美徳の聖人と、大罪に対する想い

プロローグ

「……そこを退きなさい、ミラベル」


 紅蓮の髪、深紅のような片目とローズクォーツのような片目。

 そんな少女が、目の前の少女に向かって苛立ちを浮かべたような表情を見せている。


「ど、退かない……」


 それを受けてもなお、その少女は怯みながらも真っすぐと見つめ返す。

 手に小さな風を起こし、靡く艶やかな金髪からは長く尖った耳が覗いている。


「あなたもこちら側につくと思っていたのだけれど……邪魔するなら、力づくでも押し通す」


 腰に携えた細剣を抜いた少女は、苛立ちのあまり感情が昂る。


『(おーけー。君の気持ちは理解した……では、ボクも手伝ってあげよう。その高ぶりは、紛れもない————愛だ)』


 少女の脳内に声が響くと、少女の桃色の目が色を増し始めた。


「ユリスくんはそんな事望んでいないよっ! アナスタシアちゃんは、ユリスくんの気持ちを理解しようとは思わないの!?」


「ユリスの意見なんて関係ない……ユリスが————大好きな人が生きてくれるなら、私はどんな事だってしてみせる。それが例え、ユリスが望んでいない事だとしても」


 そして、赤髪の少女は見据えた先の少女に向かって剣を向ける。

 少女も、手に集めた風を最大限まで集め、目の前の少女に向かって一歩踏み出した。


「私は、最愛の人の為に————あなたを倒すわよ、ミラベル」


「私は……ユリスくんの気持ちを踏みにじらせたりはしないっ!」


 ————互いに友だと思っていた二人は、それぞれの想いを抱いて相対する。



 ♦♦♦



「ほぉ、妾の前に立つか……わっぱ共」


 桃色の髪をサイドに纏めた少女が、忌々しそうに一瞥する。

 少女というには幼すぎる体躯にも関わらず、纏う雰囲気は決して年端のいかぬ少女とは思えない。

 黒いゴスロリのような服装をたなびかせ、少女は腕を組む。


「えぇ……いくらお相手が英雄様であろうとも————ユリス様の為、ここを退く訳にはいきません」


 そして、ミスリルのような銀髪を肩口まで切り揃えた少女は、臆す事なく愛用のロッドを構える。


「ほざけ、あやつの為と思うなら————妾達を止める事などするまいに。所詮、現実を直視できぬ餓鬼の戯言じゃ」


 その少女の言葉を一蹴する。

 口にした言葉が正しいと言うのであれば、今の行動こそ矛盾していると、そう少女は告げる。

 だが————


「はんっ! その行動が正しいかどうかは本人が決める事だろ! ユリスはそれを望んじゃいねぇ————それだけで、俺達が立ちはだかるには十分だぜ!」


 その言葉をも、一蹴する。

 大きな大剣を構え、制服越しにでも分かる屈強な体をした少年が、隣に立つ少女の様に臆さず言い放つ。


「まぁよい……理解しろとは言わん。じゃが、妾はあやつを————我が弟子に生きて欲しい。その為なら、我が生徒や王女とて容赦はせんぞ」


 桃色の髪をした少女は、虚空から無数の黒い槍を生み出した。

 それが、合図————


「妾に勝てると思うなよ————このわっぱ共」


「ユリスが望んでんだ! それを邪魔されてたまるか!」


「えぇ……ユリス様の為————ここから先に行かせる訳には参りませんっ」


 そして、何処かの場所で、三人は衝突する。



 ♦♦♦



「……驚いた。まさか私がユリスの為に動くなんて」


 そう言って、悠々とした表情で銀髪を腰まで下ろした少女が前に立つ。

 少し露出の多い黒い服装からはきめ細かな白い肌が露わになっており、誰もが目を奪われるような肢体が目立つ。

 少しだけ尖った耳がヒクヒクと動く。その耳は、人間のそれとはまったく違うように見えた。


「……でしたら、そこを退いていただけませんか?」


「無理。だって、お願いされたから……それに、もう一回ユリスと戦いたい。負け終わりは、いや」


 一蹴する少女に対し、金が薄く溶けたような珍しい髪をした少女が顔を歪める。

 その服装は立つ場所にとは見合う学生服ではなく、金の装飾が目立つ修道服。

 愛らしい顔立ちは、いつになく真剣なものであった。


「もういいよ~! さっさと殺ってしまおうよ~! お姉ちゃん、ちょ~っと怒ってるんだぁ……あなたに対しても、ユリスくんに対しても♪」


 そして、今度はトパーズのような髪を靡かせる少女が、柔和な笑みを浮かべてメイスを肩に担ぐ。

 隣に立つ少女と同じ服装をしているのにも関わらず、その姿からは聖職者のような雰囲気は感じられない。


「怒っているのはいいけど……あなた、死ぬよ? 手加減なんかできないし……マドラセルに負けるような人間が、まともに相手できるとは思えないし」


「あはっ! あの時の私と思わない事だね~♪ 人は成長する————それに、今回はセシリアちゃんがいる事だしね~! 私に対して驕っていいのは、ユリスくんたけなんだからぁ~」


「…………」


 挑発的な笑みを浮かべる水髪の少女。

 それに対して、隣に立つ小柄な少女は無言を貫いていた。


「ミーシャお姉ちゃんの元に早く行きましょう……ミカエラお姉ちゃん」


「うんうん、早く加勢してに頑張ってもらわないといけないからね~♪」


 そして————


「まぁ、せっかくだし————楽しませてよ、人間」


「あはっ! 覚悟しろやクソ魔族~♪」


「…………」


 魔族と聖女が、その力を振るう。



 ♦♦♦



「……妹の折角のお願いを聞いてあげようと思っていたのだが、こんなにも憐れな人間を救おうとしているとは」


「うるせぇ……例えどんな理由があったとしても、この力で多くの人間を救えるんだ」


 全ての衝突の裏で。


「その行いは美徳とは程遠い————欲に塗れた、手を差し伸べたくなくなるほどの咎人に見える。生きたいと、そうは思わないのかい?」


「生きたいさ……でも俺は強欲なんだ。その欲を捨ててまで生きたいとは思わない」


 一人の少年と、一人の少女が。


「生きてこそ価値がある。死を受けてまで手にするのは、間違っている」


「……自分の行いこそが正義だと考えるなんて————それは強欲じゃないか? 間違ってるか間違ってないかは……俺が歩いた道にこそ答えがあるのだから」


 大罪と美徳が。


「皆の気持ちは嬉しいが、俺には俺の守りたい人がいる————そこを、今更捨てる訳にはいかねぇんだよ」


「その考えが私には理解できない————故に、力づくで」


 拳を交える。






 全ての人間は、一人の少年の為に。

 それぞれの登場人物は、一人の少年に救いの手を差し伸べる為に。

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