浮気?
いよいよ、本日書籍発売!!!
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ユリスの額に一つの汗という雫が浮かび上がる。
張り詰めた空気、一瞬の油断もできず、一つの言動が命取りになるのだと、ユリスの心の警報が鳴り響いている。
当然、それは先程まで談笑していたアイラのせいではない。
確かに、本来であれば冷や汗とこの空気を作る相手として一番先に候補として挙がるのは間違いなく魔族の姫だ。
しかし、先程まで普通に談笑していた以上、互いの逆鱗に触れない限りそれはありえない。
では、どうして? その疑問は────
「……浮気、ですか?」
ユリスの背後にいるセシリアが全てを解消してくれるだろう。
「セ、セシリア……ッ!?」
「はい、ユリスの大好きなセシリアですよ?」
いきなりの登場に驚き、たじろぐユリス。
どうしてここに、なんて疑問も別に浮かび上がるが、今はハイライトの消えた目で見つめてくるセシリアの存在が、その疑問の解消をさせてくれない。
「どうして、セシリアがここに……」
「別にいいじゃないですか……私がここにいる理由なんて、ユリスが女の人と二人きりでいる理由よりかは些細なものです」
会話が成立しないことに、ユリスは涙を流しそうになる。
(何故だ……ッ!? 何もやましいことはしていないのに、俺はどうして『やましいことをした』という空気に晒されている!?)
現状、ユリスは何一つやましいことはしていない。
逆に、魔族の姫という危険因子を抑えてくれたと賞賛されるべきはず。もし、あのまま街へ放置し、少し機嫌を損ねてしまえば辺りはきっと、文字通りの惨劇を見せてしまうことだろう。
故に、ユリスの行動は褒められた行為であり、決して非難されるような行為ではない。
……そのはず。その行為から生み出された光景が『女の子と二人きり』という点を覗けば。
「……ユリス、その女の人は誰ですか?」
ハイライトの消えた琥珀色の瞳を向けながら、セシリアがユリスに近づいていく。
「い、いや……これは、だな……」
ユリスはセシリアの姿を怖く感じ、一歩後ずさりながら振り返ってアイラにアイコンタクトで助けを呼ぶ。
魔族にヘルプをする光景は人間としていかがなものかと言われてしまいそうだが、今は緊急事態。致し方ないと、ユリスは言い訳をする。
「……?」
しかし、アイラには救援要請が伝わらず、可愛らしく首を傾げるだけであった。
(つっかえねぇ!!!)
「ユリス……また、その女の子と目を合わせましたよね? そんなに仲がいいのですか?」
そして、その行為が仇となり、セシリアの瞳から完全に光を失わさせた。
「違うからな!? 浮気とかじゃないから!」
「ですが、休日に、女の人と、二人きり、カフェで、楽しそうに談笑……浮気、じゃないんですか?」
「そこだけ切り抜けばそうだけども!」
大事な、相手が『魔族の姫』という要素が消えているんだよと、ユリスは叫びたい気持ちがあるのだが、こんな公共の場でそんなことを言ってしまえば騒ぎになるのは必然。故にその気持ちをグッと抑えなければならなかった。
「(私はユリスのことでずっと悩んでいたのに……ユリスはいっつもそうです、私の気持ちなんか知らないで、やれ娼館に行きたい、やれ遊びたいなどと口にするんですから……私、ユリスのことが好きなのに、浮気されちゃいました)」
セシリアが俯き、ブツブツと呟く。
その声音には苛立ちと憎しみなどの『聖女の女の子とは無関係』の色が多く乗っているように感じてしまう。
「な、なぁ……セシリア? 本当に、俺の話を聞いてくれない?」
「(確かに、私は一人でなくてもいいとは言いましたが、手を出すのが早すぎです……私に相談なしはダメです。というより、私は嫌なんです……)」
「ほ、本当に聞いてくれないかなぁ……?」
ユリスの言葉は届かない。
どう声をかけても、セシリアは耳を傾けるどころか自分の世界から帰ってこようとはしなかった。
「(そうです……ユリスは誰のものかを分からせてあげればいいんです。そうです、そうすればこの人も諦めてくれるはずです)」
そして、急にセシリアは顔を上げ、少し覚悟の決めた瞳をユリスに向けた。
その瞳に思わずたじろいでしまうが、そんなユリスをセシリアは逃さまいと、早足で詰め寄り、ユリスの首に両手を回した。
すると、セシリアは背伸びをした後思い切りユリスの顔を近づけ────
「んむっ!?」
己の唇を、ユリスの唇に重ねた。
ハイライトの消えた目は瞑られ、少しだけ白く細かい頬は種に染まり、回している手に力が籠る。
一方で、ユリスは突然のことで思い切り目を開いて驚いていた。
セシリアの華奢な体から伝わる温かさ、女の子特有の甘い香り、眼前に迫った愛嬌ある整った顔立ち。その全てが、近くに存在する。
加え、唇に伝わる柔らかい感触が────ユリスの戸惑いを増長させる。
セシリアもユリスも、この行為自体は初めてではない。
だが、十秒……三十秒……一分と長く続くキス自体は初めてだ。少し息苦しくなってしまったユリス顔を離そうとする。
しかし、それを首に手を回したセシリアは許さない。
苦しくなり鼻息が当たろうともお構い無し。セシリアは貪るわけでもなく、ただ唇を重ね、周囲にアピールするかのように時間をかける。
そんな二人を見て、アイラは「おー」と何故か感嘆とした声を漏らす。
やがて、セシリアにも限界が訪れたのか、ようやくユリスの唇から愛おしくも柔らかい感触が離れた。
そして、長い長いキスが終わると同時に、セシリアはユリスに抱きついてアイラをキッと睨みつける。
「ユ、ユリスは私のものなんですからぁ!!!」
「うん、知ってる」
「…………………………………………ふぇ?」
即答とも呼べる答えに、昂ったセシリアの感情は疑問を覚えてしまった。
てっきり浮気だと思い、この女の人もユリスを狙っていると思っていたのだが、返ってきたのは存外素っ気ないものだったからだ。
だが、アイラは無表情のまま最後に紅茶を飲み干すと、立ち上がりユリスの横を通り過ぎた。
「じゃあね、ユリス。また今度、ちゃんと遊ぼ?」
「あ、あー……なんか、悪いな」
「別に、いい」
そう言って、アイラは最後に少しだけ笑みを浮かべると、そのままカフェから立ち去り、人混みの中へと消えていってしまった。
周囲の視線が少しだけ集まる。聖女故にもう少し注目を浴びると思っていたのだが、学生服を着ていることで効果が薄くなったのかもしれないと、ユリスは思う。
「とりあえず何か飲むか、セシリア?」
「……飲みます」
それから、ユリスが浮気でないことを説得するのに少しだけ時間を要した。
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