新しい選択肢
『魔法学園の大罪魔術師』の二巻、7/30発売です!!!
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「セシ、リア……?」
女神が片膝をつく。
その表情に苦悶の色は見えなかったが、ミカエラの目からは何か異変が起こっているように見えた。
「何をしたのかな〜?」
怒気を孕んだ瞳でミカエラはアイラを睨む。
それを受けて、アイラは飄々と肩を竦めた。
「さぁ……? 私はそっちの事情に詳しいわけじゃないから」
「だったら……っ!」
「でも────大方の予想はつく」
アイラはゆっくりと、女神の下へ向かって歩き出した。
それを見たミカエラはメイスを持って、女神とセシリアを守ろうと突貫しようとする。
しかし、それを女神自身が片手を上げて制した。
「女神様……?」
「大丈夫です。魔族の姫に何かをされたわけではありません。ただ────どうやら、セシリアが表に出たがっている……それだけです」
女神は現在、セシリアの体を間借りしている状態だ。
セシリアの意識を内に収め、女神としての意識を表として置き換える。
つまり、セシリアの肉体は女神の制御下にはあるものの、本来の持ち主は現存している状態。
ようは、セシリアの意識が前に出ようとすれば、女神としての意識に影響を与えてしまうだけなのだ。
「出してあげたら? 元々、女神の体じゃないでしょ?」
「私としても、娘を無理矢理乗っ取ろうなどと考えていませんので、それは構いませんが────魔族の姫がいる現状で、それは危険だと判断しています」
現在、アイラと対抗できているのは女神がいる影響が強い。
もし、女神がいなくなり争いを好まないセシリアが表に出てしまっては? 戦闘はミカエラだけの状態になり、一気に状況は変わってしまうだろう。
そうなれば、ミカエラだけでなくセシリアの身も危なくなる。
女神が主導権を譲らないのは、その考えがあるからだ。
「……勘違いしているようだけど、私は戦争をしに来たわけじゃないから。今日はオフなの。憎いって気持ちはあるけど、勝手にしたらお父様に怒られちゃうから」
そう言って、アイラは地面に腰を下ろして膝を抱える。
体育座りのように座ったアイラは、自らが敵対しないとアピールしているように見えた。
「ただ、ユリスの恩を返しに来ただけだし。多分、私がその子を殺そうとしたらユリスに怒られる。それに、私がお願いされたのは足止めだけだから」
「……だから?」
「何もしないなら、私が何かをする必要がないってこと。ぶっちゃけ、ユリスをどうこうしない限り、私はどうでもいい」
はぁ、と。アイラは嘆息をついた。
「出てくるなら出て来なよ、あの時の聖女。話したいことがあるんでしょ?」
「…………」
アイラの言葉に、女神は押し黙る。
それは内にあるセシリアの意識と何かしているのか、アイラの言葉に反論がないからか、思考を巡らせているのかは分からない。
しばらくの沈黙が続く。
そして────
「分かりました。私は、このまま戻ります」
「女神様っ!?」
「セシリアが望んでいることです。それに────」
抗議をしようとしたミカエラから視線を動かし、アイラを見据える。
「魔族の姫に嘘はないように思えます。心底業腹ですが、娘が望んでいるのであれば、今は下がる方がいいでしょう────私は、何も事情を知らない傍観者ですからね」
「勝手にすれば? 私は、このままやってもいいけど」
「いえ……その必要はありません」
女神がそっと目を閉じる。
『女神降ろし』は対象者が珍しいだけであって至って単純であり、言ってしまえば簡単なものである。
降ろすために、別の聖職者の魔力を注ぎ器の意識を内に収める。
その後、女神の意識が器を求めて器に収まる。
降ろした後は、器の意識が限界値に達するまで女神の意識が表に出るのだ。
限界値に達すれば、自然と女神の意識が消え去り、肉体の主の意識が表に戻る────そして、限界値に達しなくとも女神が意識を手放せば肉体の主の意識が表へと戻っていく。
故に、女神が望めば肉体は元へと戻される。
「……っ!」
女神が望んだ行為を使徒が邪魔にはできない。
だが、一抹以上の不安が残るため、ミカエラは思わず歯ぎしりをしてしまう。
「セシリアちゃんに何かしたら────本気で殺すから」
「やってみれば? っていつもなら言うけど、今回は別。何もされなかったら、私は何もしない」
ミカエラの目を臆することなく、アイラは興味なさげに女神の姿を見つめる。
「……時間がかかりそうだし、ちょっとお話」
ミカエラに向かって、アイラが話を投げる。
「魔族と人間の明確な差っていうのは、外見とかの話じゃないのは分かる?」
「…………さぁ〜ね」
「人間は頭を潰せば、心臓を貫けば死ぬけど……魔族は違う。うぅん、魔族だってそうなったら死んじゃうけど、明確な死因はそこじゃない」
ミカエラは疑問に思う。
あまりにも突拍子のない話題に。
どうしてこんなことを口にし始めたのか?
それでも、時間潰しに付き合うかのように耳を傾けた。
「魔族は『魔核』というものを壊されたら死ぬの。肉体が破壊されれば魔核が耐えきれなくなって死んじゃうけど、最終的には魔核の破壊によって魔族は死ぬ」
「…………」
「明確な違いはそこ。魔族は魔核によって生き、魔核がなければ死ぬ。何故なら、魔族は魔核によって魔族となるから────おかげで、魔族は人間のような脆弱な体じゃなくて強い肉体が生まれる」
「結局、何が言いたいの……?」
「そんな深い話じゃない。ようは、私が魔術を使えるのは、魔族としての肉体があるからこそって話」
「ッ!?」
ミカエラは息を飲む。
そして、どうしてアイラがそのような話をし始めたのかに行き着いた。
「まさか……っ!?」
「結局は、私はユリスが救える方法を話しているだけ。これが一番の解決方法だと思うから」
ミカエラが驚いていると、女神……いや、セシリアの瞳がそっと開かれる。
「どうせ、今の話……聞いてたんでしょ?」
「……はい」
愛嬌と焦燥と。そんな感情が入ったような声。
セシリアが、そっと立ち上がる。
「……あなたが言いたいのは、ユリスを魔族にするって話ですよね?」
「うん……そういうこと」
それを見て、アイラもゆっくりと立ち上がった。
「それじゃ、本題────聖女は、ユリスを救いたい?」
選択肢が、一つ増える。
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