邪教徒

「本日、千種せんじゅの森へと向かう」


 朝一番、ユリス達が教室に向かうと、全員が揃ったことを確認したカエサルが第一声に言った。


「千種の森とは、学園が管理している敷地外にある森のことだ。えー、そこではお前達の実習訓練と言う事で、今日の授業はこれにする」


 説明するのがめんどくさいのか、カエサルは頭をかきながら最小限の説明をした。

 行くーーーーこれだけしか分からない。


「あのー、私達は何をすればよろしいのでしょうか?」


 疑問に思ったセシリアが手を上げて口にする。

 当然、クラスの大半は同じ疑問を抱いているだろう。


「あー……お前達はここ最近毎日基礎訓練をしてるだろ? そろそろ実践的な訓練も必要だと思ったからなーーーーだからお前達には、この森に棲まう魔獣を討伐してもらおうと思っている」


 魔獣とは、魔族が産み出したとされる魔力をもった生き物である。

 酷く狂暴で、己の飢餓と欲を満たすために本能のまま動く害獣ーーーー故に、魔法士であろうが、騎士であろうが、冒険者であろうが関係があり、常に討伐する対象となっているのだ。


 ここにいる者は才があるだけの若者であり、実践経験があるものは殆どいないだろう。

 確かに、将来の事を考えると経験は積んだ方がいいのかもしれない。


「今回は4人一組のパーティーで行うからな。メンバーは俺の一存で決めさせてもらった」


 そう言って、カエサルは黒板に大きく名前を連ねていく。

 少しの時間を置いて、セシリアは己の名前を見つけた。


「あ……ユリスと一緒ではありません……」


「ほんとだなー」


 ユリスの隣に座るセシリアがしょぼくれる。

 とりあえず、ユリスはセシリアの頭を撫でてあげた。これがセシリアを慰める手段として有効的だということは、ユリスの経験則から理解している。


 その手段が正しかったのか、セシリアは「えへへ……」と顔をふにゃけさせて元気になってしまった。


(まぁ、一緒になれなかったのはちと寂しいが……仕方ないな)


