婚約者三人の──
モンスター文庫様より、2月26日発売!
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「……話は分かった」
テーブルを挟んだ先、一人用のソファーに座るミュゼが紅茶を啜る。
妙に張り詰めた空気が浸透し、少しだけ緊張を滲ませているセシリア。一方で、アナスタシアは臆する様子もなく堂々とセシリアと同じソファーに腰を下ろしていた。
そこは公爵家の娘という立場と聖女の違いなのかもしれない。
「なるほどのぉ……約二百年も生きとる妾ですら知らんかった情報を持っとる、流石は魔女ということかの?」
「えぇ……私も彼女から聞かなければ分からなかった。セシリアは知っていたみたいだけどね」
アナスタシアはこれまでのやり取り、そしてこれからのことをミュゼに話した。
その時間はさほどかかっていない。だが、その内容は全てが重たいものであった。
おふざけ……そんな言葉は一切ない。
どの言葉も、全てユリスのことに関わってくるのだから。
「その話を聞く限り、聖女様はあまり乗り気じゃないみたいじゃの。知っておれば、まず先に動いたじゃろ」
「私は……そうですね、知っていましたし────正直に言うと、乗り気ではありません」
いつもの明るい無邪気な顔とは違う表情。不安と迷いを入り混ぜたような感情が乗った琥珀色の瞳を、正面に座るミュゼに向ける。
ミュゼはそんなセシリアを見て、小さく息を吐いた。
「まぁ、妾が賛同せん理由はない。妾も弟子が生きられるのであれば、そちらに動くのも当然じゃ。妾の出来うる限りのことはしよう」
「感謝いたします」
「よせ、どうせお前さんらもユリスの迎え入れられたのじゃろ? これから共にすることも多くなるのに、そんな畏まらんでもええわ」
「ありがとうございま────いえ……ありがとう」
確かに、ミュゼの言う通りこの場にいる者全員が、想いを確かめ合いユリスと婚約を結ぶであろうメンバーである。
であれば、今後一緒に過ごす時間も多くなるだろう。
いつまでも堅苦しい言葉遣いだと親睦を深めることもできない。
だからこそ、アナスタシアは一瞬だけ言い淀んだが、すぐさま言葉を順応させた。
「そこの聖女様も普通に名前で呼んでいいかの?」
「はいっ、それはもちろん大丈夫です」
「くくっ、すまんの」
ミュゼの笑顔に、徐々に緊張がほぐれていくセシリア。
どこか安心させるような……お母さんみたいな人だなと、セシリアは一瞬感じてしまう。
「そうじゃ、セシリア。こっちへ来い」
ミュゼが対面に座るセシリアを手招きをする。
どうして呼ばれたのかは分からないが、とりあえず立ち上がりトテトテと近づいた。
そして、セシリアはミュゼに視線を合わせる。すると、急にミュゼがセシリア長いプラチナブロンドの髪を優しく撫でた。
「のぅ、セシリア? お前さんはお前さんのしたいようにすればよいからの」
「……えっ?」
突然の言葉に、セシリアは驚きの声を上げる。
「今まで弟子のことを考えて黙っとたんじゃろう? 確かに、お前さんは誰かの意見を聞いて迷いながらも行動に移した、それは素晴らしいことじゃ。でものぅ、多分お前さんは一番ユリスと似ておる」
「私と……ユリスが、ですか?」
「そうじゃ、誰かを助けるために自己の犠牲を厭わない、お前さんがアナスタシアにしたこと、正しくそれじゃ。それが、弟子の行動は似ておる。故に、弟子の気持ちを一番分かってしまう────じゃから、今まで何も言わなかった」
「…………」
「今はよい……いつかは自分で決めるんじゃ。それがどんな道であろうと、妾は止めんよ」
優しく、ミュゼはセシリアに向かって微笑む。
その笑顔に、セシリアは何故か胸が熱くなり、どこかにあったしこりが消えたような気がした。
「はぁ……セシリアをこの段階で揺るがすのね」
「勘違いしてもらっては困るぞ、アナスタシア? 言っておくが、妾は全面的にお前さんと同じ考えじゃ、裏切ったわけではない」
ため息吐くアナスタシアを見て、ミュゼはセシリアの頭から手を離す。
「まぁ、邪魔するのであれば妾は全力で抗うからの。妾の気持ちの天秤は、圧倒的に『弟子の存命』じゃ」
「は、はい……」
変わらぬ口調で聞こえるミュゼの言葉。
そのはずなのに、セシリアの耳には先程よりも重たいものを感じてしまう。
「とりあえず、セシリアのおかげで聖人と聖女をここに呼んだわ。主に要があるのは聖人の方だけれど、もう一人の聖女はユリスに好意を向けている────それに、武に特化した聖女であれば呼ぶに値するわ」
「ほぅ……? 聖女相手に随分と上から話すのぉ、アナスタシア?」
「賽は振ったわ。私はもう引き返す気も、いない場で敬う余裕もないのよ」
アナスタシアはテーブルに置いてある紅茶を啜る。
「今回、私達は『ユリスを元の道を歩ませる』ために動く。聖人の力がユリスの体を治してくれるかは、来て試してみないと分からない。だけど、そこは別に問題じゃないの。確証はないけど、セシリアの反応を見れば上手くいくであろうということは理解できるから」
アナスタシアの鋭い目がセシリアに向けられる。
セシリアはその視線に肩を震わせ、少しだけ陰りを見せた。
もし、アナスタシア……厄愛の魔女がセシリアに尋ねた時、『知らない』と口にしていれば、ここまで踏み込むことしなかった。
だけど、セシリアは『知らない』とは言わず迷いを見せたのだ。
だからこそ、アナスタシアはセシリアに情報を聞き出し、聖人と聖女を呼ぶようにお願いをした。
きっと、ユリスを治せるだろうから、と。
「私は、セシリアみたいに迷いはない。何故なら、私はユリスを救ってあげたいから。セシリアも、最後には私の味方になってくれると信じてるわ」
「妾もそこに異論はない。方法があるというなら、全力で力を貸すぞ」
「えぇ、ありがとう。だけど、きっと……あなたの力があっても、上手くは進まないとは思うわ」
上手くいかない。
英雄と呼ばれるほどの力を持っていて、学園長というしっかりとした立場にいるミュゼがいるにもかかわらず、アナスタシアはそう口にする。
だけど、その言葉に誰も疑問を抱かなかった。
何故なら、セシリアもミュゼも……その理由は分かっているのだから。
「今回、私達の敵は────間違いなく、ユリスよ」
救いたいと思っている相手が敵である。
それは、悲しいほどに皮肉に満ちていた。
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