ユリスの対峙は続く
出場者が避難の為に設けられた宿屋の一室。セシリア達が集まっている場所とは別の部屋で、金髪の少年は手鏡を興味深げに眺めていた。
「ふぅ~ん……彼は想像以上にやるようだね……まさか他の四魔将二人を圧倒するなんて」
頬杖をつき、物静かげな室内に少年の声が響く。
手鏡に移るのは聖女と勇者のピンチに駆けつけた銀髪の少年、今正にまどらせマドラセルを吹き飛ばした張本人。
そして、今まさにマドラセルを圧倒していた。
「骨砕も弱くはないし、血腕も墜落も人間一人に負けるような相手じゃないんだけど……結論からして、彼の存在が予想以上だったという事だろう」
その場にいなかったはずなのに、その場の状況を理解している。
ユリスが二人の四魔将を倒したのだって、他にギャラリーはいなかったはず……なのに、という疑問は彼の手にする手鏡のお陰だろう。
「姫様は流石としか言いようがないね……英雄がまるで相手になっていない。予定と違うのは、他の四魔将ぐらいか……全く、困ったものだよ」
少年は手鏡を置いて、近くにあった布巾で己の手を拭く。
手についた汚れはすぐさま拭ってしまわないと、少しばかり気持ち悪い。
「あの聖女はどうしようか……? いや、多分彼がいる限り手が出せないね。せめてもの手土産にしたかったけど……まぁ、いいや」
少年は手鏡を砕き、赤く汚れた布巾を片手で燃やす。
「さて……僕もそろそろ引き上げよう。多分、今回は失敗に終わりそうだからね」
少年は立ち上がり、ゆっくりとした足取りで静まり返ったその部屋を後にする。
閉ざされた室内には、同じ学園の生徒の胴体が転がっており————その頭部が、なかった。
♦♦♦
「あなたはッ!? あなたは一体ィィィィィィィィィィィィッ!?」
「吠えるな吠えるな。驚き、考えようとしないだなんて————それすなわち、怠惰だ」
無数の骨が地面から突き出るものの、ユリスは
そして、少年は大きく息を吸うと虚空に大きな黒炎を浮かび上がらせた。
「お前達からもらったプレゼント。どうかその身で受け取ってくれや」
「それは姫様のッ!?」
その黒炎の大きさは建物をも飲み込むほど大きく、それがマドラセル相手に向かっていき、マドラセルが驚きで言葉を詰まらせながらも近くの建物を骨に変えてその身から守ろうと盾にした。
だが、その威力は凄まじいもので————
「がはっ!」
盾は壊れ、残りの黒炎がマドラセルの体を焼き尽くす。
ユリスの
(こりゃ、いいもんもらったわ……)
あの攻撃は更にユリスを強くさせた。驚くと同時に喜んでしまうユリス。
そして、今繰り広げられている光景を見ていたタカアキは言葉に表せないような驚きを感じていた。
(す、凄い……)
幾度と攻撃しようが少年の体に届くことなく、少年は着実と自分の知らない魔法を使って圧倒している。自分達とは違って、これこそが追い詰めていると言えるのだ、などと思っていた。
「いや~、そろそろ俺一人で相手にするの面倒だから……手伝ってくれない?」
巨大な骨の塊がユリスに迫っている最中にも関わらず、ユリスは指に巻いてあった紙を解いて、タカアキ達に向かって放った。
その紙は形を変え、タカアキ————ではなく、ミカエラの元に向かって飛んでいく。
そして、地面から突き上がった大きな骨を丁寧に切り離すと、すぐさまユリスの元へと戻っていった。
「ひゅ……」
ミカエラは地面から離れた事を確認すると、苦悶の表情を浮かべながら残った力を全て使って、胸に刺さった骨を勢いよく抜いた。
激しい痛みがミカエラに襲うが、これでミカエラの体は無事に癒すことができる。
だがダメージが相当残っているのか、ミカエラはしばらく地面に蹲ったまま動けない。
参戦するのはどうやら難しそうだ。
(だけど、これは手伝う必要ってあるのかな……?)
