アイノカタチ
森の奥の山小屋。
そこで結ばれた二人は一つのテーブルを挟んで対面している。
室内は物静かで、セシリアの言葉がよく響き渡った。
「……セシリアは、この気持ちが愛だって……そう言うのか?」
「はい……私は、ユリスのその気持ちを————紛れもない愛だと思っています」
怪訝そうに眉を顰めるユリスに対して、セシリアはその表情を受け止めるように真っすぐとユリスを見つめる。
セシリアの表情は、この言葉に確信を持っているかのように見えた。
「愛とは……人によって様々です。私がユリスに抱いているのは誰よりも愛おしくて、側にいたくて、ずっとユリスの声を聞いていたい……そんな色々な感情が混ざったもの。それを私は『愛』と定義していますが、私以外の人は違うかもしれません」
セシリアはゆっくりと立ち上がり、ユリスの横へと腰を下ろす。
「ユリスのお師匠さんだって、ユリスの側にいたいから……という理由もあるでしょうし、側で守ってあげたい……なんて理由もあるかもしれませんね。私とは大違いです」
ふふっ、と。セシリアは楽しそうに笑う。
だが、ユリスに至っては至極真面目な表情だ。いつもとは立場が逆転しているようにも感じる。
ですが、と————セシリアはすぐさま真剣な表情に戻った。
「愛の形は人それぞれであっても、明確な定義の中には『相手を想い、相手を大切に思っている』という感情が必ず存在します。今のユリスの話を聞けば、お師匠さんの事が大切で、独占欲というユリスのその嫉妬は————必ず存在する定義が含まれています。だから、ユリスのその感情は……愛です」
嫉妬とは、妬み嫉みの中には独占という強欲の意味合いも含まれている。
自分が思い通りにいかず、思い通りにいっている人間がいれば妬み、嫉みの気持ちを抱いてしまう。
そして、それは愛なのだと。
醜くも、相手を想っているのであればどんな形であろうとも崇高で綺麗な想いであると、セシリアは言った。
その言葉を聞いたユリスは目を瞑り、己のその気持ちを整理する。
(確かに……俺は師匠の事が大切だし、嫉妬も強欲も抱いている。セシリアの言う通り、この大罪が愛であるなら……俺は師匠の事を────)
「正直な話を言えば、ユリスが愛だと思えば愛なんですよ? 愛に、明確で鮮明な答えなど存在しないのですから」
「まぁ、言わんとしてる事は分かる────だが、お前はそれでいいのか?」
「ふぇっ? どういう事ですか?」
「だから、俺のこの気持ちが仮に異性としての愛だとして────お前はそれでいいのか? 俺はお前だけを愛していないという事なんだぞ?」
それは不誠実だと、ユリスは主張する。
色欲を満たさぬその言葉に、セシリアは目を丸くしてしまうが、やがて優しい笑みをユリスに向けた。
「……確かに、ユリスが私だけを愛してくれないのは嫌です。ムカムカします、ユリスのばかっ! って思っちゃいます」
「だったら────」
「それでも……ユリスという素敵な人の寵愛を私だけが貰うというのも……それはそれで悲しいです。複雑な気持ちではありますが……ユリスが愛しているというのであれば……お師匠さんにもその愛を向けてあげて下さい。独占欲したい気持ちは……一番というポジションを頂いたので我慢してあげますっ!」
そして、セシリアは再び立ち上がると、今度はいつもの……自分の定位置であるユリスの膝の上へと腰を下ろした。
体はユリスの方に向け、小さな顔をユリスの胸に擦り付ける。
「いかん……興奮してしまいそうな体勢だ」
「も、もうっ! いやらしいのはまだダメですっ!」
「ふむ……まだと言いましたかお嬢さん?」
「あっ!? い、いえ……その……私、ユリスとの赤ちゃん欲しいですし……いつかは……」
「あれぇ? 思ってた反応と違うなぁー?」
いつもであれば頑なに拒み、顔を赤くして怒るはずなのだが、今回は顔を赤らめて先であれば問題ないという肯定の言葉を貰った。
(なるほど……これが結婚……)
妙に色欲を認めて貰えた気がして嬉しかったユリスであった。
「まぁ、もう一回師匠と話し合ってみるよ……そこで答え出させてもらうわ。すまねぇな、煮え切らなくて」
「いえ、それがユリスの美徳でありますから……ちゃんと気持ちに向き合える────それは、とても素敵な事だと思いますっ!」
