エミリア・ラピズリー
ユリス達の元に現れたのは、第3王女であるエミリア・ラピズリー。
この国の民であれば誰もが見知るその顔。だからユリス達はその場に反射的に膝をついた。
食堂も一斉に静まりかえる。
先程の注目はより一層のものとなった。
「顔を上げてください……ここでは、私もただの生徒です」
「……かしこまりました」
代表してアナスタシアが声を発すると同時に、ユリス達は顔を上げた。
こうして即座に頭を下げたのは、この国に対する忠誠心故かは分からない。
「それで……何を騒いでいたのですか? ここは皆が使う食堂ですーーーー何か理由でもあるのですか?」
「いえ……」
アナスタシアが言葉に言い淀む。
ここで素直にバーンが無理にここにいる面子と食事をするな、なんて王女たる彼女に言っていいものかと思ったのだ。
王女である彼女に、そんな些細な理由で迷惑をかけるわけにはいかない。
しかし、当の本人は違ったーーーー
「俺の婚約者であるアナスタシアと聖女が田舎者の亜人と無能と一緒に食事をしていたので、この俺と一緒に食事をするように誘っていただけです!」
(おぉう……言いよった……)
ユリスはあまりのバーンの物言いに、先程まで募っていた苛立ちが一瞬にして冷める。
あまりにも馬鹿すぎる。国の重鎮ーーーーそれも、王女に和平を結んだエルフを貶し、更には面子がダメだから俺と食べろと不遜に言っているのだ。
貴族としての品格を下げる甚だしい行為である。
(まぁ、それ関係なくこいつはぜってぇに許さねぇけどな……)
大罪の名を冠する魔術師として、憤怒はおいそれと収まるものではなかった。
「(……なぁ、バーン様って阿呆なのか? エミリア様に向かって堂々と言い放ったぞ?)」
「(言うなリカード……俺も、阿呆過ぎて熱が下がってしまった)」
「(あそこまで行くと、逆に尊敬するぜ……)」
ユリスとリカードが小声でヒソヒソと話す。
愚行ここに極まりなその姿は、逆にリカードを尊敬させてしまったようだ。
「はぁ……」
エミリアはあからさまな大きなため息を吐く。
その姿に、バーンは眉を潜めてしまった。
「……あなたにはガッカリです」
「……は?」
「田舎者の亜人など……言動を慎みなさい。その発言は、和平を崩す恐れのあるものですーーーーそれを、公爵家の人間であるあなたが発言したとなれば大問題です」
公爵家は王族に続く爵位の持ち主だ。
それ故、発言権もこの国では高く、その意味合いも大きくなってくる。
確かに、和平を結んだとはいえエルフに対する種族差別は存在する。
だが、それでも国としては互いに共存を目指すために協力し合うと約束したのだーーーーそれにヒビを与えるとなれば、国としても威信も砕け、損が出てしまうだろう。
「それに、あなたに何の権利があって誘っているのかが分かりません。どうして、アナスタシア様と聖女様がこの者達と食事をしてはいけないのですか?」
「だ、だから無能とエルフと一緒に食べていたからで……」
「別によいではありませんか、アナスタシア様が誰と一緒に食べようが……外であれば無能云々関係なく、公爵としてそれ相応の相手を考えなければいけませんが、ここは貴族平民関係ない学園ですーーーーそれを知らないわけがありませんよね?」
「うっ……!」
エミリアの言葉に、バーンは言葉に詰まる。
王女である彼女にここまでまくし立てられてしまえば、いくら増長したバーンでも反論ができないであろう。
「正直な話をしますが、あなたの会話は先程から聞こえていましたーーーー流石に、目に余ります」
バーンの顔色が青くなる。当然、取り巻きの二人も同じようなものになった。
「この件はユグノー公爵にお伝えしておきます。学園で共に高みを目指す同士に対するその暴言ーーーー分をわきまえなさい!」
王女の恫喝。
それはひどく珍しいもので、悲しいことにあってはならないものだ。
だからこそ、それを受けたバーンの立場は一気に悪くなる。
彼の行いで、王女を敵に回してしまったのだーーーーもしかしたら、ユグノー公爵の立場も悪くなってしまったのかもしれない。
「……クソッ!」
バーンは最後に悪態を吐いて、苛立ち気にその場から早足で立ち去ってしまった。
その取り巻きも、気まずそうに肩を縮こませながら後に続いて去っていく。
王女に向かって何て事を言うんだと言いたくもあるが、場の空気がそれを許さなかった。
エミリアはバーンの後ろ姿を見ることなく、ため息を吐きミラベルの近くに寄った。
「この度は、我が国の貴族が大変無礼を働きました……申し訳ございません」
「い、いえっ! 私は気にしておりませんので!」
一国の王女が謝った事に驚くミラベル。
小心者で世界が狭い彼女にとっては酷く気まずいものだった。
「(……なぁ、俺には謝ってくれないのかな? 俺だって貶されたよ?)」
「(あなたは黙っていなさい。それに、言われ慣れてるでしょ?)」
「(そういう問題じゃないんだがなぁ……)」
まぁ、エルフであるミラベルとは違いユリスはこの国の国民でもあるわけで、立場が下なユリスに頭を下げるわけもないのだが。
それでも図々しく本人ではないエミリアに謝罪を求めるとは、些か傲慢である。
「……彼は公爵と言う身分の中で増長してしまった部分があります。今後、この国を担う者として、しかるべき教育をいたします」
「(増長ってレベルだと思うか?)」
「(いや、あれは増長の域を越えてるんじゃねぇか?)」
「(しぃーっ! お二人とも、王女様が喋っている時はしぃーっですよ!)」
どうやら、ユリスは茶々を入れないと収まらないたちらしい。
「……いえ、私達はそれほど気にしておりませんので、エミリア王女が気にされるような事ではございません」
「(いや、俺すっげぇ気にしてるんだけど? ミラベルとセシリアがあんなこと言われたら普通に気にするんだけど? 俺、今普通に怒ってますけど?)」
「(ユ、ユリスくん……嬉しいけど、そろそろ静かにしよ? 今、絶対に喋っちゃいけない場面だから)」
王女を前にして小声で口を挟むユリスは確かに失礼だ。
空気が読めない男とは、正にユリスの事である。
「そうですか……分かりました。でしたら、私もこれ以上は言いません」
エミリアは物言いたそうにするが、やがて納得したように口を閉ざした。
「(言いませんって言いながら、今まで結構喋ってたよね? もうそろそろ昼食も終わるし、あまり大事にしないでほしかったーーーー)」
「いい加減に黙りなさい」
「(ついでに俺のこめかみを強く握らないで欲しいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?)」
ユリスの小声の絶叫が響き渡る。
口を閉ざさないユリスにアナスタシアが苛立って、こめかみを掴んでしまうのも仕方がないのかもしれない。
その姿を見ていたセシリアとミラベルは助けを出そうとはしない。完全にユリスが悪いからである。
だが、リカードだけは口許を押さえて笑いを堪えていた。
「ふふっ、仲がよろしいのですね」
その光景を見ていたエミリアが楽しそうに、羨ましそうに笑う。
確かに、公爵家の人間と子爵家の人間がするような行動ではないので、確かに気のおけない関係ではあるのかもしれない。
「あの……ユリス・アンダーブルク様」
ユリスが絶賛アナスタシアにシバかれている中、おずおずとエミリアがユリスに話しかける。
「急な話で申し訳ないのですが、本日……どこかでお時間をいただけないでしょうか?」
エミリアのそのお願いは、残念ながら身体強化の魔法を使われたユリスには、激痛で上手く聞き取れなかった。
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