無事だと分かれば
「アナ、大丈夫かい?」
「何処か痛むところはないの?」
アナスタシアが意識を取り戻したと聞いて、彼女の部屋に訪れたロイド達。
ベッドから体を起こしたままのアナスタシアは、そんな二人の心配そうな顔を見て少しだけ困った顔をする。
「えぇ、私は大丈夫よ。優秀な聖女様がいてくれたおかげでね」
チラりと、アナスタシアは二人の後ろに控えるセシリアを見やる。
「流石セシリアだなぁ! やっぱり、聖女……いや、セシリアの力はすげぇよ! 思わず嫉妬しちまう!」
「えへへっ!」
心配するロイド達とは違い、褒めちぎるユリスと嬉しそうにはにかむセシリア。
頭を撫でられ、セシリアは大層ご満悦である。
(……なによ、ちょっとぐらい心配してくれていいじゃない)
セシリアは心配してくれた。自分の両親もこんな風に声をかけてくれるにも関わらず、ユリスだけが心配してくれない。
その事が、不思議と不満に感じた。今まではこんな感情を抱かなかったはずなのに。
その事に、アナスタシアは気づかない。
「改めて、娘を治療していただきありがとうございます聖女様。公爵としてではなく、一人の親として御礼申し上げます」
アナスタシアの無事を確認したロイドはご満悦のセシリアに向かって頭を下げ、マリアもそれに続く。
「い、いえっ! 聖女として当然の事をしただけですし! そ、その……アナスタシアさんは、私の……お、お友達ですし……」
頭を下げられた事に驚くセシリア。
友達という単語を恥ずかしがっているのは、きっと今まで友達があまりいなかったからだろう。
「すまねぇな、アナ。初っ端から護衛、失敗しちまった」
その間、ユリスはアナスタシアに近づき軽く頭を下げた。
ようやくか、と思いつつも、アナスタシアは気にしないでと首を振る。
「仕方ないわ。生きていただけでも文句はないもの」
「……すまねぇな」
ユリスはチラりとアナスタシアの指を見る。
セシリアですら治せなかった痣。もしかして、自分と同じようなものなのでは? と、痣に包まれた腕を擦りながら思う。
「このお礼は何をあげたらいいだろうか? 私にできる事なら、なんでもしよう」
「で、でしたら! ユリスの昔のお写真を────」
「よかろう。私のコレクションからプレミア級の写真を贈呈しようじゃないか。入浴中から、おねしょした時まで────幅広く保存してある」
「では、寝ている時のお写真もありますか!?」
「もちろん、ここに遊びに来た時には毎回撮っているからね」
「ありがとうございますっ!」
「待て待て待て。どうしてロイドさんがそんな俺の写真を持っている?」
何やら変な方向に話が進んでいたところを、ユリスの耳は逃さない。
すぐ様アナスタシアの元から離れ、元凶の元へと向かってしまった。
「…………」
その事に、少しばかり胸に痛みを覚えてしまうアナスタシア。
もはや、アナスタシアにはどうして? という疑問すら湧かなくなってしまった。
「それで、どうしてアナちゃんは帰ってきたの? まだ、入学してそんなに時間は経っていないでしょう?」
「えぇ……そうね」
マリアの言葉にアナスタシアは当初の目的を思い出す。
予期せぬ出来事が続いてしまい、無意識に頭の隅へと追いやられていたのだ。
だけど、アナスタシアは思い出した事によって本題に入ろうと体を起こす。
「私が帰ってきた理由は────」
そして、父親の前まで近づくと、満面の笑みで微笑んだ。
「お父様を殴る事です♪」
「怖いっ! 久しぶりに向けられた娘の笑みと言葉が怖い!」
物騒な事を、それはもう見蕩れる程の笑みで言うものだから、ロイドは思わず後ろへ後ずさってしまう。
「ほ、本気じゃないよねアナ! 流石に、久しぶりに帰ってきた我が子が父親に対してそんな────」
「ユリス、押さえなさい」
「がってん」
「まさかの本気っ!?」
その所業と、拳をボキボキと鳴らすアナスタシアを見て、ロイドは二人の本気がこれでもかと伝わってきた。
「待て! 話し合おう娘よ! 私は生まれてこの方、アナを大事に思ってきたんだ」
「生まれた時は、私はいなかったと思うけど?」
「まさかの正論!?」
確かに、ロイドが産まれた時はアナスタシアは産まれていないので、アナスタシアのツッコミは正しい。
「まぁまぁ、アナちゃん。流石に、何も言わないで殴るのはよくないと思うのよ」
「分かったわ……」
マリアが宥めると、アナスタシアはゆっくりと拳を下ろす。
それを見て、ロイドは深く安堵の息を漏らした。
「つまり、話した後は殴ってもいいって事だよな?」
「なんて事を言うんだユリスくん!?」
逆説的に考えれば、その通りである。
♦♦♦
「それは殴ってもいいと思うわアナちゃん」
「マリアまで私の味方をしなくなってしまったのか……」
ついに愛する人からも裏切られたロイド。
「え、えーっと……暴力はいけませんよ? 何事も、平和的解決が────ふにゃぁ……」
その姿を見てオロオロとしながらも穏便に解決しようとするセシリアだが、ユリスが頭を撫でる事によって最後の砦が消えてしまう。
「だから言ったではありませんか。ちゃんと候補者を選ぶ時は一度会ってからにした方がよいと……」
「し、しかしだな……顔を合わせるだけで色々と都合をつけなくてはならんし、こういうのは私ではなくお互いが会った方がいいと思ってだな!」
アナスタシアが婚約者候補とお茶会をした話を聞いたロイド達。
どうやら、マリアは完全にアナスタシアの味方をしてしまったようだ。
「それが、出会い頭に女性のお尻を触るような輩でもですか……?」
「いや、それは……すみません」
流石に、城内でクズと評判だったザガル第二王子の話を聞けば、ロイドも素直に謝ってしまう。
まさか、そんな奴だとは思わなかったのだ。
だが、自分が一人の候補として挙げていたユグノー公爵のご子息も、王女を襲ったとして追放されている。
立て続けにこうも人選を大いに間違えてしまった事に、ロイドは深く罪悪感が芽生えた。
「けど、私にこうして選択する権利をくれたお父様には感謝してるの……だから、今回の件は責めない。その代わり、婚約者候補の見直しをお願いしたいの。今回は、その件を伝えたくて帰ってきたわ」
「そうか……」
ロイドはアナスタシアの言葉を重く受け止める。
そうは言っても、現在声をかけた貴族含めの婚約者候補は多い。その全てを見直せとなれば、かなりの時間を費やしてしまうし、声をかけた貴族達に再び断りの筆を書かなければならない。
だが────
「よし、分かった! 今からアナの婚約者候補を全て見直してやる! そして、今度からは私自らが見定めてから決めようじゃないか!」
そんな強い意気込みと共に、ロイドは立ち上がった。
その姿に笑みを浮かべるマリア。そして、頭を下げるアナスタシア。
ユリスとセシリアは「お家事情」には首を突っ込むまいと、頭を撫でられ撫でながら傍観者に徹していた。
「旦那様、失礼致します」
そんな時、一人のメイドがロイド達集まる部屋部屋へとやって来る。
「……どうした?」
決意の顔が消え、少しばかりしかめっ面になってしまうロイド。
だが、メイドは臆すことなく頭を下げながら口にする。
「ご客人です。フェレッティ公爵家ご子息、リチャード・フェレッティ様がお見えになりました」
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