手伝ってくれ————なんて言うが、事実ユリスは苦労も手こずっている様子も全くない。それどころか、間に入ってしまえば邪魔をしてしまいそうなほどだ。
だからタカアキはそのままユリスの姿を眺める。迫る骨の塊を、指一つ動かさないまま弾く、その姿を。
「さて、今度はお前達のお仲間の攻撃をプレゼントしようじゃないか。形見は、しっかりと受けとってもらわないと、あいつが悲しむぞ?」
ユリスは拳を地面に向かって叩きつける。
すると、右腕が盛大に爆ぜて虚空に数百を超える血の腕が出現した。
「それは、血腕の権能!? どうしてそれをあなたが使えるのですか!?」
「問答も飽きたから、さっさと受け取ってくたばれクソ野郎。まだあいつの方が楽しかったよ」
骨を砕き、数百の腕をマドラセルに向かって振りかざす。
鈍い音と骨が砕ける音が辺りに響き、マドラセルは声を上げることもなく吹き飛んでいった。
「……なんだ。あいつの力も存外使いやすいな」
ユリスは吹き飛んだ先を見ることなく、タカアキの元に向かう。
「ふふっ、君ってすごく強いんだ……」
「当たり前だ。逆に勇者がここまで弱いなんて予想外だよ」
「ははっ! これは手厳しいね!」
ユリスはタカアキに刺さった骨を抜き取ると、つまらなそうにタカアキを一瞥した。だが、タカアキはショックを受けることはなかった。
(だって、あんな力を見せられちゃったら……ねぇ?)
現れたユリスは手こずるわけでもなく、自分達が苦戦した相手を圧倒していた。
尚且つ、戦いの最中にミカエラを助けるような余裕も見せた。今では、ミカエラの胴体は完全に塞がり、ユリスの背中を呆然と見つめている。
そんなユリス相手に何を言い返せる? 自分達を救い、力を見せつけた。
感謝こそあれど、文句などありえない。
「ねぇ、ユリスくん……?」
傷が癒えたミカエラはユリスに話しかける。その顔は少し朱に染まっていた。
「なんじゃい? セシリアのお姉様? もう、傷が癒えてるなんて流石は聖女だな」
戦闘中にも関わらず、ユリスは平然と言葉を返す。
その姿からは余裕がありありと感じられた。
「そうだね~……一応、助けてくれてありがとう……」
「気にするな。お前に死なれたら、多分セシリアが悲しむからな! ……今、こんな事言うのも場違いかもしれないが……これを恩に感じているなら、後でセシリアの好み教えてくれない?」
「うんうん、いいよ~! 助けてくれたもん、それぐらいはお安い御用だよ~! それと……私の、好みも……その、聞きたい?」
「ん?」
最後、恥ずかしそうに口にしたミカエラのセリフが理解できなかったユリス。
その光景に、タカアキは「実際に鈍感キャラっているんだなぁ……」なんて思ってしまった。
「人間風情がァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」
瓦礫に埋まったマドラセルが血相を変えて叫びだす。
その姿はもはや原型が怪しいほど見るも無残な姿になっていた。
まだ、敵の息の根はある。
だからユリスはミカエラから視線を外し、地面を小突いて魔方陣を浮かび上がらせようとした。
その時————
「……もう、いいよマドラセル。後は私がやる」
ゆっくりとした足取りで、道の奥からそんな声が聞こえた。
露出の多い装束に、長い銀髪を靡かせた少女。歩いているだけのはずなのに、何故かユリスの背中から悪寒が走ってしまう。
この少女は危険だ。今まで自分が相手にしてきた連中とは比べ物にならない。
それこそ、自分の師匠よりも危険な相手だ————などと、ユリスの頭が激しい警報を鳴らした。
「おいおい……流石に、こいつの相手はしたくねんだけど……?」
「……だーめ。ちゃんと相手をしてもらわないと困る。それに————」
そして、少女は片手で掴んでいたソレを突き出した。
「……相手してくれたらコレ、あげるから」
それは目から光を失った桃色の髪をした小柄な少女の体。それは力無く、少女によって乱暴に扱われていた。
それを見たユリスは、恐怖という感情に合わせて別の感情が入り混じり、乾いた笑みを浮かべる。
「……ははっ、そりゃあ絶対に相手しないといけねぇな」
ふつふつと、ユリスの心に怒りが込み上げる。
何故なら、少女の持つソレは————ユリスの師匠だったからだ。
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