攻められるユリス

 あれから一ヶ月が経った。

 アナスタシアの体調が万全に戻り、学園を卒業するまでの間に領地運営を任す伯爵に事後を任せ、家族に手紙を送ってユリスは学園へと戻る事になった。


「…………」


 揺られる馬車の中。

 学園に向かう旅路の間、整備されていない道をユリス達を乗せた馬車は走る。


「…………」


 ────さてここで、ユリス・アンダーブルクという少年について、今一度説明しておこう。

 歳は十五。成人したてのユリスはアンダーブルク子爵家の嫡男であり、現在他国で起こった魔族事件を救った英雄として、この度爵位を賜わる事になった。


 若くして貴族の当主となったユリスには、人とは違う『魔術』という力を身に纏い、数多くの者を救ってきた。

 その魔術のベースは人が抱く業────『大罪』であり、七つの罪によって、ユリスの魔術は形成されている。


 傲慢スペルディア

 強欲アヴァリティア

 嫉妬インヴィディア

 憤怒イラ

 色欲ルクスリア

 暴食グラ

 怠惰アケディア


 そして、その罪に惹かれやすくなるのも、ユリスの魔術の特徴である。


 例えば色欲ルクスリア

 色欲とは、性的思考を増長したが故の大罪であり、人間の性的欲求を示すもの。

 その大罪に惹かれてしまうユリスは、過去に何度もその欲を満たす事だけに娼館へと足を運んでいた。


 その時に培われたテクニックは同世代随一。

 女心もベッドの上も、全てユリスは一通り経験を収め、熟知している。


 ────なのだが、


「ユリス? どうしてこっちを向いてくれないのかしら?」


「ユリス! こっちを向いてください!」


 ユリスは、困っていた。

 馬車の座席の両端にある座椅子。そこの真ん中に座っているユリスの両端には、可憐な少女が側にいた。


 一人は、珍しいプラチナブロンドの髪をした小柄な少女。

 愛嬌ある顔立ちは小動物を連想させ、琥珀色の双眸が自然と瞳を奪わせる。

 もう一人は、紅蓮のように燃える赤髪に綺麗な顔立ちの少女。

 少し吊り上がった目には赤と薄桃のオッドアイが眠っており、きめ細かな肌とスタイルのいい体は男を刺激する。


 ────そんな二人の少女は現在、ユリスの両腕を抱えていた。

 大きさこそ違えど、両腕には確かに感じる柔らかい感触。それに加え、眼前に迫った美少女の顔がユリスを逃がさないとしている。


「……あのですね、お二人さん? どうして俺の腕に抱きついている訳? 加えて言うけど、ここ二人がけの席だから。三人はきついから」


 ……ユリスは困っていた。

 原因は端的に言うと────隣に座る美少女のスキンシップに対してだ。


「あら? 好きな人に対してのスキンシップはダメだと言うの?」


「いや、そうではないんだが……」


「では問題ありませんよね? 私達がこうしていても、何の問題もありませんよね?」


 頬を引き攣らせるユリスを見て、二人は一気にユリスへと密着する。

 アナスタシアの柔肌が、セシリアの程よい胸が同時にユリスに襲いかかった。


 正に両手に花。

 独身男性からすれば嫉妬の対象になってしまうだろう。

 だが────


「俺としても、この状況は嫌いではない。むしろバッチコイなんだけど……何これ、すっごい気分が重たい」


 ユリスは、完全に二人に押されてしまっている。

 まさか、ユリスは二人がここまでグイグイくるとは思っていなかったのだ。


 娼館に通っていた時のお姉さんとは違う、別の意味での肌の重ね合い。

 娼館では色欲を満たす為だけにある場所で、そこに愛情はなかったのだが今は違う。


 ────愛情しかない。

 だからこそ、互いの気持ちの準備もないままその行為をする事は憚られてしまう。

 それに加え、今は馬車の中だ。

 御者の人間もいるし、場所も野外で適切な場所とは思えない。


 にも関わらず、二人はこれほどまでのスキンシップを見せている。

 それに耐えなければいけないユリスは現在生殺し────それと、二人の多大な愛情にどう対処すればいいのか分からなく、辟易としているのだ。


「……ユリス」


「な、なんだセシリ────んぐっ!?」


 ユリスが名前を呼ばれ、セシリアの方に少し顔を向けた瞬間、急に唇が塞がれてしまう。

 突然の事態に驚くユリス。目の前には、愛くるしい少女の顔がこれでもかと近くにあった。


「さ、流石にそれはできないわね……」


 アナスタシアがセシリアの行動に頬を引き攣らせた。

 ……愛情勝負というものがあれば、セシリアが一本を先取した形になったのかもしれない。


「……ユリスがさっきからこっちを見てくれなかったからです」


 そう言って、頬を朱に染めて顔を逸らすセシリア。

 以前まではキスや好きという言葉だけで恥ずかしがっていた少女だったが、想いを確かめあってからの急激な成長が顕著に伺える。


 嬉しくない訳がないが……流石にこれは凄い成長だと、ユリスは涙を零しそうになる。


「……アナさんはここまでしないっすよね?」


「……時と場所を変えたら、するかもしれないわ」


 アナスタシアも顔を逸らし、その頬を染める。

 その表情に嫉妬こそなかったものの、目の前で見せられたキスによって羞恥が芽生えてしまったようだ。


「なぁ、セシリアさんやい……? 君、こんな事して恥ずかしくないの?」


「……次からは控えます」


 どうやら、一瞬の気持ちの昂りからの行動だったらしい。

 ムキになるのはいいが、膝を抱えて羞恥に悶えるぐらいならやめて欲しいと、ユリスは切実に思った。




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜~〜〜〜〜~〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ※作者からのコメント


 新年、あけましておめでとうございます。

 楓原こうたです。


 第四章に突入した中、ついにおまたせ?致しました!

 書籍化が決まった今作ですが、発売日とレーベルを公開します!


 レーベルはモンスター文庫様、発売日は2月26日です!

 詳しくは私のTwitterにてご報告させていただいております。


 書籍発売に伴い、タイトルも『魔法学園の大罪魔術師』に変更になりました。

 同時になろうの方でも投稿を始め、これからは毎週土曜日にカクヨムにて更新していきます!


 新年早々にご報告できた事、お礼申し上げます。

 ここまで書いてこれたのも、一重に読者様のおかげです。


 皆様には最大級の感謝を。

 そして、これからも拙作を何卒よろしくお願いいたします!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る