ミラベル
「んむぅ……ここは……」
室内に少女の可愛らしい声が響く。
見慣れない天井。
背中越しに伝わる柔らかい感触と、一枚のシートがかけてある事を見れば、自分が寝かされていたのだと理解する。
ゆっくりと少女は起き上がる。
先程までハイオークに追われて森の中にいたはずなのに、どうして自分は宿屋にあるようなベッドで寝かされているのだろうか? そんな疑問が真っ先に沸いた。
現状を確認する為に、少女は辺りを見渡す。
簡素ではあるが、雨風を凌げるような部屋に、壁の端に机と椅子、そして————
「そこを退けるんだセシリア……ッ! お、俺は……俺は娼館へと、行かなければ————お姉さん達が、俺を待っているんだ!!!」
「だ、だめですっ! そんな所にユリスを行かせる訳にはいきません!」
————白髪の少年が、涙を濡らしながらドアの前で金髪の少女と相対していた。
「金ならあるっ! 俺は何も間違ってはいない!!!」
「お金の問題ではございませんっ!」
「どうして分かってくれないのセシリアっ!? 俺は日々、お前という可愛らしい少女と行動を共にしている————そうなれば、悶々とするのは必然! 色欲の名の元に、俺は溜まったものをお姉さんに吐き出しに行かなければならないのだっ!!!」
「か、かわっ!?」
少女は、その光景に開いた口が塞がらない。
(……私は、何を見てるのかな?)
あんなに欲望丸出しの少年が、修道服の少女に肉薄している。
少女も少女で、少年の発言にいちいち顔を赤くしていた。
女性としては、少年のセリフに思うところはあるが、まず普通に自分がいる場でどうしてこんな事が起こっているのかが分からなかった。
「あっ、気が付いたみたいですよ!」
「……何?」
すると、二人は目が覚めた少女に気が付いた。
視線がこちらを向いたことで、エルフの少女は肩を震わせる。
「あ、あの……二人が、私を助けてくれたのですか?」
「いえ、あのオークの群れから助けたのはユリスです!」
「あ、どうもユリスです」
セシリアに紹介されたのでユリスは頭を下げる。
「そして私はセシリア・アメジスタと申します!」
今度は自分と、セシリアは片手を胸に当てて自己紹介を始めた。
「あっ……私はミラベル。苗字はないの……」
エルフの少女————ミラベルは自己紹介を受けて、ベッドから足を下ろして自分も名乗った。
「ミラベルさんですか! いい名前ですねっ!」
「あ、ありがとう……」
明るい女の子だなぁと、ミラベルは思う。
セシリアの行動の一つ一つが人懐っこい印象を与えてしまうのだ。
(そう言えば、ユリスってアンダーブルク子爵のご子息さんだよね? それに、聖職者特有の修道服にセシリアという名前————もしかして、噂の聖女様?)
その名前にはどれも聞き覚えがあり、ミラベルは少しだけ身構える。
もし、本当に二人が自分の予想と同じであれば、ユリスとセシリアは自分より圧倒的に格上な存在————エルフは貴族社会の影響は与えないが、敬わないといけないという気持ちが湧いてしまうのだ。
だけど、ミラベルは考えを振り払う。
まず先に、言わなければならないことがあるからだ。
「こ、この度は助けていただき誠にありがとうございました! このご恩はいつか必ず————」
「なぁ、セシリア……なんか急に固苦しくなったんだけど? 俺、何かしたっけ?」
「……いかがわしいお店に行こうとしてました」
「それ今、関係ないよねぇ!?」
唇を尖らせて、そっぽを向くセシリア。未だに先ほどの事を根に持っているようだ。
「ミラベル……だったか? そんな固苦しい話し方止めね? 逆に俺が貴族相手と話しているようで話しにくいんだわ」
「で、ですが! お二人は貴族様と聖女様ですから!」
「だーからっ! 俺は特段貴族だから敬って欲しいとか思ってないの! セシリアだって、気さくに話して欲しいって思ってるから————なぁ、セシリア?」
「えぇ……そうですね。私は好きで聖女をしているだけですから。敬われるのは好きではありません」
ユリスとしても、自分が偉いだなんて思っていない。
貴族ではあるものの、爵位は低いし自分は皆より劣っていると自覚があるからだ。
セシリアに至っては、尊敬する人への敬意こそあるが、基本的に上下関係をあまり好まない。
それを聞いたミラベルは思考する。
それでも、と口を開こうと思ったが、これ以上引き下がらなかったら余計にでも失礼かもしれない。
だからミラベルは少しため息を吐いて、口を開いた。
「分かったよ……じゃあ、これで喋らせてもらうね」
「はいっ!」
「そうしてくれ」
二人の嬉しそうな顔を見て、ミラベルは変わった人達だなー、と思った。
それと同時に、優しい人達何だとも思う。
「でも、改めてこれだけは言わせて————助けてくれてありがと……本当に、嬉しかった」
だから、もう一度お礼を言う。それこそ、今度はちゃんと素の自分で。本心の言葉を述べた。
少しだけ声が震えているのは、あの時の光景を思い出したからなのかもしれない。
「だそうですよユリス!」
「だそうですよって言うけど、お前も傷を癒してあげてたじゃねぇか————まぁ、そのお礼は受け取っておくよ」
「うんっ!」
ミラベルは満面の笑みで笑う。
それは嬉しさから来たのもなのか————少なくとも、ユリスはその表情を見て、助けてよかったと思うのであった。
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