王女のお願い
「……護衛、ですか?」
「……はい」
ユリスはエミリアを見下ろしながら会話を進める。未だに、ユリスの下にいるバーン達の意識は戻りそうにない。
「それは専属騎士になって護衛しろ————というわけではなさそうですね。確かエミリア王女には先日任命した専属騎士がいたはず。それも王家直属の近衛隊の人間」
「えぇ……確かに、先日任命したばかりの騎士がいました」
王族にはそれぞれ選りすぐりの実力者が専属騎士をつけるようになっている。
そして、先日————学園に入学する前に、エミリアは前専属騎士が引退したことによって、王家は新しい専属騎士を大々的に公表したばかりだ。
「それと、食堂でも申しましたが私もここでは一人の生徒です————その固苦しい言葉はしなくても大丈夫ですよ?」
「……そうっすか」
どうして自分の周りには固苦しさを嫌う人ばかりなのか、と疑問に思うユリス。
ある意味、バーンみたいな人物の方が扱いやすいのかもしれない。
「それじゃあ、素で話させてもらうが————その、いましたってのはどういうことだ?」
ミラベルとは違い、順応能力の高いユリスはいつもの口調に戻して尋ねる。
「……これはまだ公にしていないのですが、先日彼は謀反を起こしました」
「は?」
ユリスはエミリアの驚きの発言に素っ頓狂な声を上げてしまう。
「お、おい……そりゃあどういうことだ? 謀反って言えばつまり————」
「ご想像の通り、先日任命した彼は……個人ではありますが、私を暗殺しようとしました。何とか私は運よく逃げ切ることが出来ましたが————未だに彼は逃走中、行方が掴めておりません」
「……」
「本当に分からずじまいでして……恥ずかしながら、動機も分かりません。ただ、『全ては邪龍の復活の為に!』……そう、言っていたことしか」
ユリスはあまりの話題に言葉が出ない。
王族に仕える専属騎士は皆忠誠心厚い格の高い者が選ばれる。それは王族が忠誠と背中を任せれる者を選定する国にとって重大な事で、民の憧れでもある。
それが謀反ともなれば、王族の目が節穴だと国民に言っているようなものであり、専属騎士を目指す者達の気力をも削いでしまう。
……故に、未だに公表はしていないのだろう。というか、できないのだ。
(なるほど……だから側近が誰もいなかったのか)
「この話は王族含め、王城に仕えるごく一部の人間しか知らない重要事項です。決して、他言は控えるように」
「……はぁ」
ユリスは大きな溜息を吐く。
まさか、こんな事を知らされるとは思っていなかったからだ。
(気楽な学園生活を送るつもりだったんだがなぁ……)
これでは、一向に気が軽くなることはないだろう。
ユリスは幸先、最悪な状態に陥ってしまった。
「っていうか、そんな危険な目に遭ったら普通は護衛をつけるだろ? 王女の立場であったら尚更」
「えぇ……本来であればつけるのですが────事は公にできません。故に、こんなところで堂々と護衛はつけれず……」
「なんじゃそりゃ」
それでも王女なら陰でもいいから護衛をつけろよ、とユリスは国に対して不信感を抱く。
「……まぁいい。話を続けよう————それで、俺に護衛って言うのはもしかして、その謀反を起こした元専属騎士からエミリアを守れって話になるのか?」
「話が早くて助かります————正確に言えば、私が専属騎士を任命するまでの間の護衛をお願いします」
エミリアがその身を守ってもらう騎士を選んでいる間、学園に在籍する彼女はフリーになる。
暗殺しようとしたぐらいの相手だ、もしかしたら再び襲ってくる可能性がある————だから、それまでの間の身を守れ……そういう意味なのだろう。
「そんなの、教師に頼め。それこそカエサル先生とか適任じゃねぇか」
「……教師は融通が利かない場合があります。その点、同じクラスの生徒であればある程度は私に合わせる事も身を守る時間も即座に対応することも可能でしょうから」
エミリアの言っている事は凄く理にかなっている。
同じ生徒であれば常に見守ることも出来るし、即座に助けることも可能だろう。
「ユリス様は間違いなく、この学年ではトップクラスの実力をお持ちです。S級冒険者であるあのカエサル先生とも渡り合えました————これ以上の適任者はいません。故に、私はユリス様にお願いしているのです」
ユリスはエミリアの目からすれば間違いなく、これ以上にない適任。
実力も条件もすべて満たしている————だから、ユリスにお願いする。
だが————
「悪いが、その話は断らせてもらう」
「えっ?」
————ユリスは断った。
断られると思っていなかったのか、エミリアは驚きの声を上げる。
「なに驚いてんだよ? こんな話、俺が受ける訳がねぇだろ?」
ユリスは人の山の上で足を組み、先ほどよりも不遜な態度でエミリアに投げかける。
エミリアも、先ほどの驚きを一瞬にして奥にしまい、落ち着いた顔に戻す。そこらへんは流石王女と言ったところか。
「……理由を、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「なに、単純な理由さ————その話に、俺のメリットが存在しねぇからだ」
今のエミリアの話だけでは、ユリスに体を張って自分を守れと言ってだけだ。
それに、相手は王国がその実力を認めた元専属騎士————ユリスとて、危険に晒される。
そんな中、ユリスが首を縦に振る為のメリットはどこにあるのか?
