ユリスの来客

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「ユリス・アンダーブルク、セシリア・アメジスタ……お前ら、ちょっと来い」


 翌日。これから実技授業が始まるという時、唐突に教室にいるユリスとセシリアをカエサルが呼んだ。


「……あなた、何をしたのよ?」


「俺がやらかした前提で話すのやめてくれない?」


 準備をしているアナスタシアがジト目でユリスを見る。

 偏見も甚だしいと、ユリスは婚約者に対して同じくジト目で返した。


「ユリスくん、私も一緒に謝ってあげようか?」


「大丈夫だぜ、ユリス! 男はやらかして怒られてなんぼだ!」


「私、ユリス様が落ち込んでいてもちゃんと側にいますからね」


「お前らも大概だなこんちくしょう」


 俺をなんだと思ってやがる。そんな言葉がフツフツと湧き上がる。

 しかし、普段の行動を鑑みれば確かに偏見で話しても仕方ないのかもしれない。


「俺がやらかしたんならセシリアが呼ばれるわけないだろ? 考えろ、セシリアはいい子だぞ?」


「そ、そんな……いい子だなんて」


 ユリスの横にいるセシリアが嬉しそうにはにかむ。その表情には赤い色が写っており、あからさまな照れを見せつけられ、ティナとミラベルに不機嫌要素を与えてしまった。


「やらかす前提で話をするんじゃなくて、俺を褒める方向で予想してくれ。そして、もっと俺を甘やかしてくれ!」


「いいから行きなさい、あまり教師を待たせないように」


「……アナが冷たい」


 アナスタシアのぞんざいな態度に少しだけ涙を浮かばせながら、ユリスは仕方なくカエサルの下へと歩き出す。

 ユリスの後ろを、セシリアがペットのようにトテトテと可愛らしくついていった。


「ユリスくん達、なんで呼び出されたんだろうね?」


「さぁな? もしかしなくても、本当に何かやらかしたのかもしれねぇぜ? というか、それぐらいしか思いつかん!」


「ふふっ、ユリス様も今では国に影響を与えてしまうお方です。きっと、そういった面でなにかあるのでしょう」


 ユリスとセシリアがいなくなり、その場に残った三人がそれぞれ思いの内を談笑変える。

 三人の表情には明るさと笑みがあり、本当に「何かをやらかした」とは考えていないのに見える。


 それは、きっとユリスのことをからなのだろう。

 それに対し────


「ふふっ、ついに始まるのね」


 アナスタシアだけは、獰猛な笑みを浮かべていた。


 ♦♦♦


 カエサルに連れられ、ユリス達は学園内を歩いていく。

 ある程度入学してから時間が経ち、学園生活にも慣れてきていたユリス達であったが、今歩いている場所は見かけたことのない場所。


 別に誘拐されそうな場所に連れていかれそうになっているわけではなく、単に足を運ばない場所であるから見たことのないというだけである。


「……ユリス、お前は本当に色々と規格外の存在だよ」


 案内しているカエサルが、ユリス顔を見ずにそう口にする。


「褒めてます?」


「褒めてる……いや、どうだか分からん。何せ、今の俺は驚いているだけだからな」


「すんません、何を言っているのかがいまいち理解ができないっす」


 驚いているから出てきたような言葉には聞こえない。

 故に、ユリスの頭に疑問符が浮かぶ。


「まぁ、それは今から行けば分かる。お前達を呼んだのは、単に『来客』が来ているだけだからな」


「ッ!?」


 来客、その言葉にセシリアの肩が跳ねる。

 それが余計にユリスの頭に疑問符を浮かばせるが、カエサルは立ち止まり正面にある部屋の扉を指さした。


「ここにお前達の客人が待っている。俺はここで授業に戻るが、お前達は戻らなくていい」


「それは大丈夫なんですか?」


「あぁ、ということだ。お前達は、授業なんか気にせず相手のことだけを考えればいい」


 どこか深みのあるような言い方。

 なおさら、という訳ではないが、この先に誰がいるのか恐ろしく感じてしまったユリスであった。


 そんなユリスの心境など気にせずに、カエサルは役目を終えたと言わんばかりにその場から立ち去ってしまった。


「誰が来てるんだよ、本当に……なぁ、セシリア?」


「そ、そうですね……!」


「……何か知ってない?」


「……知りません」


 セシリアの反応が怪しい。何か知っていそうな気がする。

 そんな思いを抱いてしまうが、ユリスは肩を竦めて目の前にある扉を開けた。

 不遜に、畏まる様子もなく、疑問はあるものの傲慢の名に恥じないように堂々と足を踏み入れる。


 そして、茶色い絨毯が敷かれた部屋が露わになり、視界には大きなソファーが二つと、挟むように置かれたテーブル、そして────


「ユ・リ・ス・く〜ん♪」


 ユリスの反応が追いつかないぐらいのスピードで迫ってくる少女の姿が映った。


「どべふっ!?」


 鳩尾に謎の痛み。変な声が開始早々口から漏れてしまった。

 鳩尾をさすろうとするも、ユリスの腹部には見慣れた修道服を着た水色の髪の少女が抱きついていたため、それができなかった。


「お、お前は……」


「は〜い! ミカエラお姉ちゃんで〜す♪」


 久しぶりに見る顔。確か、ザガル国で出会った少女じゃないかと、ユリスの記憶がそう訴える。


「ミカエラお姉ちゃん! ユリスから離れてくださいっ!」


「お姉ちゃん特権使ってもいい〜?」


「絶対にダメですっ! そこは私の特等席なんです!」


 隣にいるセシリアがミカエラの修道服を引っ張り、引き剥がそうとする。

 しかし、ミカエラは『武』に特化した聖女。か弱い女の子であるセシリアの力ではどうにもなるわけもなく……引き剥がせないまま、セシリアが徐々に涙目になっていった。


 そんな時────


「やめてやれ、ミカエラ。そいつはセシリアのお気に入りなのだから」


 部屋の真ん中から、別の声が聞こえた。

 艶やかな黒髪、微笑ましそうに見つめる碧眼、凛々しさを醸し出す顔立ち、そして、ミカエラと同じ修道服。

 そんな少女がソファーに腰掛け、足を組んで不遜な態度を見せていた。


「私もお気に入りだよ、ミーシャちゃん〜!」


「私もお気に入り────というか、私のユリスなんですっ!」


「ほら、こう言っているだろう? セシリアより年上のお前だ、もう少しに対応したらどうだ?」


「……分かったよぅ」


 少女に諭され、ミカエラは仕方なく頬を膨らませながらユリスの体から離れた。

 その瞬間、セシリアが自分の物だと主張する子供のようにユリスに抱きついた。


 はれ、俺には婚約者が三人いるんだがなぁ、と苦笑いを浮かべつつも、ユリスは同時に疑問に思った。


(……誰だ、こいつ?)


 ミカエラ、そしてセシリアのよく着ていた修道服と同じ物を着ており、聖女であるミカエラと親しく話している。

 聖女に対して随分の口が聞けるとなれば、そこから導き出せることは一つ────


「すまないな、うちのが失礼した」


「……まぁ、それは気にしてない」


「ふふっ、そうか」


 少女は面白そうに笑う。

 ミカエラとセシリアとは違い、どこか大人びて見えるが、があると、ユリスは警戒心を強めた。


「では、初めましてだ。だからこそ、名乗ろう────」


 それでも、少女は態度を崩さない。

 不遜に、足を組んだままユリスに向かって口を開いた。



「三大聖女が一人────ミーシャ・サルバトーレ。美徳を志す、この子達の姉だ」


 三大聖女全員が、この場に集結する。

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