選択肢の許容

『魔法学園の大罪魔術師』の二巻、7/30発売です!!!


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 アイラとセシリアがこの場に現れた。

 それは、二人の思考に戦いとは別の思考が生まれさせるには充分であった。


(どうしてここにセシリアがいる? それに、アイラはセシリア達の足止めをしていたはずだろ?)


 アイラはユリスのお願いによってミカエラとセシリアの足止めをしていたはずだ。

 この戦いに決着をつけるまで。殺傷をしろというわけではなく、単純にユリスの下まで連れてこさせないように。


 だけど、今はこうして目の前に現れてしまった。

 アイラも、いつもの無表情を張り付けながらセシリアの正面に立っている。


「セシリアがどうしてここに……? いや、それよりも――――」


 ミーシャが槍を地面に下ろしながら、アイラを睨む。


「……ミカエラはどうした? まさかとは言わんが—―――」


 そして、槍の矛先はアイラへと向けられる。

 明確な敵意は、ユリスに向けた時とは別の単純な殺意だ。

 それは、相手が倒すべき魔族の姫だからという理由も含まれているのだろう。


 しかし、それを受けてもなお……アイラは平然とミーシャを見つめた。


「さぁ? 今頃、エルフの子と一緒に裏切者の相手でもしてるんじゃない?」


「は?」


 その言葉に疑問を思ったのはユリスであった。

 エルフの子……そう言われれば、自然と思いつくのはミラベルの姿。

 アイラが裏切り者だと称するのは、かつての場所でミュゼを呼んだ時のみ。


 そうすれば、ミカエラはミラベルと一緒にミュゼを足止めしているということになる。


(ということは、アナはミラベルが倒したのか……? それで、師匠はティナとリカードを倒してしまった……)


 ずっしりと重たいものがのしかかる。

 分かっていたことではある。自分がお願いした時点で、互いに譲歩や平和的解決など存在せず、誰かが自分の意見を押し付けなければならない。


 それは戦闘によって。

 仲間や親しい者であったとしても、傷つけなくてはならない。

 それを許容させたのはユリスだ。皆、そんなことをしたくはないと思っているはずなのに。


 それが大きな罪悪感になる。

 改めて、覚悟を結果で潰されたような気分を味わった。


「今は、そんなことはどうでもいい……今は別の話をしようよ」


 こつり、と。

 疑問が浮かび上がる二人に向かって歩き出す。


 それを見て、明確な敵だと判断しているミーシャが槍を携えて突貫した。

 だが――――


「やめてくださいっ!!!」


「ッ!?」


 セシリアが、それを制した。

 追いつけないほどの速さで肉薄したミーシャの体はアイラの正面に現れている。

 槍の矛先はアイラに向けられているが、正面に立ったセシリアが両手を広げて寸前のところを体を張って止めている。


「セシリア……どういうことだ?」


 槍を下ろさないまま、ミーシャはセシリアに問いかける。

 魔族は、魔の象徴として聖職者にとっては敵にあたる存在だ。

 それなのに、聖職者のトップに座る聖女が魔族の姫を庇っている――――その光景は、歴代を遡っても初めての光景だろう。


 だけど、セシリアはそのことに疑問も抵抗も覚えない。

 震える唇を一生懸命閉ざしたり開いたりを繰り返し、どうにかして込み上げてほしい言葉を口から出そうとしている。


 そして、しばらくの沈黙が続き――――


「わ、私は……」


 セシリアが、口を開いた。


「し、姉妹のお願いを破棄しますっ!!!」


「ッッッ!!!???」


 震える声を誤魔化すように叫ばれた声に、ミーシャは先程よりも大きな戸惑いを見せた。

 喧騒が聞こえなくなった空間に、余韻とも呼べるものが広がっていく。


「わ、私は……悩んでました」


 だけど、余韻の中にセシリアは言葉を残そうとする。


「ユリスが大好きです。頑張ってきたユリスが好きです。私は、今のユリスを見て好きになりました。でも、それじゃダメで……このままじゃ、ユリスは死んでしまうから、どこかで止めなくちゃいけなくて……ユリスを助けたいって思いまして」


