大罪の魔術師対S級冒険者————決着

 嫉妬という言葉には二つの意味合いがある。


 憎悪と羨望。


 自分より優位に立っている者に対するに対してのねたみとそねみ。それに対する攻撃的に捉える負の感情である。

 故に、人間が抱く七つの大罪に含まれる言葉なのだ。


 今、ユリスはカエサルに嫉妬した。

 その世界最高峰の実力を目の当たりにして、己には無い力を妬んだ。


 ユリスは地を駆け、一気にカエサルに肉薄する。


「お前ッ!?」


 カエサルは迫りくるユリスに己の剣を振りかざす。

 上から下に一直線————だが、ユリスは避けることなくその剣を受け止めた。


「……」


 カエサルとユリスの筋力差は歴然だ。

 魔術師であるユリスに対し、カエサルは身体強化を力に費やす剣士。

 それにも関わらず、ユリスは力負けすることなくその剣を受け止める。


 そして、受け止めた剣を右へ滑らせるように流し、体を捻ることによってカエサルの横っ腹に大きな蹴りを加えた。


 すかさず、カエサルも剣をそのままにして空いた手を縮めることによってユリスの蹴りを受け止める。


「ぐっ……!」


 その威力に、カエサルから苦悶の声が漏れる。

 先ほどよりも威力が強い、構えがまるで違う、速さも対応能力も状況判断も決定的に学生のモノではない。


 これはカエサルにとって覚えのあるものだった。

 そう、これは————


、じゃねぇかユリス・アンダーブルク!?」


「だから言っただろ、ってさ」


 ユリスの剣が弾かれ、カエサルが驚きながらも踏み込みユリスの首目掛けて剣を突き出す。

 ユリスは首を最小限に捻ることで回避し、変わりざまに剣を振り下ろした。


「素晴らしい……俺にはないこの力、速さ、剣術、身のこなしーーーーあぁ……嫉妬した甲斐がある」


「全く! お前はとことん俺を驚かせてくれるなッ!」


 打ち合いの中、カエサルの声に昂りが戻る。

 嬉しそうに、顔を破顔させながら嬉々としてユリスに向けて剣を振るった。


「俺は勤勉なんだ————もっと先生を楽しませてみせよう」


 速さも力も経験も技術も劣るユリスが、S級であるカエサルに拮抗している。

 その光景に、端で見続けるクラスの生徒達は言葉が出なかった。



 ♦♦♦



 ユリスの嫉妬インヴィディアは他者の全てを奪うーーーー訳ではなく模倣するというものだ。

 それは魔法であろうが、剣術であろうが、身体能力であろうが例外なく己の体に写し出す。


 ユリスが羨望し、憎悪を抱いたことによって生まれたユリスの大罪。

 何もかも他者に劣るユリスが、欲したことによって編み出された魔術。


 だからこそ、数十分経った今でも実力差が明らかなカエサルと拮抗出来ていた。


 ————がしかし、ユリスとてその魔術を延々と使えるわけではない。

 魔術行使には精神力を使うし、肉体的疲労は溜まっていくのだ。


 故に、拮抗が崩れるとすれば————


「おらおらっ! どうした!? もうへばったのか!?」


「くそっ……!」


 ユリスの剣先が鈍る。

 数十分続いた攻防は徐々に決着を迎えようとしていた。


「動きにキレがなくなったぞユリス・アンダーブルク!」


「学生相手に本気じゃねぇか……ッ!?」


「逆に本気にならねぇ方が無理だぜ!」


 迫りくる剣撃に、ユリスは防戦を強いられてしまう。


 それも当然だ。

 いくら相手の全てを模倣しようが、結局は自分の体————その根本は変えられない。それに加えて、ユリスはこうしている間にも精神力を削られていっている。


 故に、先に限界を迎えるのはユリスなのだ。


「……くっ!」


 防戦の中、ユリスが隙を見て剣先をカエサルの懐に滑り込ませる。

 だが————


「それは愚策だ!」


 カエサルはその剣の側面を思いっきり切り上げる。

 その所為で、ユリスの剣は大きく上に————そして、胴体がガラ空きになった。

 それを、見逃すカエサルではない。


