愛しています
「少しは落ち着いたかねセシリアさん?」
「……はい、落ち着きました」
熱い紅茶を一口啜り、セシリアはふーっと息を吐く。
硬い木製の椅子が少しだけ座り心地が悪いのだが、それでも簡素なこの空間が意外と不快感を与えず安心感を運んでくれた。
正面、テーブルを挟んで座るのはユリス。
お湯を沸かすポットと少しの茶葉を片付け、自分も同じように腰を据えていた。
「師匠が残しといてくれて良かったわ……もしかして、師匠ってたまにここに来てたりする?」
「案外そうかもしれませんね。でないと、寝具なんて置いてませんよ」
「確かに、師匠は全部片付けて帰ったはずだしなぁ……そういう事も考えれるか」
ずずーっと。二人は息が合ったように紅茶を啜る。
気温はそこまで低い訳でもないのだが、それでも何処か温まってしまう。本音を言えば、このまま眠ってしまいたいものだとユリスは思った。
「セシリア、一緒に寝るか?」
「そうですね……少しおねんねするのもいいですね」
「じゃあ、俺体洗ってくるわ」
「そういう意味ではありませんよ!?」
プロポーズに成功した男女が寝るといえばそうじゃないのか? 色欲に忠実なユリスは素で疑問に思った。
そんな色欲のお誘いを顔を赤くして断ったセシリアは小さな咳払いを一つして、おずおずとユリスに尋ねた。
「あの……ユリス」
「なんじゃい、セシリアさんや」
「私達……け、結婚……したんですよね?」
「してないぞ」
「してないんですか!?」
驚くセシリア。
ユリスは「いや、普通に考えて……」と頬を引き攣らせる。
「こらこら教会関係者。あなたさんだったらどうやって結婚するかってちゃんと教わらなかったのかよ?」
「あ……」
セシリアが何か思い出したかのようにハッとする。
「結婚するには教会に申告しに行かないとな。そこから式を挙げるかどうかは置いといて……とりあえず、籍を入れるなら先に申請だ。今の俺達は、まだ婚約者止まりだよ」
この国────いや、ほとんどの国では婚約の後、結婚するには教会に赴き申請をしないといけない。
いつ、誰が、誰とを女神に申告し、女神の寵愛をこれからは二人で受けますと挨拶をするのだ。
そうして正式に結婚した────籍を入れたという事になる。
「では今すぐに行きましょう! 教皇様に言えばすぐにやってくれます!」
「わぁ、すっごいやる気」
さっきの恥じらいは何処に行ったと、ユリスは苦笑いする。
「さっきまでとえらい違いようだな……」
「だ、だって……私、ずっとユリスと結婚……したいと思ってましたから……」
「〜〜〜〜ッ!?」
少しだけ恥じらいを見せ、上目遣いでそう言うセシリアにユリスは言葉が出なかった。
想いが叶って、その相手から嬉しいという反応をもらった……その事が、とてつもなく嬉しかったのだ。
「やっばい……俺の嫁が可愛すぎる……」
「そ、そうでしゅか……! その……ユリスも、かっこいいです……よ?」
「ありがとう……っ!」
恥じらいながらも口にしてくれる。
これが想いを遂げた結果なのかと……ユリスは幸福感を抱いた。
ユリスがそんな嫁に悶えていると、セシリアは大きな深呼吸を一つしてユリスに向かって口を開いた。
「……私は、ユリスの事を愛しています」
「……俺を悶え死させるおつもりなのかねこの子は」
「いえっ、そんなつもりはありませんよ!? た、ただ────」
一つ一つの言葉を紡ぐ度、顔を赤くするセシリア。
「ユリスが愛しているって言ってくれたのに……私だけ言わないのは嫌ですから……私もちゃんと言っておきたかったので……」
「律儀」
「言葉にしないとユリスが不安に思ってしまうかもしれませんでしたから……私は、ユリスに言われて嬉しかったですし……安心しました」
言葉にしないと伝わらない事など多々ある。
態度や行動だけで理解できるというのは綺麗事で、確証や確信が欲しいと思ってしまうのは人として当たり前の感情だ。
事実、セシリア自身もそう思っていた。
不意にキスをされ、自分の事を好きなのでは? という思いも抱いていたが、やはり言葉にされないと間違いなのでは? 別の意味があったのでは? という疑問も同時に抱いてしまった。
それがもどかしくて、少しばかり苦しくて────そんな気持ちをユリスに抱いて欲しくなかったからこそ、自分もきちんと言葉にしようと思ったのだ。
(……本当に、律儀。怠惰の欠片もありゃしねぇ)
言葉など、少し前に「結婚したい」と頂いたばかりだと言うのに、それでも口にしてくれたセシリアにそう思ってしまったユリス。
だが────
「ありがとうなセシリア。俺、お前にそう言ってもらえて……すっげぇ幸せだ」
「私も……ユリスに愛していると言われて嬉しいです」
静寂の空気に、二人の笑みが漂う。
気持ち良い沈黙というのは、正しくこの事なのだろう。
そうして、セシリアとユリスは無言の空気の中、ゆっくりとした時間を過ごす。
しかし、その沈黙をセシリアが破った。
「それで……ユリスはお師匠さんの件はどう思っているのですか?」
「……まぁ、当然の話題だよな」
「もちろんです! 私は、ユリスのお嫁さんですからね!」
むふん、と鼻息を荒くして胸を張るセシリア。
それが可愛らしいと思ってしまったが、そんな惚けている話ではないと、ニヤけそうな顔を引き締めた。
「ぶっちゃけ、俺は師匠の事を好きかどうかも分からねぇ……情けない話だが、師匠を一度もそんな目で見た事がなかった」
ミュゼという存在は間違いなくユリスにとって大切な存在だ。
けれど、それが異性としてと言われれば首を傾げてしまうし、今までは師弟という関係で過ごしてきた。
だが────
「けど、一緒にいたいとは思ってるんだ。離れたくないし、師匠が困ってるなら助けてあげたい……その差し伸べる手は俺じゃないと嫌だ……なんて傲慢な事も思ってしまっている」
ずっと側にいたのは自分なのだ。
一番の存在は己だと自負し、そこに誰かが割って入るなんて事は不快だと、独占欲という強欲がユリスの中を渦巻く。
それがユリスの本音。
嘘偽りのないユリスの気持ちであるが、それをセシリアに向かって口にするのは不誠実。
その事は、ユリスとて理解している。
だが、こればかりは偽ってはダメだと、此度はちゃんと言葉にした。
「大丈夫ですよユリス」
それを聞いたセシリアは────
「それは、ちゃんとした愛です」
優しい笑みを浮かべて、そう言った。
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