久しぶり
ミュゼと別れたユリスは、足早に己のクラスであるSクラスへと向かった。
足どりが早いのは、久しぶりに会う友人達に会いたいから。泣き痕が残っていないか少し不安ではあったものの、それでも鏡を確認しようという気は起こらなかった。
(本当に、会うのって久しぶりだよなぁ……)
一ヶ月ほどの帰省であるつもりが、なんやかんやで二ヶ月以上も経ってしまった。
ミラベル達からはちょくちょく手紙が送られてきたことはあったものの、実際に顔を合わすのは本当に久しぶりなのだ。
少しばかりの緊張を覚え、ユリスはSクラスの前まで辿り着く。
そして、ゆっくりとその扉を開いた────
「うぁぁぁぁぁぁん!!! アナスタシアぢぁぁぁぁぁぁんっ!!!」
「ちょ!? ちょっとやめてよ、ミラベル!」
……視界に入ったのは、サラリとした金髪を乱し、その瞳に涙を浮かばせながらアナスタシアに抱きつく、耳の長い少女の姿であった。
「……何があったってばよ?」
教室に入るなり、ユリスは固まってしまう。
それは、言わずもがな。原因は紛れもなく目の前の光景である。
辺りを見渡してみれば、全員が全員……その光景を見て固まってしまっている。アナスタシアに駆け寄りたい生徒もいるのだろうが、その光景が足を進めることを許さない。
「あ、ユリスっ! 戻ってきたんですね!」
固まるユリスを発見したセシリアがトテトテと近づいてくる。
その流れで、ごく自然にユリスの胸に飛び込んだ。
「えーっと……どういう状況、これ?」
セシリアとアナスタシアには先に行くようには促した。
きっと、久しぶりに会った友人達に挨拶を交わしているのだろうというのは、何となく想像していた。
だが、これは予想外だ。想像しているものと違うと、ユリスは目をパチクリさせる。
「ふふっ、ミラベル様は意外と心配性でいい子だったってことですよ」
そんな疑問を抱いていると、横から声をかけられる。
肩口まで切り揃えた銀髪を靡かせ、少しだけおかしそうに笑う少女。その立ち振る舞いには気品を感じてしまう。
「お久しぶりです、ユリス様」
「おう、久しぶりだな────ティナ」
ユリスの友人────この国の王族であるティナ・ラピスリーは、ユリスの言葉に対して軽く頭を下げる。
「んで、この状況は何? ミラベルに困らせられているアナって初めて見るんだけど?」
「えぇ、簡単に言ってしまえば『アナスタシア様の境遇に同情してしまった』といったところでしょうか?」
「同情なんて、アナが嫌いそうな言葉なんだけどなぁ……」
ユリスの知るアナスタシア・ミラーは同情を嫌う。
憐れむことも、気を遣われることも、境遇に可哀想だと思われることを、彼女はよしとしない。
それは、『自分は同情されるほどの境遇には立っていない』と思っているからだ。
自分より不幸な人間は沢山いる。それに比べたら自分はマシだ。
そんな目を向けるなら、他の人間に施しを与えてやれと、根っからそう思うタイプ。
ある意味まっすぐな少女なのだ。
だけど、今のアナスタシアを見ていると、心底の不快な色が見えない。
単純に、どうすればいいか困っているような姿に映った。
「ですが、ミラベル様が『可哀想』と口にしていません。同情した気持ちはありますが、同情を向けたくない。しかし、溢れ出る感情が抑えきれず────ただ涙しているだけなのでしょう」
「なるほどねぇ……だから、アナがたじろいでるだけなのか」
ユリスとティナは視線を戻す。
「わだじ、頑張るがらぁぁぁぁぁっ!!! あどで、いっじょにご飯食べよぉねぇぇぇぇぇっ!!!」
「分かった! 分かったわよ! だからもう泣き止みなさい、ミラベル!」
アナスタシアがついにしがみついているエルフの少女────ミラベルを剥がすことに成功する。
そして、ズカズカとユリスの前まで血相を変えた状態で近づいてきた。
「ユリス……見ていたのなら助けなさいよ……っ!」
「いやいやいや、せっかく友人が心配してくれてんだ。俺が水をさせるかっつーの」
「ティナぐらいの心配でよかったのよ私は!」
「すまん、俺はティナがどれぐらいの心配をしていたか見てないんだ」
見ていても、止める気はサラサラなかったが、と。
ユリスは婚約者を内心で呆気なく見捨てる。
「まぁまぁ、アナスタシア! ミラベルも悪気があったわけじゃねぇんだ! そんなに怒らないでやってくれよ!」
すると、今度はアナスタシアの背後からそんな野太い男の声が聞こえてきた。
視線をズラせば、そこには泣き崩れていたミラベルに布巾を貸しているガタイのいい男の姿があった。
「……別に怒ってないわよ」
「そうだぞ、リカード。アナは嬉しいけど、どう対応していいか分からなかっただけなんだ。一種の照れ隠しってやつだ」
「ちょ……!?」
「おー! そうだったのか! これ失礼したぜ!」
ガッハッハッ! と豪快に笑う男────リカード・ラキスタン。
その姿を見て、アナスタシアの顔が一気に髪色と同じぐらいまで染まってしまった。
あながち、ユリスの言葉も間違っていなかったようだ。
「ひっぐ……ごめんねぇ、アナスタシアちゃん……」
そして、ミラベルもが未だ収まらない涙を浮かべながら近づいてくる。
どうやら、抑えきれないほどの感情だけはどうにか落ち着けたようだ。
「はぁ……別に気にしてないわよ。それと……ありがと」
アナスタシアが優しい目でミラベルの頭を撫でる。
アナスタシアとて、ミラベルが心配してくれていたというのは伝わっている。本当に、嫌がっているわけではないのだ。
「何があったか────っていうのは全部聞いたぜ。それでも、まずは……久しぶりだな、ユリス」
「久しぶり……ユリスぐん……」
「……おう、久しぶり。二人とも」
久しぶり。その言葉を向けられただけで、言いようのない感情が胸に湧き上がってくる。
これまで、多くの出来事があった。ミュゼに、溜め込んだものも吐き出してきた。
だけど、友人達に迎えられる────その言葉だけでも、掬われたような気分になってしまう。
「ふふっ、よかったですねユリス」
そんなユリスの感情の変化を感じたセシリアが、胸の中で優しく微笑んだ。
その笑顔を見て、思わず頭を撫でるユリス。
「久しぶりに、皆揃ったな」
たった二ヶ月。されど二ヶ月。
今まで一緒にいた面子が揃ったことに、ユリスは改めて嬉しさが込み上げてきたのであった。
そんな時────
「失礼いたします」
不意に、ユリスの後ろの教室の扉が開いた。
振り向けば、滲みのない黒髪をショートにしている、愛嬌のある顔立ちの少女。
立ち振る舞いは気品ではなく、丁寧な所作を感じる。
その少女の姿に、どこか見覚えを感じるユリス。
(あ、そういえば入学試験で見た……)
思い出し、ユリスは視線をアナスタシアに向ける。
すると、アナスタシアは気まずそうに少女を見据えた。
「ひ、久しぶりね……ミリー」
「えぇ……お久しぶりでございます。アナスタシア様」
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