 その言葉は、説き伏せるようなものではなく、単に自分の感情を文脈関係なしに綴っているようなものであった。


「ユリスの身を考えるなら、魔術の力は捨てさせないといけないです……でもっ! それがユリスであり続けるためのものなら、捨てさせたくもないんですっ! 私は、ユリスが好きだから!!! 中身も外見も、どっちも大好きで愛しているんです! わがままなのは理解してます……でも、


「何を、言って――――ッ!?」


 ミーシャが疑問を投げようとした瞬間、その疑問の答えに気が付く。

 アイラがこの場にいて、セシリアがアイラを庇って……そうなれば、必然的に答えに辿り着いてしまう。


 だけど、それでもミーシャは声を張り上げる。

 答えが信じられなくて、その答えが正気とは思えなくて――――


「セシリア!!! ユリスくんを!?」


「……ッ」


 ミーシャの言葉に、ユリスがピクリと反応させる。


「セシリアの愛おしい人を! 人として誇らしい信念を持った彼を! 魔族として堕とすつもりなのか!!!」


「分かっています!!! だからわがままなんです!!! それで、どっちのユリスも救えるのなら……私はそうしたいんですっ!!!」


「馬鹿な! 聖女である君が……その決断をするというのか!?」


 信じられない、その言葉しか脳裏に浮かばないミーシャ。


 ミーシャは、今日出会っただけでユリスのことを高く評価している。

 救いたくも、愚かだと思いつつも、自分を犠牲にしてまで他者を慮る信念を持ち合わせたユリスは尊敬に値する人間だ。


 それは、聖女としても聖人としても、一人の人間としてもそう思っている。


 だからこそ、魔族に堕とすという行為に憤りを覚えてしまう。

 それは、なのだ、と。


 そんな憤るミーシャを置いて、セシリアはゆっくりとユリスに向かって歩き出す。


「……私は最低です。聖女失格です」


 歩きながら、地面に滴が零れ落ちる。


「自分の答えを見つけました。ユリスが言ってくれたように、自分で選びました……でも、絶対にこの選択は間違ってます。それは……理解しています。だから、ユリスに強制させるような言葉は、言いません」


 そして、セシリアがユリスの前へと辿り着く。

 俯き、零れ落ちる滴の在処は……茫然と立ち尽くすユリスには見えなかった。


「私は……ユリスが大好きです」


 そして、セシリアは温かさを求めるかのようにユリスに抱き着いた。

 そのまま、己の愚かさを呪うかのように――――抱く本音を叫びだす。


「大好きなんです! 愛しているんです! だからどっちも救いたくて、どっちのユリスとも傍に居たくて! だからこんな決断をしちゃいました……ありえないはずなのに……ありえないはずなのにっ! それでも、ユリスを助けたいです! わがままでも、愚かしいと罵られてもユリスが側にいてほしいんですっ!」


「セシリア……」


「聖女を辞めさせられても! 重たい処罰を受けることになったとしても! 私はユリスを救いたいんです……どっちかのユリスではなくて、どっちのユリスも救いたいんですっ! また……前みたいに、一緒にご飯を食べたいんです……何も考えることなく、憂いなく……また、幸せな時間を過ごしたいんです……」


 お願いします、お願いします……そう、叫び終わったセシリアは、呪われた亡者のように、ユリスの胸の内で言葉を連ねる。


 愛しい存在が、こうして赤子のように泣きわめいている。

 抱きしめてやりたくても、その手を動かすことはきっと間違っているからと、空いた手が宙に浮いてしまう。


 どう、選択すればいいのか……ユリスは、セシリアの悲しそうな顔を見て迫られてしまう。


「……魔族になるには、魔核が必要。それは、私のをあげる」


 アイラが腕に指を突っ込む。

 肉が切れる音、柔らかいものにめり込むような音……最後に、「パキッ」という割れる音が聞こえた。


「もし、ユリスが望むなら……これを体に埋め込めばいい」


 そして、指を抜くと小さな緑色の欠片が姿を現した。


「……ッ!」


 その光景を、ミーシャは下唇を噛み締めながら見守っていた。

 魔族に堕とすという行為を許容したくない自分と、セシリアの悲痛な叫びを聞いて泣き止んでほしいと思う自分。


 その葛藤のせめぎあいが、ミーシャの足を動かさない。


 ────全ては、ユリスの判断に任せられる。


 この……一人の少年のために起こされた物語は、少年の答えによって────


「俺は……」


 幕を下ろされる。

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