強欲

 学園の敷地から外れたこの地。木々が生い茂り、木漏れ日が明るく辺りを照らしてくれる。

 学園から徒歩一時間の道のりを歩いてきたユリスは早速魔獣を狩る為に、その千種の森を歩いていた。


「今時、歩け歩け大会っておかしくない? 馬車は? 普通馬車を用意してくれるんじゃないの? っていうか、この俺に対して馬車がないのはおかしい! 師匠に言って先生の給料をカットしてやる!」


 当のカエサルには聞こえていないが、それでもユリスは天に向かって叫ぶ。

 怠惰と傲慢を極めた男にとっては、長距離の歩きは堪えたようだ。


「体力は魔法士だろうが騎士だろうが、基礎中の基礎じゃない……いちいちぶーたれてんじゃないわよ」


「そうだぜユリス! 筋肉と体力は男にとっては必須だ!」


「でも懐かしいなぁ~、こういった森の中はやっぱり落ち着くよ~!」


 そんなユリスの後ろをついて行くように、アナスタシアとリカードとミラベルが歩く。

 周囲にユリス達以外の人影は見えない————他のパーティーは時間と場所をズラして森に入っているので当然なのだが。もちろん、カエサルは信号が見える位置にて待機中である。


「まぁ、いいけどさ……セシリアが心配だなぁ……」


「過保護ねぇ」


「うっさい」


 戦闘力皆無のセシリアだ。ユリスが心配になるのも無理はない。

 それに加えて、先日突っかかってきたバーンも同じパーティーだと聞いた————ユリスが不安に思うのも仕方ないのかもしれない。


「まぁ、でも大丈夫じゃねぇか? エミリアってユリスの次ぐれぇに強いだろ?」


 事実、エミリアは魔法に置いても戦闘力に置いても強い。

 王女はか弱いイメージがあったのだが、これが意外にも違ったようなのだ。


 実技ではユリスの次に成績を収め、圧倒的な魔力量で他者を蹴散らす……そんな魔法士。

 その実力はアナスタシア達を凌ぎ、そこいらの輩には遅れは取らないだろう。


「……まぁ、そうなんだが」


 それでもユリスは心配そうに彼方を向く。


「そう言えば、ずっと気になってたんだけど……ユリスくんとセシリアちゃんってどうやって知り合ったの?」


 そんなやり取りをしながら探索していると、ミラベルがふとした疑問を口にする。


「あー、それ私も気になるわね」


「俺もだ!」


 二人も同調するかのように先を歩くユリスに尋ねる。


「別に、そんな面白くも劇的でもねぇんだが……」


 顔を合わせず、ユリスは昔を思い出しつつも淡々と告げた。


「あいつが布教の旅に出かけてた時に出会っただけだよ。それで、どうしてかセシリアがうちから帰ってくれなくて————まぁ、今に至るって感じだな」


「ふぅん……」


「そうなんだ~」


 ユリスは盗賊に襲われていたという部分をぼかす。きっと、ここで口にしても空気を悪くするだけだし、セシリア自身があの時の事をよく思っていなかったから————それ故の配慮であった。


「本当に、どうして帰ってくれないのかねぇ……」


 守りたい者であっても、セシリアは癒しに特化した聖女————自身に強さなどなく、ユリスだけで守るにはいつか限界が訪れる。

 であれば、屈強な騎士と護衛の元で守られた方が安全————だからこそ、早く帰って欲しい……なんてユリスは思ってしまう。


(だけど、近くにいる限りはその手は離さねぇ……)


 そんな時であった————


『グルルルッ!』


 目の前の草陰から、そんな唸り声が聞こえてきた。

 黒く汚れた体毛に、飢えたような涎を垂れ流す獰猛な口からは鋭そうな牙が見える狼。


黒狼ブラックウルフだぜ……」


 リカード達は黒狼ブラックウルフの姿を視界に入れるや、すぐさまそれぞれ構え始めた。

 次々と姿を現す黒狼ブラックウルフの姿は7匹。基本的に単独で行動する黒狼ブラックウルフとしては珍しい。


 警戒心を強めるリカード達。命のやり取りでは決して油断してはならない————例え、それが弱くても、だ。

 だが————


「なぁなぁミラベル? 黒狼ブラックウルフの毛皮って意外といい値段で売れたよな?」


「えっ……!? う、うん……」


 一人、一切の警戒も見せないユリスの言葉にミラベルは驚きながらも答える。

 黒狼ブラックウルフは決して強くないものの、その毛皮は色々な武器と防具に使われる為、そこそこの値段で取引されていたりするのだ。


 それを聞いたユリスは一人薄っすらと嗤う。


「確かカエサル先生は尻尾だけを持ってこいって言った……つまり、他の部位は好きにしてもいいという事————だったら、それを俺が貰って売りに出す……そしたら、娼館に通う金が作れる……うん、作れる!!!」


