ミラベルと一緒に

 ユリス・アンダーブルクの目下の目標は主に三つである。


 まず一つ目。

 これはこれから行われる武闘祭に参加し、優勝すること。

 全てはセシリアと付き合う為に。けど、今のユリスには実績も爵位も格も圧倒的に足りない。


 先の一件で、ユリスは教会と国から褒賞を貰うことができた。

 だが、公にできない以上ユリスに爵位を与える事はできないらしく、アンダーブルク領に融通と多額の金銭が内密に贈られた。

 ちなみに、教会とからは正式な『セシリアのアンダーブルク滞在の許可』である。

 これに至っては一重に、ユリス本人がセシリアと一緒にいたいと望んだからである。


 理由は……まぁ、アピールする機会を増やしたかっただけだ。これから学園にいる四年間でセシリアのこころを射止めれ無いかもしれない────だったら、それ以降もアタックをしたい……なんて初々しい理由だったりする。


 そして二つ目。

 セシリアに対する告白である。


 セシリアの想いが何処にあるのかも、自身に対してどんな感情を抱いているか分からないユリス。

 それでも想いを告げなければ、セシリアと生涯を共にすることは出来ない。ユリスは、互いに愛し合っての結婚を望んでいるのだ。


 故に、今まで一度も告白をした事の無いユリスにとっては一世一代のイベント────だからこそ、目下の目標になっている。


 そして三つ目。

 これは今この瞬間のユリスにとって急を要するものとなる────


「我、欲求不満なり」


 現在、性欲が収まりきらなかったご様子。

 学園敷地内にある大きな庭園で一人、腕を組んで立ちすくむユリス。


「……王都に来て久しぶりの休日。だが、ここ最近の俺はどうだ?」


 人気のない場所で一人自問自答をする。

 大罪の魔術師、ユリス・アンダーブルク十五歳、想い人あり恋人なし。

 世間では思春期と呼ばれる年齢であるこの少年は人一倍に性欲旺盛な若者である。


 そんなユリスは王都に来てはや二ヶ月以上────一度もイタしていない。

 そう、ただの一度も……だ。


 寝たきりだったり何かと忙しかった。


 であれば、そろそろ我慢の限界も必然。一人の今、ユリスの大好きな娼館に通ってもおかしくない。


 だが……だがだ────


「……ここで行ってしまえば、セシリアに対して失礼ではないだろうか?」


 何を今更……そう思うのは仕方ないのかもしれないが、ちょっと待ってあげて欲しい。

 ユリスは今までセシリアを異性として好きだと自覚していなかった。それでいて欲に忠実な大罪の魔術師。


 そんなユリスがここで踏みとどまれた事に、どうか褒めてあげて欲しい。


(いや、だが性欲は本来種を存続させる為に必要な欲だ。逆にここで処理をしておかなければ、俺はやがて性欲が湧かなくなるお化けになるのでは……?)


 そしてその思考も、極限の欲求不満によって変な方向へと行きつつある。


(だが、それではセシリアに嫌われてしまう可能性も……そもそも、女の子は娼館に通うことを仕方ないで済ませてくれるんじゃね? いや、母上は父上が娼館に通っていたら滅茶苦茶怒っていたし、やはり女性はそういった所に通う男性を────)


 などと、己の中で自問すること二十分。

 こうしている間にも着々と休日の時間は過ぎていく。


 そんな時────


「あれ? ユリスくんどうしたの? 珍しね、庭園にいるなんて」


 美しい金髪に尖った耳。

 自然と共に生きる種族であるエルフの少女────休日にも関わらず学生服を来ているミラベルがそこはかとなく庭園に溶け込んで美しさを見せていた。


 そんな姿に気づき、ユリスはミラベルにこう言った────


「なぁ、娼館に通う男ってどう思う?」


「あ、あまり好きじゃないかな……」


 結論、ユリスは鋼の理性で娼館に行く事を諦めた。



 ♦♦♦



「そうっ! ここが王都だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


「やっぱり人がいっぱいいるよね! 賑やかだね! エルフ領とは大違いだよ!」


 そして場所は変わり、現在王都の中心街。

 出店や商店が並ぶこの大通りは様々な物が売られていたり、食事処が立ち並んでいたりと、一段と賑やかであった。


「それにしても、ミラベルが王都をまわってみたいなんて言うとはなぁー」


「め、迷惑だった……?」


「んや、全然。俺も王都なんて数回しか来てなかったし、なんやかんや色々あって来れてなかったから丁度よかったから問題なし! むしろ機会を与えてくれてありがとう!」


「ど、どういたしましてだよ……」


 照れ照れと顔を赤らめるミラベル。しかし、ユリスは辺りを見渡すばかりでその様子に気づいていない。残念な男である。


(本当は王都の有名な娼館を巡りたかったが……これもセシリアと結婚する為────我慢だ! そう、ミラベルも一緒にいるし我慢できるはず!)


 頑張れ……頑張れユリスよ。

 できればミラベルにも構ってあげてくれ。


「そういや、今日はセシリア達と一緒じゃないんだな?」


 自分の方に振り向いたユリスに気づき、ミラベルは一瞬にして平静を装う。


「今日は別行動。ちょっと散歩している時にユリスくんとばったり出くわしてなかったら、もしかしたら一緒にいたかもね」


「なるほどなー」


 ユリスは軽い調子で頷く。

 本当はセシリアが一緒にいた方が良かったのだが、ここでは口に出さない。

 それは決してミラベルじゃなくてセシリアと一緒にまわりたかった────という訳ではない。


(まぁ、セシリアには水晶渡してるし……何かあっても駆けつけれるだろ)


 単純に、セシリアの身を案じてのものだった。

 先の一件で、セシリアがまた狙われないとも限らない。だからユリスはエミリアと同じ水晶をセシリアにも渡してあるのだが……少しだけ心配になったのだ。


 だが、そんな心配をしていても四六時中一緒にいる訳にもいかないし、セシリアにも個人的な時間も必要だろう。


 そう己の中で完結したユリスは特に目的といった場所もなく歩く。それに続いて、ミラベルも緊張した顔つきで辺りを見渡しながらぶらぶらと王都を歩くのであった。

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