大罪の魔術師と四魔将の幕引き
「オラオラオラァ!!!」
ガラフがその数百に増やした腕をユリスに向かって放つ。
視界に入るのはもはや赤一色で、周りの景色が目に入らないほど埋め尽くされている。
「
だが、それをユリスが
そしてユリスが移動した先────それは上空に浮かぶカトレアの横。
身に纏うローブを靡かせ、三角帽から覗く視線はユリスを捉えておらず、ユリスは移動するとすぐ様横っ腹に全力の蹴りを放とうとする。
だが────
「うぉっ!?」
その蹴りは空を切り、ユリスの体が一瞬にして地面へと落下する。
まるで、いきなり何百kgもの重りを身に背負ってしまったかのように、自然と地面に向かって落ちる。
ユリスは地面に衝突する寸前に
「あら、蝿でもやって来たのかしら? ついつい叩き落としてしまったわ」
地面に叩き落とされたユリスに向かってカトレアが嘯く。
事実、叩き落としたと言いつつもカトレアは指一本動かしていなかった。それどころか、ユリスを視認すらしていない。
そう、つまり────
「常に自分の周りに重力を張っているのか……? これまた面白い事を……」
「ご明察よ。正解ついでに受け取りなさい」
そして、落下したユリスの頭上に先程まで浮かんでいた建物が物凄い勢いで迫り来る。
建物を自在に操れるカトレアの権能は強大、ユリスではなくとも食らってしまえば命など簡単に尽きてしまうだろう。
それでも、ユリスは臆す事もなければ焦りもしない。
だからこそ、ユリスは広場を埋めるような建物を避ける事なく待ち受ける。
そして、その建物はユリスの体に触れる寸前に大きく弾かれ、広場に周辺に固まる住宅街へと転がっていく。
「おぉ……こりゃあ、こいつら終わった後の修繕が大変そうだなぁ。俺に弁償とかいかないよね?」
「おいおいッ! 随分余裕じゃねぇか、あぁん!?」
「いや、下っ端貴族はお金持ってないから死活問題なんだけどなぁ」
数百発の殴打を前にしてユリスは余裕の表情。
それが癪に触ったガラフは睨みを効かせ、弾かれてもなお血腕をユリスに向かって振るっていく。
それでも、ユリスには届かない。建物をぶつけようが、視界を埋め尽くすような殴打を打ち込もうが、ユリスの体に触れることは無い。
「いい加減、俺からもアクションを起こしてもいいよな?」
ユリスは
「さっきからなんなんだよォ!? その魔法はよォォォォォォォォッ!?」
消えては現れてを繰り返すガラフが苛立ちの叫びを上げる。
攻撃は通らない、姿を掴めない、余裕綽々の態度をとる────その全てが、段々とガラフの神経を逆撫でする。
「魔法じゃなくて魔術だ。そこ、間違えて貰っては困るんだが?」
「魔術だァ!? だから姫様と同じ匂いがするのかよォ!?」
「誰だよ姫様って? 魔術が使えるのは、この世で唯一俺だけだ」
そう、この魔術はユリスが編み出したもののはずだ。
渇望と苦悩の末、血の滲むような努力に、不意に閃いた発想────それが、魔術。大罪をベースにした、唯一無二の力。
(もし、俺と同じ魔術を使う奴がいるんなら────)
許さねぇ、ぶち殺す。
これは自分だけのものだ。誰かが侵していいものではない。
ユリスはその言葉に憤怒────まではいかない苛立ちと怒りを覚えた。
「せっかく教えてくれたんだ。その褒美をくれてやるから、受け取りやがれクソ魔族」
ユリスは指に巻かれてあった紙を解く。
それは先程まで胸にあった、何の変哲もない紙。
「怠惰の魔獣────その権能は、進化と変化を怠る為の不変だ」
その紙は大きく広がる。
不変と語っていながらもその紙は大きく変化、変色していき、やがて片腕に収まるような黒い槍へと変わっていった。
「
そして、その槍は変化を止めて姿形が固定。
「さぁ、止めれるもんなら止めてみろよ────四魔将」
「そぉこなくっちゃなァ!!! どっからでも来いや人間ッ!!!」
ユリスの声にガラフは雄叫びと共に、数百の血の腕を構える。
それに対し、ユリスはその黒く染った槍を大きく振りかぶり、思いっきり投げた。
狙いは魔族。
投擲するは槍。
その威力は衰えることなく、前へと進み続ける。
「シャァァァァァァオラァァァァァァッ!!!」
ガゼフはその槍を撃ち落とさんと血の腕の拳を槍に向かって振り下ろす。
しかし、それでも槍は地面に落ちるどころか止まる気配もない。
ユリスの怠惰の魔獣。その権能は『不変』である。
変化を起こし、そこから先の不変を望む権能は、あらゆる全ての変化を拒む。
投擲した槍は折れることなく形を留め、投擲した威力は初速から落ちることなく前に進み続ける。
言わば、無敵縦断の投擲。それはユリスが命じるまで止まることはない────
「ハハハハハハハッ!!! 力負けするんじゃあ仕方ねぇよなァ!?」
立ち塞がる数百の腕は貫通し、弾かれ、ガラフの元まで槍の切っ先が迫り来る。
そして────
「ゴハッ!」
ガラフの心臓を穿いた。
口から大量の血を流し、ガラフの目から徐々に光がなくなっていく。
「くははッ……案外、人間に負けるのも悪くねぇなァ……」
「うるせぇ
「ユリス・アン……ダーブルク……ひひッ、いつかァ……」
言葉の途中、ガラフの目から今度こそ光が失われた。
数百に広がっていた血の腕は姿をなくし、変わりに大量の血液を周囲に残す。
「くそッ! 人間の分際で!!!」
ガラフが倒されて頭に血が上ってしまったのか、カトレアはユリスに落とす為に、周囲の瓦礫を一気に持ち上げる。
「お前のソレは、落とす為に重力を上げるか下げるかしかできないわけだ。そんなの、俺の傲慢に比べたらお粗末。だって、仕掛ける為にいちいち持ち上げないといけないわけだからな」
ユリスはカトレアを見上げながら足元を小突く。
すると、大きな魔法陣と共に巨大な獅子が背後に現れ、最後の一言を紡いだ。
「
獅子が雄叫びを上げ、埋もれた瓦礫が勢いよくカトレアに向かっていく。
「いやっ!」
カトレアはそれを防ごうと、集めた瓦礫を迫り来る瓦礫にぶつけようとするが────遅い。
上げて下げるという工数をしなければならないカトレアと違い、上げるだけで済むユリスとではそもそも速さが違うのだ。
故に、カトレアが防げるわけがない。
「あがっ!?」
瓦礫が幾重にもなってカトレアを襲う。
そして、カトレアは額や口元から少量の血を流しながら地面へと落下していくのであった。
「どいつもこいつも、魔術を舐めすぎじゃねぇか? 怠慢無知は怠惰の罪だぜ?」
そんなカトレアを一瞥する事なく、ユリスはその場から背を向ける。
これで、一つ。
「そもそも、俺って見下ろされるのって一番嫌いなんだわ」
その傲慢な態度は未だに健全。ユリスの体には完全無傷と言っていいほど、傷一つない。
そして周囲を見れば、いつの間にか
「……さて、お掃除を続けますかね。でないと、いつまで経ってもセシリアが安心できねぇから」
だから、ユリスはその場から離れた。
ここに、大罪の魔術師は勝利という形で幕を下ろす。
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