 セシリアがしょぼくれたように、今回はユリスとセシリアは同じではない。

 書き連ねた黒板を見ていると、ユリスはリカード、アナスタシア、ミラベルと同じパーティーであり、セシリアはエミリアとバーンともう一人、他の男子生徒だった。


「今回の目標は黒狼ブラックウルフの尻尾を5個。それを目標とする。途中でリタイアーーーーもしくは怪我や危険に陥ったのであれば、すぐに魔信号を打ち上げるんだぞ」


 黒狼ブラックウルフはE級の魔物である。

 E級とは、冒険初心者の人が狩るような強さの魔物であり、実力が学年トップクラスのユリス達が手こずるとは考えにくい。


 だが、それでも万が一ということもある。

 故にカエサルは少し強めの口調で皆に煙突状の魔道具を見せた。


「これから20分後に学園の門の下に集合なーーーー皆、遅れるなよー」



 ♦️♦️♦️



「ユリス様……少し、お時間よろしいですか?」


「……うへぇ」


 これから各々準備して向かうーーーーそんな時、ユリスの元にエミリアが訪れた。

 ユリスは凄く嫌そうな顔をする。思わず変な声が漏れてしまうほど。


 一国の王女に向かってなんたる態度だ、なんて言われそうだがユリスとエミリアが親しくなった証拠……そう受け取ってほしい。


「よろしいですか?」


「……うす」


 真面目に、かなりの圧を加えてきたエミリアにユリスは渋々折れてしまった。

 段々、ユリスの扱いが分かってきたエミリアである。


 仕方なく、教室を出ていくエミリアの後ろを肩を落としながら連いていくユリス。その姿に疑問に思ったセシリア達だったが、誰も声をかけようとはしなかった。


 それは、何やら大事な話なのだろうと察したからだ。

 ……ユリスとは違い人ができている。


 そして、そんなセシリア達の視線を受けたユリスはエミリアに連れていかれるまま階段の踊り場までやって来た。


「あのー……今回は一体何のようですかね? なんか、普通に嫌な予感がするんですけど?」


 ユリスの顔には取り繕うという言葉を無くした表情が浮かぶ。

 だが、それでもエミリアは表情一つ変えずに真面目に口を開いた。


「お呼びだてしてしまい申し訳ございません……どうしても、ユリス様にお伝えしなければならない話がございまして……」


 これ以上ない嫌な予感を感じるユリス。

 だが、それでも話を聞かないと終わりそうもないと理解したのか、ユリスも真面目に耳を傾けた。


「先日、お話ししました元専属騎士の件ですがーーーー」


「……あぁ、エミリアを暗殺しようとした奴だろ?」


「えぇ……その元専属騎士が言っていた言葉の調べがつきました」


『全ては邪龍の復活の為に!』ーーーー確か、そのような言葉だったはず。

 ユリスは乏しい頭を必死に掘り起こしながら思い出した。


「王国はやっと調べがついたのかーーーー邪龍……ねぇ? ヤバそうな単語だな」


「……その邪龍ですが、どうやら邪教徒が密かに信仰している存在だそうです」


 邪教徒とは、女神ーーーーアルシュナを信仰しているこの世界の基盤から外れた存在である。

 別に、アルシュナを信仰せず他の象徴的存在を信仰するのは問題ない。現にアルシュナ以外の神を信仰している者は存在している。

 例えば、ミラベルみたいなエルフは『精霊王』という森の守り神を信仰していたりする。


 といった具合で、信仰する対象は自由ーーーーそこに強制は存在していない。


 だが、それが秩序を乱すものであれば話は別だ。

 そして、そんな秩序を乱す存在を信仰しているのが『邪教徒』。それは魔族と同じ信仰対象を持つ存在の呼び名である。


「邪教徒……物騒なイカれた奴の集団かぁ……。王国も、どうしてそんな奴を専属騎士に任命したんだよ……」


「返す言葉もありません……」


 呆れるユリスに申し訳なさそうにするエミリア。

 別にエミリアに文句は言っている訳ではないのだが、どうしても愚痴ってしまいたくなる。


「……まぁ、それはいいーーーーそれで、連中の目的は分かってんのか?」


「申し訳ございません……そこまでは、分かりませんでしたーーーーただ、はっきりしていることは、『彼等は高貴な血と神聖な血を欲している』ことと『依り代を求めている』ことだけです」


「……神聖な血」


 高貴な血ーーーーというのは、きっとエミリアみたいな王族、若しくは爵位の高い人間のことだろう。それは、エミリアが暗殺されそうになった事で何となくの予想ができる。

 だが、神聖な血というのは一体なんなのだろうか? そこに疑問に思ったユリス。


「分からねぇな……神聖な血ってのもそうだが、それを集めたところで何をする気なんだ? それに、依り代ってのも気になる……話の流れ的には、邪龍とやらの復活の為に血と依り代が必要ーーーーってことなんだろうが……」


「……王国としても、そう考えてはいます。ですので、引き続きの調査ーーーー及び、元専属騎士の捜索をしていきます」


「……そうだな」


 考えていても仕方がない。

 今、自分達にできることは身の安全を考えること。後は王国の問題だ。

 子供にできることはないーーーーだからいいユリス達は話を切り上げた。


「前も話したが……危険になったらあの水晶を壊してくれ。躊躇うのは一切なしだ」


 ユリスは話が終わると、そのまま踊り場を後にする。


「ふふっ、分かりました。頼りにさせていただきますね」


 エミリアも、そんなユリスの言葉に嬉しさを覚え、笑みを浮かべながらユリスの隣を並んで歩いた。


 とりあえず、遅れる前にさっさと集合場所に向かわなければならない。

 だからユリス達は、足早にそのまま学園の門まで向かって行く。


(それにしても……神聖な血、か……)


 しかし、ユリスの頭からはその言葉だけが未だに引っ掛かってしまった。

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