ミュゼVSティナ、リカード 決着
灼熱という言葉を生み出した陽は半径30m。
周辺が赤く染った場所ではあるが、範囲を越えてしまえばよく見る景色が開けている。
本来、この魔法は効果範囲が100mは優に越える。
それが、超級魔法と云われるゆえん。
しかし、現在展開されている範囲は半分にも満たない。
どうしてか? それは単純に────
(私との相性は最悪ですね……!)
魔法を扱うにあたってはどうしても適正という言葉が離れない。
適正に合った魔法であれば世に与える事象効果を高めるし、合っていなければ本来の力より弱まってしまう。
────自明の理。
ティナは氷適正の高い魔法士だ。火適正の魔法とは相性が悪い。
更に言えば、超級の魔法など入学したばかりの学生が扱えるようなものではない。
宮廷魔法士の中でも選りすぐりの面子だけが扱えるような魔法。
それを無理して行使する。
しなければ、足止めはできないと考えているから。
しかし────
(私は維持するだけで精一杯……ですから、あとはお願いしますっ!)
必死に、それこそ顔を歪ませながらも魔力を供給し続けるティナ。
吐血された血が、美しく整ったティナの顔を汚す。
「あとは任せろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
ティナの想いが届いたのか、リカードはふらつく足を押えながらもミュゼに向かって大剣を振り下ろしていく。
遠慮などしない。躊躇は一切なし。
相手は弱体化させたとはいえ不老不死の英雄である。
多少の怪我をも覚悟して攻めなければ足止めすらできない。
そんな覚悟の乗ったリカードの大剣は何度も何度も、ミュゼに振り下ろされる。
しかし、ミュゼは器用に大剣の側面を拳で叩き軌道を変えて避けていた。
「妾とて、あやつの師匠じゃ……例え体術だけになろうとも、そこいらの人間に負けるはずもないわっ!」
横薙ぎにされた大剣をミュゼは足を振り下ろすことによって地面に押さえる。
そして、束の間も逃さまいと言わんばかりにミュゼはリカードの眉間目掛けて蹴りを放った。
「がっ!?」
鈍い音を立て、リカードの体が大きく仰け反る。
リカードの体は先のミュゼの猛攻によって限界値を超えている。
いつ倒れてもおかしくないほどの損傷。ふらつく足が一撃一撃に抗えずにいた。
だが────
「ユリスの言う通り、英雄様の体は軽いぜっ!」
「ッ!」
リカードは顔に笑顔を見せながらミュゼの足を掴むと、そのまま地面へと叩きつける。
しかし、ミュゼは叩きつけ様に地面に手をついて足を捻り、リカードの足から逃れた。
そして、逃れる最中にもう一撃と、顎目掛けて足を振り払った。
「甘いわ、童が」
「がふっ!」
綺麗に入ったその一撃はリカードの脳を揺さぶる。
弱体化をしていようとも、ミュゼの体術は三百年という人生で培われたもの。
おいそれと子供が越えられるようなものではなく、この戦いも一方的なものとなっていた。
それでも、リカードは倒れない。
(ここで倒れちゃ、ユリスの相棒なんて名乗れねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!)
視界が揺れる中、朧気に捉えたミュゼの体に向かって大剣を薙ぐ。
ミュゼは屈んで大剣を避けると、再びリカードに肉迫し、肘を鳩尾に食い込ませる。
「だらっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
それでも倒れない。
一撃一撃が、華奢な体から想像がつかないほど重いものだったとしても関係ない。
少しでも。少しでも、と。
時間を稼ぐために拳を、大剣を握りしめる。
「いい加減、倒れればよかろうにっ!」
「まだまだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
薙ぐ。薙いで、薙ぐ。
躱されようとも、反撃されようとも、リカードは捉えることのないミュゼに向かって雄叫びを上げる。
もはや、焦点は定まっていない。
今、こうして大剣を振り回せているのは、間違いなく気合いによるものだろう。
しかし────
「限界なら、そこで終わればよかろうに……」
不意に、ミュゼが大きく跳躍して距離を取った。
「子供というのは馬鹿な生き物じゃ。辛くても苦しくても、譲れない一線を守ろうと必死になりよる……諦めて、投げ捨てればよかろうに……」
その言葉はリカードに、ティナに、そして────愛し人に向けられる。
「それが許されるから子供なんじゃ。子供は子供らしく、己の幸せに向こぉて生きておればよいはずなんじゃがのぉ……?」
「…………」
その言葉に、リカードもティナも反応を見せない。
叫ぶ余裕もないのか、魔法の展開に忙しいのか。それは分からないが、ミュゼはそんな二人を見て小さく苦笑する。
「ここまで倒れないのは褒めてやるわい。学園長として、誇らしい────じゃが、一人の大人としては……もうちょい違う選択をしてほしいと思ぉたよ」
地を駆け、ミュゼが一気にリカードに向かって接近する。
リカードは、そんなミュゼの姿に向かって大剣を思いっきり振りかざした。
しかし、ミュゼは半身を捻ることによって躱して跳躍すると、脳天めがけて────
「もぉ、眠れ。これ以上は不毛じゃ」
ガコンッ、と。
先程聞こえたものより鈍い音が響き渡る。
そして、リカードの体が地に崩れ落ちるような音も同時にティナの耳に入ってきた。
(……ここ、までですね)
頼みの綱はリカードという存在だった。
魔法を使えない状況に持ち込むことによって選択肢を絞り、自分達の土俵で戦わせる。
魔法ありきの戦闘であれば、自分もリカードも粘ることなく数分で片付いてしまっただろう。
故に、超級魔法。
でもそれは、リカードがいる前提の話だ。
リカードが不在のまま展開するだけで何もできないティナはただの的。
このまま展開を解除したとしても、魔力はほぼ空っぽの状況でミュゼと戦っても粘ることはできない。
(素晴らしい……ひと時でした)
戦いは終わった。
これで、ティナ達が時間を稼ぐ術はもう持ち合わせていない。
故に────
「妾は先を行くぞ」
「えぇ……ご随意に。しかし、もうユリス様は己の問題を解決していると思いますが」
ティナは超級魔法を解除する。
そして、最後の魔力を駆使して氷の刃を宙に浮かせるが────
ドスッ、と。
そんな音が響き渡った。
宙に浮いた氷の刃は、自然と地面に突き刺さる。
「……さて、我が弟子の下へと向かうとするかの」
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