姉妹のお願いの履行

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 三大聖女という存在は、世界にとっては大きな存在である。

 女神の寵愛を一身に受け、女神と教会の教えを布教すると共に、世界に蔓延る厄災を退治する────誰もが敬愛し、崇拝し、尊敬の念を抱く存在。


 故に、聖女という存在は一人だけでも国に影響を及ぼす。

 いくら仲がよかろうとも、基本的にバランスを取るために同じ国に三人が集まることなど滅多にない。


 しかし────


(三大聖女がごぞって集まる、か……)


 ユリスはソファーに腰掛けながら、セシリアが用意してくれた紅茶を啜る。

 頭に湧いた疑問は拭いきれず、状況を冷静に分析しようと心を落ち着かせていた。


 隣には、ユリスの愛し人であるセシリア。テーブルを挟み、正面に座るのはミカエラと初対面のミーシャ。

 こうして聖女相手が三人といる状況に、きっと他の者であれば萎縮し動揺してしまうだろう。

 多分、カエサルが驚いていたのも『聖女が集まっているから』に違いない。


「それにしても、久しぶりだなセシリア。元気にしていたか?」


「はいっ。ユリスのおかげで元気にやってます!」


「そうかそうか。ミカエラと違って、セシリアは大人しいのでな……上手くやれているか心配だったが、どうやら杞憂だったようで安心した」


「あれ〜? ミーシャちゃん、私は心配してくれないの〜?」


「馬鹿言え、ミカエラはどこに行っても元気だろうが」


「あ、ひっど〜い!」


 ミーシャのぞんざいな扱いに、ミカエラが頬を膨らませて拗ねてしまう。

 その光景を見て、セシリアの顔に笑みが浮かび、ミーシャも微笑ましそうに目を伏せて紅茶を啜る。


 今の光景は三人の仲がいいとこが窺える。

 セシリアから聞いていたものの、いざこうして皆の仲がいいと知ると、警戒していたユリスの心がどこか和やかになっていくのを感じてしまう。


「ユリスくん、だったか? 君には感謝している。セシリアと仲良くしてくれてありがとう」


「別に、俺は仲良くしているつもりはありませんよ。どちらかと言うと───

 ─」


「そうだな、のだったな」


「「ぶふっ!?」」


 ミーシャの言葉に、ちょうど紅茶を啜っていたユリスとセシリアが咳き込んでしまう。


「ミ、ミーシャお姉ちゃん!?」


「ん? 違ったか? 送られてきた手紙を見る限り、そうとしか考えられないのだが……」


「い、いえっ、違うこともないこともないかもしれないといいますか……」


 懐から取り出された手紙を見て、セシリアがしどろもどろになってしまう。

 時折チラチラとユリスの顔色を伺い、その先をどう答えようか迷ってしまっている感じである。

 もちろん、いつも側にいるユリスはセシリアの気持ちに気が付く。


 故に、少しだけ吹き出してしまった紅茶を布巾で拭いながら、小さくため息を吐いて首肯した。


「別に言ってもいいよ、セシリア。お前のお姉ちゃん達にまで黙っていくのもおかしな話だ────」


「私とユリスは婚約を前提にお付き合いしていますっ!」


「はやい、切り替えがはやい」


 そこまで言いたかったのかと、ユリスは苦笑いを隠しきれない。

 すると、ミカエラがその言葉を聞いて立ち上がった。


「あ、ずるーいセシリアちゃん! 私もユリスくんと婚約を前提にお付き合いしたーい!」


「こ、これはお互いが愛し合っているからで……だからお付き合いできたといいますか……」


 ミカエラが子供のように頬を膨らませ、セシリアは羞恥が蘇ってしまったのか、顔を赤くして体をモジモジさせている。

 この状況。誰も国に影響を及ぼす聖女の集まりだとは思うまい。


 話の内容は、世界の話ではなく……ユリスのことなのだから。


「ユリスくん〜! お姉ちゃんと婚約を前提にお付き合いしよ〜!」


「それって頷いたらいけないやつじゃない?」


「……浮気、ですか?」


「待て待て、セシリア。俺は一度も首を縦に振っていない」


 ハイライトの消えた目で見つめてくるセシリア。

 どうして? という疑問しか、ユリスは湧き上がってこない。


「くくっ、本当にお前達は仲がいいな。変に疑っていた私が馬鹿だったよ」


 そんな時、ミーシャが足を組んだままおもしろそうに口元を緩ませた。


「……何を疑っていたと?」


「それはもちろん、ユリスくんとセシリアの仲を、だ。可愛い妹の周りにいる人間関係を心配するのは姉として当然だろう? まぁ、実際問題なにもなかったのだから、私としては問題ない」


 確かに、「いきなり仲のいい人間ができました」と言われて素直に「そうなんだ、おめでとう」と思う人間はそういないだろう。

 その子を大切に思っていれば思っているほど疑り深くなってしまう。

 しかも、セシリアは聖女────その恩恵欲しさに近づいてきたと考えても不思議ではないのだ。


 であれば、実際に見て見定めるまで表面上はともかく疑いの目を向けられるのも仕方がない。

 ユリスもセシリアに「新しいお友達を連れてきました!」と言われてしまえば、実際に見るまで疑いの目を向けていたことだろう。


 というか、相手が男であれば容赦なく見定めてしまう自身が、ユリスにはあった。


「まぁ、久しぶりの再会に喜ぶのはここまでにして────早速、本題に入ろうか」


 ミーシャがその場の空気を変える。

 和やかに包まれていた空気が一瞬にして霧散し、張り詰めた空気のようなものが場を支配する。


(やっぱりだ……)


 その空気に、ユリスは違和感を確たるものにさせる。

 目の前にいる少女、纏う空気が二人のどれとも違う。


 踏み込んでいけないような、踏み込んでしまえば……そんな雰囲気。

 傲慢であろうとするユリスに、自然と警戒心を抱かせる。


 脅威というだけであれば、アイラの方があからさまであった。

 だが、ミーシャに限ってはどれも違う。聖女という皮を被って何かを隠しているようなものを感じてしまう。


「この度、私とミカエラは『姉妹のお願い』を履行するためにここに来た」


「『姉妹のお願い』……?」


「姉妹の約束事みたいなものだ。どうしても手を貸してほしい時に、姉妹の誰かがお願いすれば協力する……そんなニュアンスで受け取ってくれて構わない」


 チラりと、ユリスは横にいるセシリアを見る。

 お願いを出したとなれば、口ぶりからしてセシリアが出したもの。

 この二人を呼んだ理由は一体なんなのか? 自分に相談して解決するようなものではないのか? そんな疑問が湧き上がる。


「…………」


 しかし、セシリアは先程の愛嬌が消え去り、少し俯いてユリスに顔を合わせようとしない。

 それが返って違和感を増長させる。


「今回、我々がお願いされたのは一つ。哀れで、勇敢で、優しくも愚かな少年を救ってほしい……そんなお願いだ」


 ユリスの背中に、嫌な予感が走る。

 だけど、ミーシャはそんなユリス構わず、その先を口にした。


「ユリスくんを蝕む魔術────私達は、それを奪いに来た」

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