アナスタシアVSミラベル 決着
ミラベルとアナスタシアの戦いは、決して乙女が気遣って戦っているようなもの優しいものではなかった。
「風刃!」
ミラベルが空振った拳を振り下ろし、アナスタシアの背中目掛けて風の刃を生み出す。
「しっ!」
アナスタシアはそれを細剣で器用に弾きながら、ミラベルの鳩尾目掛けて蹴りを放つが、ミラベルは風を纏った手で受け止めた。アナスタシアの足に切り傷がいくつも浮かび上がってしまう。
しかし、アナスタシアは顔色一つ変えずに身を反転────そのまま体を宙に浮かせて反対の足でミラベルの首目掛けて蹴りを入れる。
「……ッ!」
鈍い音が響き渡り、身を反らしながらミラベルは手を離してしまう。
攻防を見れば、乙女同士の戦いと言われれば少々過激にすぎる。
アナスタシアの手や足には切り傷が酷く目立ち、ミラベルの腕や頬には痣が目立ち始めた。
戦いが始まってから数分という短い時間。
それでも、二人の戦いは長く感じさせるようなものであった。
「はぁ……はぁ……」
ミラベルの息が荒くなる。
足元はふらついており、いつ倒れてもおかしくない様子であった。
「……いくら魔法ができたと言っても、遠距離がスタイルのミラベルは私には届かないわ」
一方で、アナスタシアは少し息が荒くなっているものの二本足でしっかりと立っている。
流れている血など気にせず、痛みに顔を歪ませているようなこともない。
「それに、あなたには目を瞑らなければならないというハンデがある。いくら聴覚が優れているからといって視覚で生きてきた生物が同等に物事を捉えられることはないの」
慣れという言葉は魔物だ。
今まで積み重ねてきた経験が、本能が、反射的にその部分だけを体に染み込ませる。
故に、いくら聴覚が優れていて動きを把握できたとしても、視覚に頼ってきた生物が視覚以上に視覚の役割を別の感覚で補えるわけがない。
アナスタシアが五体満足に立っていて、ミラベルが満身創痍なのはそれが大きい。
得意分野や実力差という言葉も浮かび上がるが、下はこの部分だろう。
「私はユリスが大好き。誰よりも、誰を下にしても、ユリスを救いたいと思っているわ。生きてほしいと……心の底から願ってしまう。だから、想いの強さでもミラベルに負けるはずがないの───そう、命よりも別のものを選んだあなたには」
コツ、コツ、と。アナスタシアが満身創痍なミラベルに近づいていく。
その音を聞いて、ミラベルは顔を上げる。
「私だって、ユリスくんには生きてほしいと思うよ……でも、それ以上にユリスくんを救いたいと思ったんだ」
ふらつく足をどうにか奮い立たせ、再び拳を握る。
「……想いの強さでは負けてない? 馬鹿だなぁ、アナスタシアちゃんは────そんなの、私の方が強いに決まってるじゃん。どうして私がこうして立ってると思ったの?」
「…………」
「生きてほしいのは分かるけど、そこでアナスタシアは終わってる……本当にユリスくんのためを思うなら、ここで拳を握る相手は絶対に違うんだよ。ユリスくんはユリスくん────彼が彼のままでいてくれるなら、私は彼の願いを叶える。足止めだって、不満はあるけど喜んで引き受けるよ」
不敵に、獰猛に、挑発するように。
ミラベルは、下を出してめいいっぱいに笑った。
「あっかんべー、だ。私を殺さない時点で、想いの強さって部分では負けてるんだよーだ」
「…………」
アナスタシアはその挑発に顔色を変えない。
ただただ、無表情に。細剣を握り直して────そして、捨てる。
「えぇ……分かったわ」
カラン、と。細剣が落ちる音が聞こえる。
それと同時に、アナスタシアは一瞬にしてミラベルの懐まで潜り込んだ。
「よっぽど、私を怒らせたいってことを、ね」
渾身の拳を、ミラベルの鳩尾めがけて放った。
ガードすることはできず、拳が綺麗にミラベルのお腹にめり込んでしまう。
吹き飛ばされるわけでもない、大きく仰け反ってしまうこともなかった。
ただ、ミラベルは笑みを浮かべたままそのまま地に倒れてしまう。
その姿を見て、アナスタシアは───
「倒れるぐらいなら、挑発するんじゃないわよ……ばかっ」
どこか苦虫を噛み潰したような表情で、ポツリと言葉を漏らした。
ゆっくりと背中を向け、先程落とした自分の細剣を拾う。
決着はついた。
あとはユリスを見つけて聖人の下に連れていくだけだ。
(後味……本当に悪いわね)
仲間に拳を向けてしまったことに。
傷つけてしまったことに。
本当なら笑いあって食事でもしたかった相手なのに。
心優しい少女は、優しくない現実によって心を痛める。
そして、ゆっくりと校舎の中に向かって歩き出した。
だけど────
「ふふっ、捕まーえたっ」
「ッ!?」
突如、アナスタシアの背後から手が回される。
腕と足をしっかりと捕縛し、身動きが取れないように。
必死に抵抗するアナスタシア。だけど、その抵抗は声の主を見据えるためだけに首を動かすことしかできなかった。
「……アナスタシアちゃんだったら、私が倒れたら追い討ちをかけないで背中を向けると思ってたよ。だって、アナスタシアちゃんは本当に優しいから────でもね、それはこの戦いでやっちゃいけない」
そして、ミラベルは即座に腕を組み替えてアナスタシアの首へと腕を回した。
「こん、の……っ!」
確実に意識を刈ろうとしている。
完璧に入った腕の感触が、余計にもアナスタシアに危機感を覚えさせる。
アナスタシアは身体強化の魔法を腕だけに集め、細剣を手放し必死に回された腕を引き剥がそうとした。
それでも、ミラベルは腕を離さない。
「……確実に、落とす」
徐々に首を締めていくミラベル。
その表情に、情けなど欠片もなかった。
アナスタシアの爪がミラベルの白い肌に食い込み血が流れる。
だけど、ミラベルは腕を離さない。
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
アナスタシアの断末魔のような叫びが庭園に広がる。
聴覚のいいミラベルに対しての最後の抵抗だったのか? ミラベルの耳から薄らと血が流れるものの、やがて────
「…………」
ガクリと、アナスタシアの首が垂れた。
腕も足にも力は入っておらず、ミラベルが腕を離した瞬間に地に伏せてしまう。
「ダメだよ、アナスタシアちゃん……どうしても、アナスタシアは非情にはなれないんだから」
明るく照らし続ける太陽を見上げて、ミラベルは頬に雫を流す。
「辛いなぁ……ユリスくん」
静寂が残った庭園には、ミラベルという少女の声だけが残った。
「やっぱり、アナスタシアちゃんは負けてるよ……」
一人、ユリスの下には辿り着けない。
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