魔族の姫と対峙するのは

悪食あくじき、煉獄————展開」


 銀髪の少女が指を鳴らす。地面には少女を中心に無数の魔方陣が浮かび上がり、真っ赤に燃えた生き物が姿を現した。

 前身は黒く染まっており、二足で歩くその生物の頭部はなく、代わりに存在するのが大きな口。鋭利な牙を無数に生やした口だ。


 その全てがミュゼに向かって襲い掛かる。

 涎を垂らしながら、悪食あくじきの名の通り全てを食らいつくそうと目の前の獲物に向かって肉薄していく。


血剣ブラッドソード


 だが、ミュゼは顔色一つ変えず虚空に無数の剣を作り出し、その全てを銀髪の少女に向かって放出した。

 その変わり、ミュゼはその生物に牙を立てられる。腹や足、手や頭蓋など————ありとあらゆるミュゼの部位を食い散らかしていく。

 その光景は一言、無残であった。人としての原型をとどめようともせず、惨たらしくもミュゼの肉や骨をその胃袋に収めていた。一般人が見れば間違いなく吐き気を催していただろう。


 数秒の時間が経つと、悪食あくじきの生物は姿を消し、残ったのは散らばる肉塊に広がる血溜まり。


「業水、煉獄————凝固」


 一方の少女は手のひらから黒く濁った液体を流したかと思うと、自分の周囲へと広げていった。

 取り囲んだ液体は一瞬にして固まり、嵐のように降り注ぐ黒い剣を綺麗に弾いていく。


「……裏切り者の魔法、めんどくさい」


「お前さんの方が十分にめんどくさいわ。よくもまぁ、こんなを思いつくもんじゃ」


 少女の声に、何故か反応する声が聞こえた。

 先を見れば、先ほど無残に食い散らからされていた筈のミュゼの姿があった。

 更に言えば、傷なんて一つも見当たらず五体満足————目を疑ってしまうような光景だ。


「……私、なんて言った覚えないんだけど? 何で知ってるの? 私と部下にしか知られてないはず何だけど?」


「そうじゃのぉ……使う魔法は全て体内の魔力を使っとるようには見えんかったし、属性の色も乗っておらんかった————それに、ちょうど妾の弟子が同じようなモノを使っておったしのぉ」


 事実、少女の使うソレは体内の魔力を使っていなかった。

 空気中から魔力を供給し、事象を与え、属性の色も乗せていない————正しく、魔術。


「……気に入らない、私と同じ力を使う人間がいるだなんて————イライラしてきた」


 少女の瞳が冷たく変わる。拳をワナワナと震わせ、唇を噛みしめながら憤怒を表していた。


「おぉおー、怒っとるわい。かの魔王の娘たる奴が同じ力を使う者が現れただけで怒っとる。こりゃあ、存外姫も短気という情報を皆に教えとった方がいいかもしれんのぉ?」


 ミュゼが軽口を叩きながら少女に向かって肉薄する。


「……うるさい、私は姫じゃなくてアイラって名前がある。それに、これは私が苦労して編み出したもの————それが、他の奴……人間にも扱えるだなんて考えたら、怒るのも当然。腹が立つ」


「そんじゃあ、余計にもお前さんを可愛い弟子の元に行かせる訳にはいかんくなったわい!」


 ミュゼが虚空から身長を超えるほどの槍を取り出し、姫と呼ばれる銀髪の少女————アイラに向かって突きを放つ。

 その速さは視認が難しいほど。無駄のない動作に洗礼された技術は流石としか言いようがない。

 だが————


「……ふんっ!」


「あがっ!?」


 アイラは体を捻ることで最小限に躱し、ミュゼの頭部を思いっきり殴りつける。

 小さなミュゼの悲鳴と共に頭部が破裂するが、それでもミュゼの胴体は再び動き出し、再び槍を突きつける。

 それをアイラはまたしても躱す。今度は腕を振り下ろすことでミュゼの手を切り離した。


 その間、ミュゼの頭蓋には大量の血が集まりいつの間にか元のミュゼの頭部へと戻っていく。


 これがミュゼの戦闘スタイル。

 己の不死という特性を利用した特攻、数多の攻撃を食らいながらも前に突き進み相手に攻撃を加えていく————そんなものだ。

 ただでさえ、三百年間培われた戦闘技術は頭を抜いており、卓越した魔法は相手に隙を与えず、隙を見逃さない。


 しかし、それでもアイラには何一つ通用していない。

 もう一度槍を突き、自分もろとも槍を降らして攻撃するものの、ことごとくがアイラに届かなかった。


「……どうしたの? さっきから私にかすり傷すら与えてないけど?」


「ぬかせ、わっぱ。お主こそ、妾を仕留めておらんじゃろうに」


 だが、それはアイラも同じ。

 どんな攻撃を加えようが、腸を抉ろうが、首を撥ね様が、その全てが不死の前では通用していない。

 結果としては拮抗。いや、魔術の弱点であるという面を考えたら、長期戦になればなるほどアイラが不利になる。


 それはミュゼとしては望む事。目下、一番の強敵を倒せるのであれば、いくらでも死ぬよりも辛い痛みを味わおうが構わない。


(それで弟子が生き残れるのであれば、妾はいくらでも……)


 ミュゼは再び虚空に赤黒く染まった槍を生み出す。

 空を覆い、景色を全て黒一色へと染め上げる————その数、約百万本。


「ほれ、避けきれるものなら避けてみぃ」


 ミュゼは再びアイラに向かって肉薄していく。それに合わせて虚空に浮かんだ槍も一斉に放出され、強力無慈悲な雨が降り注いだ。


 だが————


「……私が、何もできないと思った? 攻めあぐねていると思った?」


 アイラは嗤う。

 それは、未だに勝てると————死なぬと信じ切ったミュゼに向かって。


「……違う、全然違うよ————私は、いつでも裏切り者を倒せるけど、倒さないだけ」


 そしてアイラは地を蹴り、肉薄するミュゼに一気に迫ると、その細い足を思いっきり掴んだ。

 振りほどこうとするも、魔族であるアイラの手からは逃げられる事は出来ず、無数の槍の雨が降り注ぐ中、避ける事もなくアイラは口を開く。


「……死者は、この世の生を終えると楽園か虚無の向かうと云われているんだって。楽園に行けば全ての幸せを貰えて、虚無に行けば全ての苦痛を味わう。だけど、どちらにも行けない者もいるわけで————その者は、楽園に向かう為に苦罰という試練を与えられる————煉獄って呼ばれるその場所にいる間は、どちらつかずのってわけだね」


「は、離せ……このわっぱ!!!」


「その間って生きてるって言えるのかな? 死んでるって言えるのかな? ……うぅん、言えないよね————だって、死んでもその先もないわけだし、どちらにも行けないんだもん……どちらにもなれない、正しく裏切り者みたい」


 降り注ぐ槍の雨はミュゼの胸を穿ち、アイラの頭蓋に当たり薄っすらと血を流させる。

 だが、それも次の一言によって————


「……じゃあ、死ねない裏切り者には停滞をあげる。死ねず動く事もない、生きる事よりも死ぬ事よりも辛い苦罰を与えてあげる」


「やめろわっぱぁぁぁぁァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」




「楽苦、煉獄————停滞」



 ミュゼの全てが、止まった。

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