少女の名前は
目の前の少女は一体誰だ? そんな疑問がユリスの脳内を占める。
容姿は己のよく知る人物、声もそのまま彼女のものだ。
だが一体、纏う雰囲気や口調はどうして違うのだ?
突然の事態に、ユリスとセシリアは困惑する。
「まぁ、座りたまえ。立ち話ではなく、ゆっくり腰を落ち着かせて話そうじゃないか」
困惑するユリス達とは違い、一人落ち着いた雰囲気で己が座る対面のソファーへと促す。
だが、ユリス達はそれに従い座ろうとはしない。
「……そいつらがそこにいて、俺達が座る訳ねぇだろうが」
「うむ……確かに、君の言う通りだ。だが安心して欲しい……彼女達は、最早自分の意思では動く事ができない」
「それはどういう事でしょうか……?」
ユリスの背中に隠れながら、セシリアはおずおずと尋ねる。
「そういった話も含めて、ゆっくり話し合おうと提案したのだが……存外、君達はせっかちさんのようだね」
やれやれと肩を竦める『アナスタシア』。
「しかし、君達の警戒も分かっているつもりだ……せめてこちらに来なくとも、そこにある椅子に座ったらどうだい?」
そして、『アナスタシア』はユリス達が立つ隣を指差す。
そこには小さな丸椅子がちょうど二つ置いてあった。
「…………」
それでも、ユリスは警戒を解かない。
だが、これ以上立っていては話が進まないと思ったのか、セシリアを庇うように前に立ちながらその椅子へとセシリアと一緒に腰を下ろした。
「ふむ……妥協点だね。ボクとしては、愛する者には近くに来て欲しいのだが……」
「ごちゃごちゃうっせぇぞ……殺すぞ?」
「おや? ボクも随分と嫌われたものだ……こんなにも、君を愛しているというのに」
ユリスの睨みにも臆する事がない。
今、この場の空気を作っているのは……間違いなく『アナスタシア』だろう。
「それに、そもそも君はボク殺す事など不可能だ」
「……どういう事だ?」
「ふふっ、君も分かっているのに聞き返すとは……随分会話を好んでいるように思える────これは、ボクに対する愛かな?」
進むようで進まない返答。
その会話に、苛立ちが募ってしまうユリス。
だが、『アナスタシア』もユリスの苛立ちを感じたのか、再び肩を竦めて話を進めた。
「まず、君達の疑問に答えよう。ボクは君達が思っている通り君達の知るアナスタシア・ミラーではない。ボクという人格はライカ……かつて、厄愛の魔女と呼ばれた一人の少女の人格だ」
そう言って、自己紹介をするかのように『アナスタシア』は己の胸に手を添える。
────厄愛の魔女。
知らぬ人間はいない、三大厄災の内の一つである。
世界を愛を振り撒き、あらゆる愛を求め世界に厄災を運んだ魔女。
その脅威に対し、かつて世界の重鎮達が不意をついて永遠に封印させたはずの存在────それが厄愛の魔女である。
「それがどうしてアナの体に宿っている……?」
「あぁ、それは単純な話さ────それは、彼女達に起こされたからだよ、愛する者」
『アナスタシア』は後ろに立つ三人を指差す。
二人はかつてアナスタシアを襲った張本人であり、もう一人の修道服の女性はユリスの知らない人物であった。
「全く……急にボクを呼び出したりして、プライバシーもへったくれもないね」
「お前の事情なんざどうでもいい……お前が宿っているって事は、アナは何処にいる?」
「もちろん、ボクの中さ。今のボクはアナスタシアという少女の中に混ざり込んだに過ぎない……つまり、君達の知る少女は存命って訳だ」
含みのある言葉に、一部を強調させた『アナスタシア』。
その言葉に、ユリスは思わず聞き返してしまった。
「おい……この屋敷の人間は何処にいる?」
「もちろん、死んださ」
何の臆面もなく言い放ったアナスタシアに、ユリスの苛立ちが最高潮に達する。
傲慢スペルディアの魔術を行使し、一瞬にアナスタシアの胸倉を掴んだ。
