたいなものだと、だから絆されるわけがないとアナスタシア己の頭に言い聞かせた。
「でも〜、お姉ちゃんは引っ掛けられた人間だよ〜? うん、引っ掛けられるのも悪くないね〜♪」
ミカエラは満面の笑みを浮かべながら、更に抱きつく力を強める。
いつの日か、ミカエラは『己より強い人間が好き』だとタカアキに言っていた。
それは戦闘を好むミカエラらしい好みであり、中々に越えられない基準。聖女として賜った癒しの恩恵を力に変え、体に癒しを纏うことで不死に近い体質を得たミカエラは確実に同年代を抜いていた。
だが、そんな時に現れたのがユリスだ。
勇者であるタカアキと力を合わせても倒せなかった相手を圧倒し、自分の危機に駆けつけてくれ、優しい笑みを向けてくれた────これだけの要素が揃っていて、惚れない方がおかしな話。
故に、ミカエラはユリスに好意を抱いたのだ。
「あの……好意を伝えてくれるのは嬉しいけど、もうちょっと言い方考えてくれません? 俺、段々クズ人間に思えてきて悲しいんだけど?」
ユリス、人生で初めて言葉で好意を伝えられた。
がしかし、こんなにも可愛くて美少女であるミカエラに言われているにも関わらず……涙が流れてきそうであだった。
(……それに、セシリアの前で言わんで欲しい)
チラリとユリスは横を見やる。
そこには、これでもかと頬を膨らませてユリスの肩をバシバシと叩くセシリアの姿。
正直な話を言えば、好意は嬉しい。だけど、応える事はできない。
それはセシリアという存在を既に並ぶ相手として選んでいる訳だからだ────
「ちなみにユリス様。ザガル国でも、一夫多妻は認められていますよ」
「付け加えて言うと、エルフ族の中でもOKだよ!」
「決意が揺らぎそうなアドバイスをありがとう」
……ユリスの心の想いが段々と揺さぶられてきている気がするのは、きっと気の所為ではないだろう。
「なんじゃ……ここは騒がしいのぉ」
そんな時、病室の扉が思いっきり開かれた。
姿を現したのは、桃色の髪を二つに結んだ少女。外見見合わないその口調は、誰もが知っているミュゼ・アルバートである。
「「「英雄様!?」」」
「ユリスのお師匠さん……」
「英雄はやめておくれ。学園長とかそこらの呼び名でいいわい」
コツコツと、ヒールの音を鳴らしながら驚く皆を無視して、上半身だけ起こすユリスの元に向かう。
そこに言い表す事のできない雰囲気を感じたのか、ミカエラは大人しく自分からユリスの元から離れた。
そして、ミュゼがユリスの隣へと立つ。
「体の調子はどうじゃ、我が弟子よ?」
「……お陰様で、この有様だよ」
ユリスは片腕を上げる。もはや人の肌の色が残っていないほど、指先まで真っ黒に染まっていた。
魔術の代償────これがどんな影響を与えて、どんな風にユリスの体を蝕んでいるのか分からない。事実、ユリスは「ただの痣」だと思っており、特別走る腕の痛みなどは一切ない。
だが、ミュゼはその腕を見て罪悪感に駆られてしまう。
自分を助ける為にこのように人の姿を外れようとしている……守るはずだったのに、迷惑をかけてしまった……その事実に。
「気にすんなよ師匠」
ユリスは、そんな罪悪感に打たれるミュゼの表情を見て、安心させようと柔らかい笑みを浮かべた。
「これは俺がしたいようにやった結果だ。しっかりと強欲を果たせて本望、欲を満たせて俺はスッキリなの! そこに感謝も説教も教えもいらない────なんだったら、俺は師匠が無事って事を分かっただけでいいんだからさ」
「……お前さん」
「大体、俺と師匠の関係はこんなしみったれた雰囲気を作るようなもんじゃないだろ? 互いが困っていたら助け、支えたいから支える────師匠だって、あの魔族に立ち向かったのはどうせ俺の為だろ? それは、今まで過ごしてきた時間と、あの残してくれた手紙でよく知ってる────ということは、だ。結局、お互い様じゃねぇか」
ミュゼは、弟子の脅威となる存在を排除する為に戦った。
ユリスは、師匠を救う為に戦った。
そこに違いなどなく、ただ『お互いの為』に戦ったに過ぎない。
結果として、ユリスがミュゼを助けるという形になってしまったのだが、それはほんの結果の話でしかなく、自分の為に戦ってくれたミュゼに感謝こそすれど、お礼を貰い、罪悪感を抱いて欲しいなんて思っていない。
それを聞いたミュゼは、ある感情が胸に込み上げてきた。
自分をここまで理解してくれて、自分の為にここまで体を張ってくれて、自分の為に慰めようとしてくれている。
三百年過ごしてきた中で、初めての人物。今まで分かっていたはずなのに、こうして言葉にして表して貰って、再びその感情が確信へと変わった。
(……そうか、妾は────)
ユリスが、自分の弟子が好き……なのだと。
