美徳VS大罪③

 嫉妬インヴィディアでミーシャを模倣トレースしてからは戦闘は大きく変わった。


「…………」


「…………」


 両者が無言のまま拳を交わしていく。

 激しい打撃音と鈍い衝撃音が響き渡るが、どうにも音が遅れて聞こえてくるように感じる。

 それは一重に、両者の動きが目で追い切れないからだろう。


(ただ、まぁ……追いきれたとしても他の魔術が使えないからアドバンテージは向こうにあるんだけど……なっ!)


 嫉妬インヴィディアの魔術は身体能力だけを模倣トレースするわけではない。

 体の構造、ミーシャの攻撃を受けようとも一撃で倒れてしまうようなやわな体ではなく、ミーシャ同様の体質も手に入れることができる。


 だが、そこまで。

 嫉妬インヴィディア模倣トレースしかできない。


「ここまでついてこれたのは君が初めてだ」


 ユリスの蹴りがミーシャの鳩尾に入る。

 しかし、それと同時にミーシャの拳がユリスの顔面を捉えた。


「お褒めに預かり光栄だなっ!」


「いやはや本当に……想定外だよ」


 ミーシャという少女がユリスという少年の前に立った時、拳を交えることになるだろうとは予想した。

 揺るぎない目。意志を強く持った表情────あぁ、そうだ。私が救わなければならないのだ、と。


 だが、それは一方的な力を持って救う話。

 己の聖人としての体質と己の魔術を持ってすれば、圧倒的に救えるのだろうと、そう思っていた。


 しかし、蓋を開けてみればどうだ? 目の前の少年を、まだ救えずにいる。

 聖人としての力が、一行に通じていない。


(これも彼の魔術────凄まじい。しかし、それ故の代償となれば、救わなければならないっ!)


 ミーシャに、新たな気合いが入る。

 全力、全身全霊を持って────ユリスを倒さなければならない。


 これほどまでの力であれば、容易に代償の大きさが想像できるからだ。


 想いは拳へ。

 そして、少しばかりの焦りは表情に浮かぶ。


 それを見てユリスは────


「そんなに救いたいって思うんなら、素直に俺の邪魔をするなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 めいいっぱい力を込めた頭突きが、ミーシャの頭を揺さぶる。


「ぐっ……!」


「俺の大罪は、救われてほしいと思ってるわけじゃねぇ!!!」


 何度も何度も。

 ミーシャの頭を鷲掴みにしながら、訴えるように頭をぶつける。


「セシリアも、アナも、師匠も、ミカエラも、お前もっ! 救いたいと思う気持ちがお前らだけにあるなんて勘違いしてんじゃねぇよ! 俺だって、お前達を救っていきたいって思ってんだ!」


「それだと君が……!」


「分かってるよんなもんっ! それでもの問答の話だろうが!!!」


 ミーシャがユリスの顎に蹴りを放って距離を置く。

 その間に、ユリスは一時的に嫉妬インヴィディアを解除。互いに一息を置いた。


嫉妬インヴィディアだけじゃ決定打に欠ける……だから――――)


(あまり魔術を大っぴらにしたくはないが……できるだけ早々にカタをつける! 故に――――)


 二人の視線が交差する。

 そして—―――


「強欲の魔獣――――その権能は、全てを守るための増殖。及び、嫉妬インヴィディアを行使」


「差し伸べる手を増やし、あまねくすべての者に救いを—―――救恤リベラティタス


 ユリスは己の体を二人に増やす。

 更に、己と分身体に嫉妬インヴィディアを行使してミーシャの体を模倣トレースした。


 方やミーシャは地面に魔法陣を生み出すと、その中に手を伸ばし、おもむろに手を引き出した。

 そこから現れたのは、先端がいくつも枝分かれしている純白の槍であった。


(武器……?)


(増えた……?)


 両者、怪訝そうな顔を見せる。

 が、それも一瞬のこと。すぐさま両者は互いに向かって走りだす。


(こっちの精神力が尽きる前にケリをつける……!)


(ユリスくんの体の負担が大きくなる前に倒す……!)


 ユリスは分身体と一緒にミーシャの体を挟むように距離を詰めていく。

 それを見たミーシャは槍の矛先を本体のユリスに向かって振るう。


 リーチの範囲内に入ったわけではない。

 それでも、ミーシャは槍を振るった。


 その瞬間、いくつも分かれた矛先の先端がユリスと分身体に向かって伸びていく。


「ちぃっ!?」


 分身体が思わず舌打ちをしてしまう。

 横に体を捻って回避するが、槍の先端は器用にうねり分身体を狙うように追従していく。


 そして、ユリスも同じように伸びてくる槍を回避しながら距離を詰めようとするが、今度はミーシャ自身までもが距離を詰め槍の本体ごとユリスの胴体を狙っていった。


「気持ち悪いな、その槍っ!」


「そう言うな! これを見せるのは君が初めてだぞ!」


 伸びる槍の先端はどれだけミーシャが振るおうとも軌道を変えることはなく、まるでもう一体の生物が狙っているかのよう。

 分身体を増やしたはずなのに、自分が二対一の一になってしまうとは思わなかったユリス。


 脳裏にもう一体増やそうかという疑問が浮かび上がるが、その隙が全くないため回避に専念する。


「私の救恤は、全てに手を伸ばす! どこか君と同じに思えるよ!」


 分身体が槍の先端から逃れつつも、援護をするためミーシャに向かって距離を詰める。

 すると、もう一つの先端が再び伸び始め、分身体の行く手を阻んだ。


(これじゃあ、本体を援護することもできねぇ!?)


(なんつう、ばけもんだ……この聖人!)


 優位に立ち、畳みかけようとしても結果は変わらない。

 そのことに、悪態をつくユリス達。


(もう一人、いれば幾分かマシになるが……この状況じゃ――――)


 その時—―――


「手……貸そうか?」


 不意に、そんな声がこの場に響き渡る。

 両者の動きが止まり、視線がその声のする方向に自然と向けられてしまう。


 そして、そこにいたのは—―――


「アイラ……っ!?」


「……うん、来たよ」


 どこか人間らしい服装をした――――魔族の姫。

 さらに――――


「ふむ……私の妹がここに来るというのは、どういうことだ?」


 ミーシャと同じ、修道服を着た少女であった。


「ユ、ユリス……っ!」



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