全員揃って

『魔法学園の大罪魔術師』の二巻、7/30発売です!!!


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「んで、他の皆はどうするよ?」


 ユリスが頬を赤らめたセシリアの頭を撫でながら尋ねる。


 長期休暇とはいえ、皆にもそれぞれやりたいこともあるだろう。

 基本的には実家に帰るか、それともここに残って何かをするという二つの選択肢。

 リカードもティナも、それぞれ家柄が貴族であり、何かしら家から指示を受けているのかもしれない。


 ユリスはこの前帰省したばかりで帰ることはしないつもりだが、他の面々は入学してから実家に帰っていないのだ。


(まぁ、そんなに長居するお誘いでもねぇし、一日二日予定が合えばいいんだが……)


「そうですね……私は一応休みに入ってからすぐに帰省する予定ではありました。ですが、それも二日ぐらいですし、王城は近いので参加すること自体問題ございません」


「おぉ、そっか」


 女子一人、確保。

 ユリス、内心舞い上がる。


「俺は卒業するまで帰って来んなって言われてるからな! もちろん行くぜ!」


 男一人、確保。

 この時、目隠しを用意しておこうと心に決めたユリスであった。


「アナはどうする?」


「どうするって言われても……私は帰る家もないのだけれど?」


「……すまん」


 無神経なことを聞いたなと、ユリスは罰の悪そうな顔を見せる。

 しかし、アナスタシアは小さく笑って「気にするな」と手を振った。


「それは別にいいわよ。私も、あっちが心配だから帰りたい気持ちはあるのだけれど……それもそれで、「信用されてない」って思われそうで帰るに帰れないの。だから、私も参加するわ」


 今、ミラー領は代理の貴族に統治を任せている状態である。

 誰かに任せていることに不安はあるものの、この期間の空いていない状態で規制すれば「信用されていない?」と疑問視されてしまう恐れがある。


 信用していないわけじゃない。

 だけど、そう思われてしまえばアナスタシアの父親が残してくれた信頼関係にヒビを入れてしまう可能性が生まれてしまうのだ。


 であれば、帰ることは難しい。

 だからこそ、せっかくの機会にと、アナスタシアは首を縦に振った。


「よし、ならアナの水着は俺が選ぼう!」


「す、好きにしなさい……」


 アナスタシアが来てくれることで喜びを隠し切れないユリス。

 当然、その舞い上がりは婚約者だからだろう。


 アナスタシアも、興奮してしまったことによって口が滑ったユリスの本音を、満更でもなさそうな顔で首肯してしまった。


「ユ、ユリス!」


「はい、なんでしょう?」


「わ、私は水着……選んでくれないのでしょうか!?」


 アナスタシアだけ……それが、セシリアは不満に思ってしまった。

 本来、男性が水着を選ぶなどという行為は羞恥と不安しかないのだが、セシリアは苛立っているのか、焦点が合っていない。


 だが———


「安心しろ、セシリア……すでにセシリアの水着は選んで買ってある!」


「早すぎますよ!?」


 海へ行こうという提案をしたのは今が初めてだ。

 にもかかわらず用意してあることに、セシリアは驚きを隠し切れない。


「んで、あとはミラベルだけなんだが……」


「そういえば、ミラベル様はここにいないですね?」


 いつもであれば、ユリスとリカードの部屋に全員が揃ってまったりとそれぞれの時間を過ごすのだが、今に限ってはミラベルの姿だけが見当たらない。

 そのことに、疑問を覚える二人。


「ミラベルさんなら、ご両親にお手紙を書いてくるって言ってましたよ?」


 同居人であるセシリアが皆の疑問に答える。


 ラピズリー王立魔法学園では文通は週に一度、専門の業者が各地に運んでくれるような体制を取っている。

 それは当然、親族から離れて暮らすのだから————そういった理由だ。


(もしかしなくとも、ミラベルは帰るのかもしれないなぁ)


 このタイミングで両親に手紙を書くということは、自然に帰省についてだということが予想できる。

 エルフ領は、片道ひと月以上もかかるアンダーブルク領よりも遠い場所に位置しており、帰るとなれば戻って来るタイミングも相当なものになるだろう。


 つまり、ミラベルが帰省するのであれば海にいけないということ。

 それが少しがっかりに思えてしまうユリスであった。


「ただいまー」


 その時、部屋の扉が開かれ、艶やかな金髪を靡かせたミラベルが戻ってきた。


「おかえりなさい、ミラベル」


「もう、お手紙は書き終わったんですか?」


「うん、さっき書き終わって渡してきたよ~」


 そう言って、ミラベルは空いた椅子へと腰を下ろした。

 そのタイミングを見計らってか、ユリスがミラベルに尋ねる。


「なぁ、ミラベル?」


「ん? どうしたのユリスくん?」


「次の長期休暇、皆で海に行かないかって話してたんだが……ミラベルはどうだ?」


 行けないと予想はしていても、ここでミラベルだけを誘わないというのもおかしな話。

 だからユリスは、一応とミラベルにも声をかける。


「海……海、かぁ……」


 その誘いを受けて、ミラベルは少し考え込む。

 予定があるからか、それとも断り文句を考えているのか―――ユリスは少し不安げにミラベルの言葉を待った。


 そして———


「別にいいよ!」


「マジで!? 実家とか帰らなくてもいいのか!?」


「うんっ、帰ろうとは思ってなかったからね~」


 予想が外れて驚くユリス。

 けど、それ以上にミラベルも来れることが嬉しかった。


 やはり、行くならいつものメンバー全員がいい。

 それは、どうしても願っていたことだった。


「(最後ぐらい、皆でいい思い出作りたいもんね……)」


 彼女の最後の呟きは、一体誰が拾えたのだろうか?


 だけど、皆は一様に揃って遊びに行けることが嬉しいと思っていた。

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