聖女として

 ユリス達がザガル国にやって来て、大きくやることは三つある。


 まず一つが開会式の予行である。

 各国の国民や重鎮が注目を集める場となるこの武闘祭。ぶっつけ本番という事はなく、少ない回数でありながらも、淀みなく進める為にその場に慣れておかなければならない。


 二つ目が、各自のウォーミングアップ。

 開会式の後、すぐに武闘祭は始まってしまう為、ウォーミングアップは武闘祭が始まる前に行わなければならない。各自に割り当てられた訓練場で各々最高のパフォーマンスで挑めるようにその準備時間は必要になるからだ。


 そして三つ目。

 これは武闘祭前日に行われる交流会である。


 出場する生徒全てが敵同士とはいえ、互いに実力を伸ばさんとし手を取り合って前に進む同級生なのだ。故に、親睦を深める為にも武闘祭前夜には大規模なパーティーが開催される。


 そして、現在ユリス達は予行とある程度のウォーミングアップを済ませ、時は過ぎて交流会に参加していた。

 集められたのは、ザガル国王城の一室。百人以上は余裕で入れるその部屋には豪華な赤いカーペットが敷かれ、クロスの上には様々な料理。天井にぶら下がるシャンデリアが着飾った生徒達や関係者達をを照らしている。


「なぁ、師匠?」


「なんじゃ、我が弟子?」


 ゴシックな黒のドレスから一変、シルク素材の純白ドレスを身に纏うミュゼ。薄桃色の髪が純白に溶け込みながらも、赤い双眸が存在感を強調する。

 間違いなく、その容姿は美しいと呼ばせるものであり、会場にいる面々の中でかなりの異彩を放っている。

 幼い容姿にも関わらず、その手にワイングラスを携えているその姿が違和感しか感じられない。


「ちょっと聞いていい?」


「遠慮せんでも、聞けばよかろうに」


 タキシードを着こなしたユリスがワイングラス片手に口を開く。


「わぁっ! ユリス、かっこいいです! 似合ってます!」


「……どうしてセシリアがいるの?」


 ぴょんぴょんとはしゃぎながらユリスの珍しくビシッとした服装に、興奮する金髪の少女。

 ミュゼとは違い、琥珀色の明るさを抑えたドレス。それでいて、金髪の髪が自然と隠れながらも、何処か清楚さを感じさせている。

 大人しめな印象────のはずなのだが、現在進行形ではしゃいでいるセシリアからは可愛らしい子という印象しか感じられない。


「我が国に在留してくれている聖女を連れてこんかったら、他国から難癖つけられてしまうじゃろ」


「……まぁ、確かに」


 はしゃぐセシリアの頭を撫でながら、ミュゼの話を聞くユリス。

 ユリス達が予行やらなんやらしている間、武闘祭を見に来る生徒はもちろん、既にザガル国に到着している。

 アナスタシアやリカード、ミラベルに────セシリア。


 故に、ここにセシリアがいる事実は特段おかしなことはない。

 例え、この場が武闘祭参加者と関係者しか集まらないはずだったとしても、聖女であるセシリアは参加するに値するからだ。


「セシリアも似合ってるぞ? いつも修道服か学生服だったから余計に新鮮に感じるし、なんか一層可愛くなった気がする」


 内心、セシリアの姿を見てドキドキしたユリス。だが、その様子は表面には出さなかったようだ。


「そ、そうですかっ……ありがとうございましゅ!」


「「……」」


 赤く俯きながらお礼を言うセシリア。

 そして、噛んだ事実をユリスとミュゼは聞かなかったことにした。


「師匠とセシリアは回らなくてもいいのかよ? 色々あるだろ、挨拶とか顔合わせとか」


 ユリスは会場の真ん中を指差す。そこには大勢の生徒や関係者に囲まれているエミリアの姿があった。


 交流会では皆の親睦を深める。そして、親睦を深める意味合いは様々であり、己の顔を広める事や、貴族同士の媚びの売り合いなど。

 この場にいる者全て、色んな意味で仲良くしておくに損はないのだ。

 だからこそ、皆は必死に仲良くないたい人に対して積極的に話しかけに行く────今のエミリアを囲っている状況みたいに。


「妾はそう言った媚びを売る類はいらん。金も地位も妾にとってはちっぽけなものじゃからの」


「私は……そうですね、挨拶に行かなければならない人はいるのですが────もう少し落ち着いてから伺うようにします」


「ふーん……」


 会場の隅。そこでミュゼとセシリアはひっそりと時が過ぎるのを待っていた。

 普通であれば英雄と呼ばれるミュゼと、三人しかいない聖女であるセシリアを放っておく人間などいないはず。顔を知ってもらっておいて、損どころか丸々得しかないのだ。


 それなのに、ミュゼやセシリアには誰も近づこうとしない。何故か?