「終わりだぜ、ユリス・アンダーブルク!」


 その言葉を残し、カエサルはそのままガラ空きになった胴体目掛けて剣を突き出した。


「ぐっ……怠惰アケディア!」


 ユリスの声の元、カエサルの剣が胴体に吸い込まれる。

 だが、その切っ先は胴体に届くことなく鈍い音を立てる。まるで鋼鉄の鎧を纏っているようだった。


傲慢スペルディアッ!」


 そして、ユリスはカエサルから離れた座標を移動させる。

 仕切り直し————というわけではなく……


「はぁ……はぁ……っ!」


 限界だったからだ。

 今度こそ、心身共に限界値に達している。ユリスは剣を地面に突き立て、その膝を折る。


 ありとあらゆる物体、魔法を己の体に通さない怠惰アケディアの魔術が、決定打になったようだ。


 それを見て、カエサルは追撃することなく剣を鞘に閉まった。


「ここで仕舞いだな……」


 カエサルとても、珍しくも昂ってしまったが教員としての仕事は忘れていない。

 あくまで実力確認————もう、ユリスの実力は把握したのだ。


「無能……なぁ? こいつのどこが無能なのやら————明らかに、S級同等だろうに」


 S級である自分とここまで奮闘したのだ。

 その時点で、A級冒険者よりも実力が勝っている。それでいて、ユリスはまだ学生になり立て————これのどこが無能なのか?


 荒くなった息を整えながら、噂はアテにならないなとカエサルは思った。


「ユリスっ、大丈夫ですか!?」


 試合が終わったと状況を読んだのか、真っ先に聖女たるセシリアがユリスの元に駆け寄る。


「セシリアぁ……俺、疲れちったー……膝枕を所望するよぉー……」


「わ、分かりましたっ! ここですればよろしいでしょうか!?」


「ここでしたら次の試合の巻き添えをくらうけど?」


 焦るセシリアに恐怖を抱くユリス。

 もう体を動かすことも億劫になっているユリスが訓練所ど真ん中で行われる試合を避けられるとは思わない。

 ありがたいけど、俺を殺す気でいるのかと疑問に思ったユリスであった。


「はいはい、早く退けなさい」


 すると、今度はアナスタシアがユリスの元にやって来た。

 そして、このままでは邪魔になるとユリスの首根っこ掴んでそのまま訓練所端までひこずっていく。


「あー、もうちょっと優しく扱ってー。出来たらこのままふかふかのベッドに連れてってー。それでもってお菓子と美人な姉ちゃん持ってきてー」


「これ見よがしに甘えてくるんじゃないわよ」


「……この貧乳令嬢が」


 ケチ臭いアナスタシアにユリスが悪態をつく。

 それを聞いたアナスタシアは額に青筋を浮かべて————


「ちょ、ちょっとアナスタシア様? どうして今、身体強化の魔法かけるんですか? …… 嫌な予感がするんで離して下さい、お願いします! 本当にお願いします! ……やっ、やめーーーー」


「ふんっ!」


「ーーーーうぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」


 己の身体強化の魔法を最大にして、ユリスを訓練所端まで思いっきりぶん投げた。

 ユリスの叫びが木霊し、やがて訓練所に大きな衝撃音が響き渡った。


(くくっ……今年の新入生は面白そうだ……)


 その光景を見て、カエサルは笑みを浮かべる。

 これからが楽しみだと、最近味わったことのない嬉しさが込み上げてきた。


「次はどいつだ! 俺はまだまだやれるぞ!」


 無能と呼ばれた大罪の魔術師と、最高峰の実力者の試合が終わったとしても、Sクラス最初の授業は続いた。












































































(……あの方であれば————)


 そして再び、銀髪の少女がユリスを見やる。

 今度は興味ではなく、確信を抱いて————

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