セシリア、ミカエラVSアイラ①
セシリアという聖女は、何も無力な少女というわけではないというのを、冒頭で語っておく。
癒す力は聖女として恥じないほど。
女神から賜った恩恵は、遺憾なく他者に発揮される。
しかし、ミカエラのように癒しの力によって別の力に変えるといった行為はできない。
ミーシャのように、生まれ持った聖人としての特別な要素はない。
癒すだけなら聖女の誰もができる。
三人という姉妹がいる中、二人のような目立った力は周囲には『ない』と言われている。
だけど、物語の振り出しに戻ろう。
セシリアは心根の優しい少女だ。
他者が傷つくのを嫌い、争いを嫌い、侮蔑嫌悪を嫌う。
救うことに己の価値観を見出し、他者を助けることを当たり前だと思い、誰かの幸せを心から願う。
そんな少女だ。
故に、セシリアは争いを好んでこなかった。
ただそれだけ。
そして、セシリア自身もそう思っている。
だから……そう、だから――――
「じゃあ……セシリアちゃん、いい?」
ミカエラがセシリアの頬を両手で優しく包み込む。
その瞳から窺えるセシリアの表情には未だに迷い、葛藤、不安……そして、ユリスの言葉に対する戸惑いが浮かび上がっている。
だからこそ、セシリアはミカエラの問いに頷くことも返事をすることさえも躊躇ってしまう。
そんな姿を見たミカエラは—―――
「沈黙は肯定だよ……って、いつか誰かが言ってたなぁ」
「……ひぁ」
どこか悲しそうに、セシリアの頬に向けて魔力を流し始めた。
ゆっくりと、優しく、それでいて密度の濃い魔力をセシリアの返答なしに与え始めた。
セシリアの瞳が見開かれる。
口はパクパクと動き始め、瞳孔は揺れ動き、両手両足がゆっくりと震え始めた。
「お姉ちゃんね……あんまりセシリアちゃんにはこれをしたくなかったけど————今ばっかりは、ごめんねぇ」
「……ぁ、ぁああぁぁぁああぁぁ」
声にならない声が響く。
セシリアの琥珀色の双眸が色を失うのに、明確な時間がないように思える。
少女の声は広がり、大きくなり、小さくなり。
やがて、その声は収束し、沈黙と力なくミカエラにもたれかかったセシリアの姿によって終わりを迎えた。
「……終わった?」
首をポキポキと鳴らし、二人の様子をじっと待っていたアイラが尋ねる。
「うん、今終わったよ――――クソ魔族」
ミカエラがアイラを見据える。
セシリアの体を抱いたまま、表情には柔和な笑みを貼り付けているが、瞳にはどことなく陰りと憎しみが浮かんでいるようだった。
それは魔族からか……それもあるだろう。
だが、今回に限っては別のもの────妹の前に立ちはだかったからこそのもの。
そして────
『もう、構いませんよ……ミカエラ』
そんなミカエラに対し、セシリアが優しく突き放す。
その口調や、発する声音、纏う雰囲気……それら全てが、急に豹変する。
「わざわざごめんね〜、女神様!」
『全くです……私は安易に呼ぶべき存在ではないと、何度か言いましたよね?』
「私だってあまり呼びたくなかったよぉ〜……だって、セシリアちゃんの体はセシリアちゃんのものだし────セシリアちゃんに、こんなことさせたくないしね」
『そう思っているということは……そうせざるを得ない状況、ということですね』
セシリアが真っ直ぐとアイラを見据える。
その姿に、アイラは眉を顰めた。
「女神……? あぁ、なるほど────そういうことね」
アイラは納得する。
今の状況が、どういう状況なのか、を。
その瞬間、セシリアの姿がブレる。
そして────
『納得していただけたようで何よりです……魔族さん』
アイラの目の前に、ふわりと小さな華奢な足が現れる。
チラリと横に視線を映すと、そこには無表情のまま足を振り上げるセシリアの姿があった。
ドゴォォォォォォン!!!
そんな衝撃音が広がる。
振り上げた足は鈍い音と激しい衝撃音を生み出しアイラの体を一瞬にして吹き飛ばした。
ズザサッ、と。何度も何度も地面をバウンドし、アイラの体が宙に浮く。
華奢な体からは想像がつかない。それほどまでの力を感じさせるような蹴り。
かつて、ユリスですら……ミュゼですら適わなかった体躯をいとも簡単に吹き飛ばすそれは、セシリアからは想像がつかなかった。
故にこそ、信じられない。
だがしかし────ここにいる全員が、驚きの表情は見せなかった。
「聖女に女神を降ろした……そういうこと。それは────面白い」
仰向けになっていたアイラが体を起こす。
あれだけの蹴りを食らっておきながら、その表情にはダメージを感じさせるようなものは何一つなかった。
『えぇ、そうですね……セシリアのみが、私を降ろせる唯一無二の依代。故に、このような芸当が────はぁ、私が直接手を下すのはルール違反なのですが……』
セシリアがため息を吐く。
それでも、ゆっくりと前へと踏み出していった。
『といっても、この体はセシリアのもの。根本的な力はあの魔族には及ばないでしょう────だから……分かっていますね、ミカエラ?』
「うんうん、分かっているよ〜! ここからは、お姉ちゃんも参戦だぁ!」
ミカエラが後ろでメイスを構える。
そして、アイラに向かってゆっくりと歩き出した。
「よかった……これはいい退屈凌ぎになりそう」
そんな二人を見て、アイラは嬉しそうに笑った。
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