王女を守れる
自分が何も提示しなくても頷いてあげれる程、ユリスはこの国に忠誠を持っていない。
「俺はタダで人を助ける程、聖人君子じゃあない————手の届く範囲で助けれる奴は助けるが、今回の話は別……流石に、俺でも実力未知数、強者と言われている敵にお守をして勝てる保証がないし、四六時中護衛なんて真っ平だ」
「報酬は私がなんでも差し上げます! ですから————」
「おいおい……生きる為に必死になるのはいいが、乙女が軽々しくそんな事を口にするんじゃねぇよ。それに————エミリアには悪いが、俺のこの力は一人の女の子を守るだけで精一杯なんだ」
「……」
ユリスにはこの身を賭して守りたい女の子がいる。
可愛くて、優しくて、真っすぐで、世に住まう人を助けたいと常思い、女神の恩恵を与えられてしまったが故に注目を浴びてしまい、こんな自分にも愛想つかずに側にいてくれる————そんな子が。
「別に、エミリアに死ねって言っている訳じゃあない。俺には俺の守りたい奴がいて、そいつを守る為に俺の両手は塞がってしまっているだけだ。そいつを切り捨ててまでエミリアを助けるなんて————それは、ありえねぇ」
エミリアは悲しそうに俯く。
(えぇ……そう言われてしまえば、仕方ありません)
目の前にいる少年が誰を守りたいかなどすぐに分かる。
その人と一緒に過ごしている姿を傍から見ていれば、どれだけ大切にしているのかも理解できる。
その間に自分が入る————流石に彼の言う通り、自分が王女であろうが無理な話だ。
「……分かりました。ご無理を言って申し訳ございませんでした」
エミリアはユリスの事を諦め、そのまま背を向けて立ち去ろうとする。
しかし————
「まぁ、待てよ」
「え?」
エミリアは反射的に振り返る。
そして、ユリスは懐から小さな水晶を取り出して、エミリアに向かって放り投げた。
「……これは?」
エミリアはその小さな水晶を両手で受け取ると、不思議そうにその透明な中を覗き込む。
「それは指定先に緊急信号を送る魔道具だ。もし、襲われそうになったらそれを思いっきり砕け————そしたら、俺が駆けつけてやるよ」
そのユリスの発言に、エミリアは目を思いっきり見開く。
「常日頃護衛をしろ————なんてのは無理な話だが、エミリアが襲われそうになったら時ぐらいは助ける」
「ど、どうして……」
「さっきも言ったが、俺は聖人君子でもない。どちらかと言うと、大罪を極めた悪い魔術師だ————だけど、女の子が危ないと分かっていて放置するほど怠惰ではないさ。それに、今日はセシリアを助けてくれた恩もあるしな」
ユリスは大切な人を守る為、馬鹿にされない為にその力を極めた。
その根底の中には勿論『救済』も含まれているわけで————ミラベルの時同様、目の前で困っている人を助けようとする心はある。
「もちろん、最優先はセシリアだ。そこは履き違えないでくれよ?」
「あ、ありがとうございます……!」
すると、エミリアはその水晶を大事そうに抱えると、ユリスに大きく一礼をして足早にその場から立ち去ってしまった。
最後に残したエミリアの表情は安堵故か、若干涙ぐんでいて嬉しそうだった。
「……セシリアだけを助けられればそれでいいって思ってたんだが————まったく、俺の強欲にも困ったものだな」
全ての人を助ける……何てのは強欲だ。
人は両手で包み込めるくらいの人しか助ける事は出来ない。絶対に、誰かを助けたのならば誰かが犠牲となる。
故に、この世界で勇者と呼ばれる人間は強欲の象徴。
そう、ユリスは思っている。
エミリアがいなくなったその校舎裏に、ユリスの一人愚痴が静けさに残った。
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