 一人、顎に当ててブツブツと呟くユリス。

 それが上手く聞き取れなかったミラベル達はただただユリスの行動に疑問と心配を

 覚えてしまう。


「欲しいなぁ……欲しい、本当に欲しい……金が、素材が、お前達の全てが、欲しいなぁ————欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい」


 唸り始めたユリスにミラベル達は驚く。

 いきなりの豹変ぶりに、欲を振りまくユリスの姿に。ミラベル達の注目は、今や黒狼ブラックウルフではなく、前に佇むユリスに集まってしまった。


『グルルルッ!』


 黒狼ブラックウルフの群れがジリジリと距離を縮めてくる。己の飢餓を満たすために暴食と言う欲をユリス達に向けようとしている。


 だが、そんな相手に臆することなくユリスは告げる。


「あぁ……俺はお前達の全てが欲しい。己の欲を満たすために、その全てを欲する————」


 そして————



「この場にいる黒狼ブラックウルフの四肢を動かす————そのを頂く」



 目の前の黒狼ブラックウルフが一瞬にして地面に崩れ落ちた。



 ♦♦♦



「ふっふっふー! これで黒狼ブラックウルフは俺のもんだ~い!」


 ユリスは崩れ落ちる黒狼ブラックウルフを確認すると、嬉々とした表情で黒狼ブラックウルフに向かって行く。

 そして、次々と無抵抗な黒狼ブラックウルフの首筋に剣を当て、その命を奪っていった。


 絵面としては狂気。その姿と目の前に起こった光景が未だに理解できないのか、ミラベル達はその場で口を開けて佇むばかりであった。


 しかし、それでもユリスは着々とその黒狼ブラックウルフの命を刈り取っていく。


 現実に戻ったアナスタシアが代表して口を開いた。


「あ、あなた……一体何したのよ?」


「ん?」


 その声に反応したのか、ユリスは剣を動かす手を止めアナスタシアに向き直る。


「何って……こいつらの四肢を動かすを貰っただけだが?」


 平然と答えるユリス。だが、アナスタシアはそれでも理解できなかった。


「俺の強欲アヴァリティア————それはを徴収する大罪の魔術。呼吸をすることにしろ、金を使うことにしろ、その思考を回すことにしろ……そこに権利は必ず存在し、その権利を俺が強欲の名のままに貰い受ける————そんな魔術だよ」


 ユリスの強欲アヴァリティア

 強欲の名を冠した魔術はあらゆる物の権利を徴収する魔術だ。


 権利という物は意識していないだけで自分や他人の手元に付きまとっているのだが、それは決して自由にできない不可侵の与えられた物。

 だが、ユリスはその権利を徴収することができる————そして、その権利を返還することも可能。

 それが強欲アヴァリティア……ユリスの物欲を我が物にする魔術なのだ。


「そ、それって私達にも使えちゃうの?」


 恐る恐ると言った感じでミラベルが尋ねる。


「……まぁ、出来なくはない。ただ、使えたとしてもこいつらに使ったみたいなことはできないよ。……それは、俺の強欲アヴァリティアが相手の意識に干渉する魔術だからだ」


「意識……?」


「そう。権利とは自分の意識の中で行使するものだ……故に、この強欲アヴァリティアは意識に介入して徴収することができない————つまり、相手が俺の強欲アヴァリティアに抵抗したら使えないってわけだ」


 だからこそ、ユリスはこの強欲アヴァリティアを魔獣などの意識を持たない生き物にしか使わない。

 広範囲、視界に収める者全てに影響を与える事ができる強欲アヴァリティアだが、その徴収を拒否されてしまえば権利を貰う事も出来ない。


 その点、魔獣には意識と呼べるものはなく、権利を頂き放題————今回の黒狼ブラックウルフのように、だ。


(まぁ、例外はあるにはあるんだけど……それを言っても意味がないしなぁ……)


 拒めばユリスの強欲アヴァリティアは発動しない。

 でも、逆に言えば


 だが、それはこの場では口にしない。


「それを聞いて安心したわ……でないと、恐ろしくて仕方ないもの」


「そ、そうだな……少し身震いがしたぜ……」


 ユリスの言葉にホッと胸を撫で下ろすアナスタシア達。

 それを見て、ユリスは肩を竦める。


「俺は確かに欲にまみれた奴だけど、そこまで極悪非道じゃねぇよ……それが例え強欲を満たせなくても、な」


 こうして、ユリス達のパーティーは開始早々にノルマを達成した。














































「さぁ、お楽しみの始まりだ……!!!」


 陰りに一人の邪教徒。

 にひるな笑みは茂みに溶け込んだ。

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