訪れる
ザガル国はその国を大きく囲むような大きな砦が有名でもある。
分厚い石をを重ね、見上げないとその先が見えない程の高さを誇り、その頑強さは上級魔法を数十発同時に打ち放ったとしてもびくともしない。
それほどまでに厳重強固。何人たりとの侵入を許さない。
どうしてそこまでの砦を築いているのか?
それは、ザガル国が比較的魔族領に近いからである。
この世界は大きく平面状にその大陸が広がり、人類の宿敵である魔族が西に住まい、人間や共存する亜人が東にそれぞれの国を創り住処にしている。
その西と東の境目。海を挟んだそこにザガル国が位置している。
だからこそ、魔族が侵攻してくるのであれば真っ先に狙われる国であり、最初の防衛線だからこそ、こうした砦が置かれている。
四六時中、砦の上からの警護。他国からの訪問は厳重の検査を行って、交易を図る。
もちろん、海上前の陸地には対魔族用の城塞も築き、常駐の兵士を働かせていつ侵攻してきても対処できるように防衛ラインを張っていた。
だが……だがだ。
「……姫、無事全部隊が上陸いたしました」
「……そう」
その城塞はすでに見る影もない。
狼煙を上げ、残骸を散らばらせ血だまりがそこら中に広がっていた。
見れば残骸以外にも人の……腕や足、胴体や頭までもが散らばっている。
だが、誰も見向きもしない。ましてや、踏み倒して進んでいる者までいた。
「……目の前に、忌々しき人間の寝床。後ろには我が兵が数部隊」
「えぇ……加えて、四魔将が私含め三人もおります。更には姫まで————これぞ、準備万端というやつですな」
「……その割には、随分と時間がかかった」
「仕方ありません……先代勇者から貰った被害が想像以上でした―———そのお返しができるまで、長い月日を費やしました」
首を垂れる壮年の男性。その姿は燕尾服を身に纏い、長い茶髪を後ろでまとめ背中から翼―———ではなく、むき出しの骨を生やしていた。
「……ほんと。でも、それも今日まで」
一人、城塞を睨みつける少女。ミスリルのような銀髪を腰まで下ろし、少し露出の多い装束を身に着け、腕を組み気だるげな態度に憎しみを乗せている。
壮年の男性とは違い、その見た目は人間そのもの。だが、違うとすればその透き通った瞳だろう。
片やルビーのように燃え上がり、片や琥珀のように美しい。
それが彼女の容姿を引き立たせ、独特の畏怖なオーラを醸し出していた。
だからだろうか? 後ろに群がる人間とかけ離れた容姿をした者達が跪いているのは。
「さっさとやっちまおうぜ姫様! 俺の拳を早くぶち込みてぇ!」
「黙りなさいガラフ! 姫様のご前よ!」
そんな中、赤く滾った肌をした屈強な男が顔を上げ叫び、それを三角帽をかぶった幼い少女が嗜めた。
だが、姫と呼ばれた少女は気にした様子もなくその砦を見据える。
「……皆、準備はいい?」
「準備はできておりますぞ」
「しゃぁっ! 勿論だぜ姫様!」
「我ら四魔将、いつでも」
並ぶ三人が姫の声に呼応する。
「「「「「グギャァァァァァッァッ!!!」」」」」
それに続いて、後ろに並ぶ者達も大きな雄たけびを上げた。
―———その数、ざっと二万。
「……じゃあ、やろっか」
姫と呼ばれる少女が、その小さな華奢な指で音を鳴らす。
その瞬間、少女を中心に巨大な魔法陣が背後に現れる。赤く光るその魔方陣はどこか禍々しく、空気中の魔力が一斉に魔法陣へと集約されていった。
それはどことなく―———ユリスが傲慢の魔獣を呼び寄せた時と似ている。
「業火、煉獄―———砲射」
その魔方陣から、黒炎が放たれる。
凄まじい熱気と辺りを黒く染め上げるその炎は、真っすぐと草木を飲み込みながら砦へと向かっていく―———
♦♦♦
「ユリスは何処でしょう?」
「さぁの? おおかた、まためんどう事にでも巻き込まれたのではないかの?」
阻害魔法をかけた状態で、セシリアは辺りをキョロキョロと見渡しながら想い人の姿を探していた。
その焦りと不安を醸し出しているセシリアの姿を見て、ミュゼは主人を見失った忠犬だなと思う。
「そ、それは一大事ですっ! 早く見つけてあげないと!」
「お前さんが行ったら余計にめんどうになりそうじゃがのぉ……」
グラスに入ったワインを飲みながら、焦るセシリアとは裏腹に落ち着いているミュゼ。今のミュゼは傍から見ればセシリアのお守だ。
そんな時―———
ズゴォォォォォォォォォッ!!!
