アナスタシアの敵対者
「……で、私が大人しくついて行くと思ってるのかしら?」
ユリスがミラー公爵家の家を後にした同刻。
アナスタシアは客室で手を差し伸べる金髪の青年に向かって睨みを飛ばしていた。
「いやいや、正直な話をすれば今のあなたでは同行してもらえるとは思っていませんよ。俗に言う体裁っていうものです」
そんなアナスタシアの眼光を前にして、金髪の青年は飄々とした態度で肩を竦める。
「無理矢理……という選択肢もあるのですが────どうにも僕は争い事が好きじゃない。できれば穏便に、そう思っています」
「……その割にはリチャード様を殺めてるみたいだけれど、そこはどう思っているのかしら?」
「必要な犠牲というものは、世につきものですよ」
そして、悪びれもなく青年はアナスタシアの正面のソファーへと腰を下ろす。
その様子は争う気を感じられない。見るからに隙だらけだと、アナスタシアは思った。
「まずはお互いの疑問をなくしておきましょう────どうぞご質問を、紅蓮の花嫁殿」
疑問────と言われれば、挙げればきりがないほどある。
だけど、まずはとアナスタシアは口を開いた。
「……あなた達は一体何者?」
「最もな疑問だね。と言っても、その返答には一言では答えられなさそうだ」
「……いいから答えなさい。どうせ、目の前にいるあなたは私が知っている生徒会長としてのあなたではないのでしょう?」
飄々とした態度に苛立ちを覚えるアナスタシア。
だが、それでも行動に移らないあたり、冷静である事は忘れていないようだ。
「いいえ、僕はあなたの知る生徒会長で間違いはありませんよ。ただ、両方の側面を持っているというだけでして」
エリオット・ヘヴィス。
王立魔法学園で生徒会長を務める男。平民にして実力主義なこの学園で実力を知らしめ、その地位に座った存在────それが、アナスタシアの知る目の前の男の情報だ。
だが、その消息は舞踏祭の一件以降途絶えていた。
魔族に攫われた────なんて話も挙がっていたが、こうして健在な姿を見せているという事は……元より、こっち側の存在ではないという事なのだろう。
「改めて、僕はエリオット・ヘヴィス────四魔将の一席を担っている」
声音は敬意を失くし、鋭い眼光でそう口にした。
纏う雰囲気は先程とは打って変わり、思わず息を呑んでしまう程の威圧感を醸し出している。
四魔将────先の一件でザガル国を襲撃した際に現れた魔族のトップ陣。
その存在は今の勇者を圧倒するほどの実力を誇っている。
そんな存在だと知り、アナスタシアは少しだけの冷や汗が流れる。
それでも表情一つ崩さないのは、彼女の心が強い証だろう。
「それなら、後ろの二人も魔族なのかしら?」
「いや、後ろの二人は列記とした人間だよ────もちろん、普通の人間ではないけどね」
そして、長い茶髪の少女がアナスタシアの近くに駆け寄って、明るい声で両手を差し出してきた。
「はいは〜い! 私は邪教徒、厄愛が神官────『溺愛』のアンネだよ〜!」
「同じく厄愛が神官────『欲愛』のリンネよ」
『邪教徒』。その言葉に、アナスタシアの眉間に皺が寄る。
邪教徒は人に害を与えてしまう存在を信仰対象とし、常軌を逸っする考えを持ち混乱に貶める存在として知られている。
そして、以前演習の際にティナとセシリアを襲った犯人が邪教徒ではなかったか? アナスタシアはそれを思い出す。
「僕は彼女達の手伝いをしているに過ぎなくてね……本来は違う立場の存在さ」
「そうだよね〜! 私、エリオットくんと同じ存在って言われたら吐き気がするんだよ! だって愛がないもん! 愛がないんだよ!」
「えぇ、エリオットには愛がないわ。消えてちょうだい」
「ははっ! 相変わらずキツい事を言うなぁ君達は!」
どうやらこの三人の仲は悪いらしい。
それでもこの三人からは緊張した雰囲気の何も感じさせない。それが返って余裕を醸し出しているようで余計にアナスタシアは腹が立った。
「それで、他に質問はありますか紅蓮の花嫁殿。僕に答えれる事は何でも答えますよ」
アナスタシアの苛立ちを無視して、エリオットは悠々と言葉を投げかける。
足を組み、手のひら広げるその姿は本当に隙だらけだ。
(相手は魔族のトップ。邪教徒が二人……)
相対するには不利。相手の実力も未知数。
だが、ここでついて行ってはいけない存在だと分かる。同時に、ここで野放しにしてはいけない相手だとも。
(ここでユリスを呼ぶ選択肢は……ないわ)
アナスタシアはポケットに入った小さな水晶を握る。
ここで砕けば間違いなくユリスは駆けつけてくれるだろう。
だけど、ここで呼んでしまえば────自分がユリスを突き放した意味がない。
何の為にユリスを突き放したのか────それは、セシリアとユリスに危険な目に合わせたくなかったからなのではないか?
(私が守る────そう約束したのだから)
であれば、己がするべき行動は一つ────
「おや? 目的も聞かなくてよろしいのですか? 同行してもらう為、僕はしっかりとお答えするつもりですが────」
ダンッ! と。
エリオットが言葉を続けている最中、アナスタシアは思いっきり立ち上がり腰に携えた細剣をエリオットの喉目掛けて突き出した。
しかし────
「もちろん、それも掌握してたよ」
剣の切っ先がエリオットの喉に突き刺さる寸前、エリオットの手が細剣の等身を握り止めていた。
防がれた。しかし────
「敵襲ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
大声を上げ、テーブルを蹴り上げてエリオットの視界を塞ぐ。
細剣は手首を捻る事でエリオットの手から離れ、すぐ様後ろに下がり距離をとる。
アナスタシアの声は屋敷中に響き渡った。
それを聞いた屋敷の警備兵らしき足音が徐々に客間に押し寄せてくる。
素早くその対応の速さは流石の一言だ。
「掌握していたとはいえ、やっぱりこうなったか……僕としては穏便に済ませたかったんだけど……」
そんな足音が聞こえているにも関わらず、エリオットの態度は変わらない。
「じゃあ、これからは皆に愛をあげるお時間だね! 溺愛だよ! 溺愛をあげるんだよ!」
「始めからこうするべきだと言ったわ。仕方ないから欲愛を見せてあげる」
「好きにするといいよ。どうせ、もう話は聞いてもらえなさそうだしね」
そう言って、エリオットはアナスタシアを見る。
細剣を構え、一戦交えると言わんばかりに警戒していた。
「やれやれ……なら、実力行使だ。君には、有無を言わさずついてきてもらうよ」
「ふん……やれるもんならやってみなさい」
ユリスの不在。
屋敷で、アナスタシアが剣を向ける。
だが、エリオットは不敵な笑みを浮かべた。
「彼がいない現状、君達のその行為が無謀だという事を……どうやら分かっていないようだね」
その瞬間、屋敷に激しい轟音が鳴り響いた。
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