「美徳って……俺の対極じゃねぇか」
褒めちぎるセシリアに苦笑するユリス。
そして────
「あの……ユリス?」
「どしたの?」
「今度はちゃんと……そ、その……したいです……」
視線を逸らし、種に染めた顔で懇願する。
手を後ろに回し、少しだけ上目遣いのセシリアの視線がユリスに合わさる。
何を? なんて具体的な言葉は貰っていない。
だけど────
「仰せのままに」
ユリスは要望通り、不意打ちではないキスをセシリアに与えた。
♦♦♦
「あ……がっ……」
おびただしい血が散乱する。
少年の顔には誰の血かも分からないものが付着しており、小さなため息を吐きながら片手に持った布巾で顔を拭う。
「いやぁー、流石の僕もこの人数相手は厳しかったよ」
「嘘をつきなさい。さっきからあなた、一歩も動いていないわ」
「そうだよ〜! ちゃんと愛してあげようって気が感じられないんだよ! 愛してあげないとダメだよ?」
「君の愛というのは原型も残さないほどの殺害なのかな?」
エリオットは全身を真っ赤に染めるアンネを見て苦笑する。
そして、対面に座り優雅に紅茶を啜るリンネにも同様の表情を向けた。
「この状況で優雅にティータイムとは……ここにいたのは君達と同じ人間のはずなのにね」
「私は過去を振り返らないの。過去を見せるけどそれは愛があるからよ」
「狂人……やはり、人間というのはおぞましいね」
エリオットは部屋を見渡す。
踏めば音が鳴ってしまうほどの血溜まりがあちらこちらにあり、肉片が至る所に散らばっている。
悲しい事に、エリオットの手に喉元を掴まれている少女と同じ髪をした男性の頭部も転がっていた。
そして、ギィっとその室内の扉が開かれる。
そこから現れたのは甲冑の騎士と、漆黒の修道服を見に纏った妙齢の女性。
「こちらは想定内に事が進んだよ」
「同じく、こちらも手筈は整えた」
ズカズカと甲冑を鳴らしながら男がエリオットに────いや、アナスタシアに向かって歩み寄る。
それに続いて、妙齢の女性も歩み寄った。
「お母様っ!」
「母様!」
そして、アンネとリンネが笑みを浮かべながら妙齢の女性に近づいた。
「ふふっ、偉いわね。ちゃんと言う通りやってくれたのね……母親として、嬉しいわぁ。二人には、あとでしっかり愛をあげる」
母と呼ばれた女は二人を抱き締め、その茶色い髪を優しく撫でる。
その姿はまるで仲の良い親子のよう。二人も、嬉しそうに一層笑みを深めた。
「じゃあ、早速やりましょうか。ごめんなさいね。あなたにも手伝ってもらっちゃって」
「気にする事はない。次に邪龍様の件で借りを返してもらえばそれで構わん」
「あらあら、その頃には魔女様が世界を救ってくれるから意味がないと思うのだけれど……まぁ、いいでしょう」
呻き声を上げるアナスタシアに、母は歩み寄る。
次には己の懐から純白のドレスを取り出し、誰の視線構わず着せ始めた。
一体どう言った原理で取り出したのか? それはエリオット以外は誰もが分からなかった。
「はい、完成♪ やっぱり、魔女様の遺品はこの子に似合うわね〜」
「もちろん、依り代だからじゃないかな? 本当に、まるで厄愛の魔女の死に化粧と同じだね」
その姿に笑みを浮かべる母。
アンネとリンネに至っては見蕩れており、エリオットは感心したように頷く。
「ジータ、あれを頂戴な」
「承知した」
甲冑の男は腰に着けていた袋から小さな紅玉を取り出すと、そのまま母に渡す。
「じゃあ、僕達の役割はお終いだね。早く帰ろう……でないと、厄愛の魔女に呑み込まれてしまうから」
「そうだな。我々は貴様らの行く末を高みで見させてもらう」
そう言って、エリオットと甲冑の男は部屋を出る。
「……ぁ……ユリ……ス……」
純白のドレス────まるで、花嫁のような姿をしたアナスタシアが呻く。
そこから出た名前は、床に転がる者達の名前ではなく……幼なじみの少年。
「安心して頂戴。きっと、その子もあなたに愛を捧げるようになるのだから」
そして、紅玉を握った母は────
ぐしゃり
そんな潰れるような音と共に、アナスタシアの心臓を貫いた。
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