これから
「……とりあえず、学園に着く前にセシリアに言っておかなくてはならない事がある」
車窓から覗く景色が随分と見慣れたものばかりになり始めた頃、ユリスは真剣な眼差しでセシリアの顔を見据える。
「どうかしたんですか、ユリス?」
「あぁ……今から俺が言う事は絶対に守って欲しい。要らぬ火種を生み出さない為に……」
その言葉に、セシリアは首を後ろに向けてコクリ、と縦に振った。
首を後ろに向けた理由は単純にユリスの顔が後ろにあるからで、セシリアは現在ユリスの膝の上に座っている。
とりあえず、二人がけの席に三人はキツいというユリスの主張を考慮したからではあるのだが────嬉々としてこの状況を提案したセシリア。
思わず苦笑いしたアナスタシアとユリスだったが、その話は割愛させていただこう。
そして、ユリスはセシリアに向かって言い放った。
「とりあえず、俺達が婚約した話は学園ではしない事!」
「なっ!?」
セシリアの瞳が思い切り見開かれる。
「ど、どどどどどどどうして言ってはいけないんですか!? いいではありませんか! 私、ユリスと結婚を前提にお付き合いした事を言いたいです!」
セシリアがユリスの首根っこを掴みながら涙目で訴える。
どうしてここまで必死になっているのか? それは、今の今までセシリアの脳内には『ユリスと堂々と学園でイチャイチャできる』という事しか浮かんでいなかったからだ。
もっとも、これまでの学園生活でもユリスにベタベタだったセシリアに「これ以上イチャつく事などあるのか?」と思ってしまうだろうが、セシリアの中では別問題。
────セシリアは今まで見てきたのだ。
そういう関係になった若い生徒が学園で仲良くしている様を。
その姿に破廉恥と思いつつも、憧れも抱いてしまったのが本音。
故に、想い人と結ばれたセシリアにとっては、その憧れを叶えるチャンスだったのだ。
……まぁ、単純に何処でもユリスとそういう事をしたいという理由もあるのだが。
「……くっ! この瞳が俺には辛い!」
そんな涙目で「いやいや」と言っているセシリアの顔にユリスは負い目を感じてしまう。
「アナスタシアさん、パスでお願いします! 俺にはこの瞳を向けられながら説き伏せる事なんてできましぇん!」
「…………はぁ。あなた、セシリアには過度に甘いわよね」
ユリスがセシリアの姿に両手を上げてアナスタシアにパスを回した。
情けないな、と思いつつも仕方なくため息をつきながら、アナスタシアはセシリアに向かって口を開いた。
「セシリア、これにはちゃんと訳があるの」
「訳……ですか?」
「そうよ、私達だって何の理由もなくそう言っている訳ではないの。もちろん、私だってユリスと婚約した事は早いうちに発表しておきたいわ」
アナスタシアもセシリアと同じ気持ち。
ユリスと堂々とスキンシップを謀りたいという気持ちもあるが、別には『縁談話』を早々に避けたいと思っているからだ。
アナスタシアは現在表向きは誰とも婚約をしていない状況。
ミラー公爵家の血筋がアナスタシアしか残っていない以上、磐石ではない状況を見てチャンスと思った貴族がアナスタシアの身を狙ってくるだろう。
だからこそ、早いうちにユリスとの婚約を発表し、そういった話を来ないようにしたかったのだ。
ただ────
「これは国王様からの命令なの。私達の婚約は学園に通う間は発表するなってね」
「私は聖女でこの国の人間ではありませんから、従わなくてもいいですねっ!」
「それに、教皇様からも同じ事を言われたわ。これが婚約を認める条件だとも」
「そ、そんなっ!?」
セシリアがあからさまにショックを受けた。
ユリスの方に顔を向け、そのままユリスの胸に己の顔を埋めてしまう。
「多分、国王も気を遣ってくれてるんだと思うぞ? ここで大っぴらに俺と聖女、公爵令嬢と婚約しましたって言えば、間違いなく周囲は荒れるし今まで通りは過ごせなくなると思うからな」
そんなセシリア慰めるように、ユリスはセシリアの頭を撫でる。
「セシリアが想像している事だけど……人目さえ考えれば、別にしてもいいと思うわよ? 流石に堂々とはできないけど……」
「ほ、本当ですかっ!」
「え、えぇ…………おかしいわね、この子ってこんなにグイグイいく子だったかしら?」
「前からずっとこうだっただろ? ただ、俺に対する愛情に歯止めが効かなくなったってだけで……」
「余計にダメじゃない……」
「全く……モテる男は辛いぜっ」
フッ、と髪を掻き分けるユリスを見て、アナスタシアは何故か腹が立った。
だが、自分も「そんな相手を愛してしまった人間」なのだと自覚してしまうと、少しため息が出てしまう。
「はぁ……話を戻すけど、私達としても落ち着いた状況っていうのは必要なのよ。これから考えなきゃいけない事もある訳だしね」
「考えなきゃいけない事……ですか?」
「そうね、例えば────ユリスが英雄様をどうするか、ってところね」
「……あのー、一応向こうで俺の意思を伝えて許可をもらったと思うんですけど?」
「その話は聞いて私達も納得しているからいいわよ。もっと考える部分があるじゃない」
「…………うーっす」
ユリスはアナスタシアの言葉に不貞腐れた様子で首を縦に振った。
ユリス自身、ちゃんと理解しているところがあるからだ。
「あとはそうね────」
「俺がアナに欲情できるかも問題だな。後継問題は貴族としては第一に考えなければならない事で、子孫を残すという行為は貴族の義務だ。だがしかし、俺がアナの貧相な未開拓地に色欲が反応するとは考えにくい為、そこが懸念材料であり俺のこめかみが強く握られてミシミシと音を立てている現状が何よりも問題でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
馬車の中でユリスの悲鳴が響き渡る。
身体強化の魔法を使ったアナスタシアの右腕は綺麗にユリスのこめかみを捉え、ユリスの頭蓋から聞こえてはいけないような音を奏でていた。
「あなたは婚約者に対してのデリカシーは何処に行ったのかしら? この馬車移動の間に落としてきちゃった? ならさっさと拾ってきなさい」
「その前に俺のこめかみから手をぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
ユリスは聞こえてはいけない音を耳で拾いながら涙を浮かべた。
「そ、そうですよね……こ、これから私もユリスと……っ!」
そんな中、一人顔を真っ赤に染め上げて何かを想像していた人物がいるのだが……残念な事に、ユリスはそれどころではなかった。
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※作者からのコメント
近況ノートに書籍化の情報を載せているので、よろしければそちらも見ていただけたら!
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