「落ち着きたまえ、愛する者。それは、ボクが殺した訳じゃない……そこの少女二人と、金髪の男が殺したのさ。それも見るも無惨な姿で、ね」
「〜〜〜〜ッ!!!」
頭に血が上りすぎて、最早言葉という言葉が出ない。
この前まで挨拶を交わした者、今まで自分を気にかけてくれたアナスタシアの両親。その全てが死んだと知った。
故に、これほどまでに激高────いつ、憤怒イラが発動してもおかしくないほどだった。
「ダメです、ユリスっ!」
そんなユリスの腕を、セシリアは抱き締める。
今、ここで憤怒してはいけないのだと、ユリスより冷静であったセシリアが制止を促した。
「そもそも、これは君が招いた事態だ」
「……何?」
「だってそうだろう? 君がアナスタシアの話を聞かず、この屋敷に滞在していればこんな事態になる事はなかったんだ」
「ッ!?」
「誰かに罪を擦り付ける前に、己を責めるべきだと思うよ……まぁ、ボクとしては悪者は完全に彼女達だ……そこまで気負う必要はないと口にさせてもらうけどね」
ユリスの手を払い、再び腰を下ろす『アナスタシア』。
確かに、己が招いた事態である事には変わりない。
帰れと言われて帰った……今にして思えば、強欲の魔獣の権能を一匹ここに置いていればこんな事にならなかった。
己がアナスタシアの言葉に頷いてしまったから。
アナスタシアの言葉を信じてしまったが故に……水晶という確証性もない物を渡すだけにしてしまったのだ。
その事に、今更ながら気づいてしまうユリス。
激しい後悔と自分に対する憎悪が一気に押し寄せてくる。
「その……あなたは、私達の味方なのでしょうか?」
「当然、敵さ」
「ッ!?」
ストレートな言葉に、セシリアは息を飲む。
「だが、彼女達の味方でもない。ボクは彼女達のおかげで再び愛を感じる事ができたが、やる事がボクの美学に反している。ボクは争い事が嫌いなんだ……その為に、アナスタシアは傷つき、大切な存在を失った────ボクが彼女達と同じ道を辿る事など、ありえない」
「だ、だったら────」
「しかし、分かりやすい敵味方の二つだけとは限らないよ聖女殿? ボクはボクの望みがあり、アナスタシアはアナスタシアの望みがある。さしずめ、ボクはアナスタシアの味方ってところだね」
何がなんだか分からない。
誰が味方で、誰が敵で、どうしてこうなっているのか……セシリアは、最早パニックだ。
その間、ユリスが憤怒を抱えたまま落ち着きを取り戻し、話を本題へと戻した。
「お前の、アナの目的はなんだ? どうすれば、アナに戻る?」
真っ直ぐ、魔女と名乗る『アナスタシア』を見据える。
すると、『アナスタシア』は妖艶な笑みで微笑んだ。
「ボク達の目的は少年の愛をもらう事。友愛でも親愛でもない、一人の女性としての寵愛を。アナスタシアは望んでいるのさ」
「俺の愛? それはどういう────」
「その為に、ボクは君にゲームを申し込もうじゃないか」
『アナスタシア』は立ち上がり、三人の後ろへと向かうと、そのまま開かれた窓の前へと立つ。
「少年が勝てば、ボクは大人しくアナスタシアの中へと消えよう。逆にボクが勝てば、そこの少女に向ける愛を全て……アナスタシアへ向けるんだ」
「だからっ! 俺の愛って一体なんなんだよっ!?」
話を聞かない『アナスタシア』に再び激昂してしまうユリス。
それでも、『アナスタシア』は耳にも留めず、その言葉を続けた。
「勝負は至って簡単」
そして────
「その少女を守りながら、ボクの前に再び辿り着けるか。それだけだ」
ドゴォン!!!
その言葉を耳にした瞬間、激しい衝撃音と共に、セシリアとユリスの体が吹き飛んだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
※作者からのコメント
そろそろ真面目路線……胸糞展開終わらせますのでm(_ _)m
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