そう理解してしまうと、ミュゼの顔に笑みが浮かんでしまった。
「……どしたの? 急に笑って……師匠、怖い」
「いや、なに……ちぃっとばかし……年甲斐もなく阿呆な感情を抱いたものだと、呆れただけじゃ」
だけど悪くない。
そう思ってしまう辺り、随分己も絆されたものだと内心自嘲する。
だからミュゼは────
「……ちなみに、ラピズリー王国も一夫多妻は認められておる」
「……ん? それは知っているが────だからどうしたの師匠?」
「くくっ……それはの────」
するとミュゼは体が思うように動かせないユリスの顔を強く両手に挟み、思いっきり己の唇へと引き寄せた。
「ッッッ!?」
ユリスの唇に当たるのは初めての柔らかい感触。
想像以上に冷たく、不馴れ故か歯に当たってしまい少し痛い。
それが、ユリスの思考を一瞬にしてパニックへと誘った。
「「「「「…………」」」」」
その光景を見ていたセシリア達は開いた口が塞がらない。
ユリス同様、突然の事態に頭が追いついていないのだ。
だけど、ミュゼだけは────
「愛しておるよ、我が弟子。この身を、本当に全て差し出したいほどに……の」
────この感情を抱いたからこそ、理解できた。
♦♦♦
全てがハッピーエンドと思えた今回の魔族の襲撃。
だが、実際はそうではない。
ザガル国の被害は甚大。民の死者こそ出なかったものの、街の修繕にはかなりの時間をそうするだろう。
加えて、魔族に立ち向かった何十名かの兵士が勇敢にもその命を散らし、帰らぬ人となった。
事が落ち着けば、追悼式を盛大に行うはずだ。
そんな中、不可解な出来事が一つ。
ラピスリー王国の、舞踏祭参加者四名。宿屋で避難していたのにも関わらず、その姿が見えず、行方が分からない。
中には現生徒会長であるエリオットまでもがいなくなっており、割り振られた部屋には吐き気をもよおしそうな程の血の跡が残っていたという────
「……と、まぁ。姫様に至っては撤退。僕も人間側から手を引いた訳だ」
誰にも幅かられる事のない何処かで、金髪の青年は口にする。
焦りもなく落ち着き、正に他人事とで言わんばかりに、目の前にいる若気な騎士に事の顛末を話した。
「……まぁ、別に急いだ話じゃないだろう? それは予定に狂いはないし、貴様ら魔族がどう動こうが、此方には関係のない話だ」
「だけど、僕としてはきっちりと予定通りに動いて欲しかったよ。でないと、これからこの依り代を捕まえに行かなくてはいけないからね」
「それは知らない事だ。この襲撃で捕まえるはずだった予定を破錠させたのは貴様らだ。大筋の予定自体に狂いはないが……手間を増やしたのは自己責任」
語るは風格を醸し出す騎士。腰に剣を携え、全身には豪華な甲冑を身に纏っており、肩口にはラピスリー王国の象徴たるシンボルが刻まれていた。
辺りを照らす街灯が異様に薄く陰っているように、二人の姿も何処となく陰っている。
「君は相変わらず僕らに容赦がない」
「貴様同じであろうに」
「間違いないね」
目を伏せて騎士は言葉で突き放し、それに対して金髪の少年が笑う。
その光景はなんて事のないものの筈なのに、何処か張り詰めたものを感じる。
「────さて、本題だよ。君達の手筈は分かった。僕だって、役割はしっかり果たした……その情報には、対価を求める」
「……儀式は我らが行う。場所も情報も提供してもらえるのであれば、その先の結果の一端ぐらい授けてやろう」
少年は一枚の紙切れをカバンから取り出し、騎士に見せる。
そこに書かれてあるのは情報と、一人の少女の写真。
「邪龍だったよね? その復活に高貴な血と神聖な血が必要であっても魔女は違う。必要なのは依り代のみ────その存在全てが必要だ」
「……あぁ」
「かつて、厄災を運んだとされる魔女は紅蓮のような髪をしていたか弱い人間の少女だったという……全く、人間は見かけによらないものだね」
「貴様も、外見は人間だろうに」
「それもそっか。でもね────」
金髪はその写真に写る少女を見て、薄らと嗤った。
「与えられぬ愛を求め、愛を失ったが故に厄災を運んだ魔女に比べれば、可愛いものだと僕は思うけどね?」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
※作者からコメント
お久しぶりです!楓原こうたです!
これで第2章は完結、お疲れ様でした。
書籍化も決まり、ここまで書いてこれたのも皆様のおかげ────本当に、ありがとうございます!
次章のタイトルは『厄愛の魔女と紅蓮の花嫁』。
何卒、よろしくお願いいたします!
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