激しい衝撃音が響き渡った。
会場が大きく揺れ、テーブルに置いてあった飲み物や料理が床に散らばり、所々で悲鳴が上がる。
『な、なんだっ!』
『城が揺れているぞ!?』
『落ち着け! 皆の者、落ち着くのだっ!』
生徒達や各国の講師、その皆が驚愕の色に染まりながら各々声を上げる。
周囲は慌てふためき、突然の事態に皆が呑み込めずにいた。
「きゃっ!」
「おっと」
セシリアがよろめいてしまい、それをミュゼが支える。
「こ、これは一体……?」
「さて……なんじゃろうな?」
他の生徒と同じく、驚いているセシリア。だが、ミュゼは周りの者達とは違い落ち着きをはらっている。
「じゃが……まぁ、あまりよろしくはない事態なのは確か……」
揺れが収まり衝撃音の余韻が消え去ると、会場にいる面々が徐々に落ち着きを取り戻す。
生徒達は講師達の指示に従い会場の一か所に集められ、重鎮達は護衛の騎士達に囲まれてその身を守られている。
(十中八九、襲撃よの……さて、こんな大舞台のさなかにどこのどいつが現れたのか……)
国王が皆に言葉を投げかけ、安心を与える。そしてこれからの指示を伝え、慌ただしく騎士達が動き回り、現状を把握しようとせわしなく走る。
(まぁ、どこで誰が襲撃しようと妾には関係ない……)
ミュゼが不安がるセシリアの頭を優しく撫でる。
(じゃが、弟子の大舞台を邪魔しようとすれば話は別じゃ————弟子を脅かし邪魔しようとする輩は……妾が潰す)
一人、ミュゼの双眸が赤く煌めく。
まだ、武闘祭は始まっていない————
♦♦♦
「ん?」
「……ほぇ?」
「……ヤバいね」
そして、その襲撃はユリス達も気が付いた。
激しい衝撃に城が揺れ、屋根が軋み足場が不安定になったものの三人は気にした様子もなく二本足で立っている。
城の中では見えない。だが、屋根の上に出ていたユリス達には何が原因なのかがはっきりと分かった。
西の方向。そこから上がるのは爆炎と狼煙、削り取られた砦が外の景色をむき出しにしていた。
「……これは、僕の出番かな?」
勇者のタカアキが腰に携えた剣を握る。ミカエラのメイスと同じく、鞘から顔を出していないにも関わらず、その剣は白く輝き神々しさを醸し出していた。
対魔族用に女神から与えられた聖剣―———それが、タカアキに合図を送る。
「……おねえちゃん、妹にも会えてないんだけどなぁ」
ユリスに向けたメイスを下ろして、ミカエラは先ほどまでの狂気じみた笑みを失くして、深刻そうに呟く。
そして————
「誰だよ、セシリアがいる場所で襲ってくる輩は……ぶち殺すぞ?」
大罪の魔術師は、その瞳から光を失くして見据えた。
その瞳が捉えるのは、むき出しになった砦から覗く―———
大群の、魔族だった。
まだ、武闘祭は始まっていない。
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