(師匠、さり気なく認識阻害の魔法使ってやがるな……)


 吸血鬼ヴァンパイアは闇夜に紛れる。その為、周囲に自分の存在が知られてはならない。

 だからこそ、吸血鬼ヴァンパイアが得意とする魔法の中に自分達の存在を感じ取れなくする認識阻害があるのだが────どうやら、ミュゼは始めから行使していたようだ。


「ま、俺はちょっくら挨拶回りしてくるわ。これでも、一応貴族だからな」


 そう言って、ユリスはグラス片手にセシリア達の元から離れる。

 セシリアは撫でられていた手が離れてしまったことに少し寂しそうにするが、それでも手を振ってユリスを見送ったのであった。



 ♦♦♦



 ユリスがいなくなってから。

 相変わらず動こうとしないミュゼと、少し気まづそうにするセシリアだけがその場に残った。


 この前顔を合わせたとはいえ、ほぼ初対面なミュゼに対しセシリアは少しばかり緊張していた。


(な、何かお話した方がよろしいのでしょうか!? で、ですが! 何をお話したらいいのか分かりませんし!)


 内心、若干のパニックに陥るセシリア。


(うぅ……っ! 助けてくださいユリスぅ……)


 そして、すぐさま想い人に助けを求める。

 セシリアは人懐っこい印象があるが、案外人見知りなようだ。


「のぅ、聖女様?」


「ひゃ、ひゃい!?」


「そんなに緊張せんでもええよ」


 突然の事におかしな声をあげてしまったセシリアに苦笑いするミュゼ。

 それを受け、セシリアは大きな深呼吸をすると、ゆっくりと落ち着きを取り戻してミュゼに向き直る。


「何か……お話があるのですか?」


「いやなに……ちょっと聖女様に聞きたい事があってのぅ……」


 ミュゼはワインを口に含む。

 酒が入っているからか、ミュゼは頬を若干染めながらセシリアに尋ねた。


「……聞く限り、聖女様は争いを好まんように見える。それは彼奴からも聞いておった事じゃ」


「……」


「じゃが、聖女様は彼奴がこの場にいる事に文句を言っておらん……何故じゃ? 別に、殺傷する催しではないと分かっておるが、この手の類の催しは嫌いじゃろ?」


 ミュゼの言葉にセシリアは黙る。

 ……確かに、聖女の中でもセシリアは一番純粋な子だ。争い事は好まず、暴力を良しとしない。時と場合によっては必要な事は勿論あるが、それでも皆が伸び伸びと平和に暮らす事を望んでいる優しい子。


 セシリア自身、こういった武で競い合う競技自体が後々必要な事なのは分かっている。

 だが、それでも好き嫌いは話が別。胸の内を話してしまえば、正直セシリアはこの武闘祭があまり好きではない。


 けど────


「私は、争い事が嫌いという以前にユリスが馬鹿にされる事が嫌いです」


 真っ直ぐ、ミュゼの顔を見据えながらセシリアは口を開く。


「ユリスが悩んでいたのを知っています。魔法が使えず、それでもと努力してきたのも知っています。ユリスが、何度も苦しんでいたのを知っています」


「……」


「だからこそ、この催しでユリスに対する印象が変わってくれるのであれば……これ以上嬉しい事はありません。ユリスが喜ぶのであれば、ユリスが馬鹿にされなくなるのであれば────私はそれを笑顔で喜びます。それが例え相手を傷つける事で評価されるのであったとしても」


 その顔には少しだけ笑顔が浮かんでいた。

 ユリスの顔を思い浮かべて、彼が喜ぶ姿を想像して、セシリアは笑顔になる。


「このような事を言ってしまえば、聖女失格かもしれませんね。私は、真っ直ぐあろうとしても、結局はユリス中心に考えてしまうのですから」


 だが、それでもすぐにセシリアの表情は自嘲気味なものに変わってしまった。

 争い事を肯定し、一人の人間を中心に考えているこの気持ちは、聖女として間違いなのだと。


 その表情を見て、ミュゼは優しく声を投げかける。


「女神に遣え、崇められる聖女────じゃが、それでも一人の人間じゃ」


 そして、ユリスがセシリアにしたように、ミュゼはつま先で立ちながら、頑張ってその頭を撫でる。


「別に、そのような気持ちじゃとしても問題なかろう。少なくとも、妾の中では一番の答えじゃよ」


「そう……ですか……。それはすごく、嬉しいですね」


 セシリアは嬉しそうに、その口元を綻ばせる。


「くくっ……こんな老いぼれに褒められたところで、そこまで嬉しいもんじゃなかろうに」


「いえ……ユリスの大切な人からのお言葉ですから」


 ユリスから、ミュゼが大切な人だと聞いた。

 自分が力を持ち合わせていない時に、魔術ではない戦う為のすべをミュゼから教えてもらったと。


 だからこその恩人であり師匠。

 ユリスの、数少ない────かけがえのない存在。


 セシリアは、そんなユリスを大切に思っている人からの言葉が嬉しかった。

 ユリスに……ユリスに認められた人に認められたような気がして。


(温かいです……)


 その手の温もりは、何処となくユリスと似ているなと、セシリアは感じる。



 それから少しの間、誰の目にも止まることなく、二人は少しばかりのわいのない会話をして過ごしたのであった。

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