ユリスは、大切な人と友達を傷つける者を許さない
「じゃあ、ミラベルさんも王立魔法学園に入学するのですね!」
「まだ合格できたわけじゃないけどね! それに……も、って事はセシリアちゃんとユリスくんも入学志望者なの?」
「まぁなー。ちなみに、セシリアはもう合格してるぞ」
「嘘っ!? す、すごいねセシリアちゃん……」
「私の場合は、入学試験がありませんでしたから……」
ミラベルを寝かす為に借りていた宿を出て、現在ユリス達は街の市場を歩いていた。
行き交う人々の顔には笑みと、賑やかな喧騒が広がるこの市場には活気溢れていることが伺えた。
ここはアンダーブルク領から数十キロ離れたミラー領。
アンダーブルク家にとって、懇意にしてもらっているミラー公爵家の領地である。
「流石は聖女様なのかな? そういった事情もある感じ?」
「えぇ……私も受けてみたかったです」
「お前にあの試験は酷だろうに……」
聖女であるセシリアは基本的に後方支援担当だ。
怪我したメンバーを安全圏で癒す————故に戦闘することはなく、サポートに徹する。だから、今回ユリスが受けた試験に関しては、どんなに女神からの恩恵を受けていようが、本職である生徒には負けてしまうだろう。
……まぁ、それ以前にセシリアは超が付くほどの運動音痴なのだが。
「でも、ユリスくんだったら合格間違いなしだよね! だって、あれだけ強いんだもん! あの口を出したら一発だね!」
「……そしたら、相手を喰らうまで止まらないけど————よろしいので?」
「そ、そんなに恐ろしいものなの……?」
ユリスの物騒な発言に、ミラベルは頬を引き攣らせる。
あの黒い物は捕食が終わらなければ、止まらない。だったら試験で使えば生徒が確実に食べられそうだ。
自分が狙われなくて心底よかったと思ってしまった。
(あれ……でも、試験会場にミラベルっていたっけ?)
エルフの彼女がいたら気づきそうなものだ。
それなのに、ユリスはあの時気づかなかった。
(……もしかしたら、試験は何回かに分けられてたのかもな)
それなら納得ができる。
ユリスは湧いた疑問をすぐさま頭の中からかき消した。
「そういえばミラベルはこれからどうするんだ? 俺達はこのまま家に帰ると思ってるんだが……」
「うーん……エルフ領まで帰ってもいいんだけど、正直迷ってるかなー。もし入学出来たら、学園にもう一度行かなきゃいけないわけだし、どこかエルフに優しい場所に宿をとろうかなって考えてる」
王立魔法学園は全寮制だ。
入学すればそれぞれに割り振られた部屋で学園生活を過ごさなくてはならない。
移動だけでもかなりのお金がかかるエルフ領からもう一度学園に行くには、ミラベルの懐事情的にも少し厳しい。
……故に、エルフ領まで歩いて帰ろうとしたのだが。
「まぁ、エルフに対する意識って場所によって変わるからなぁ……」
ユリスはちらりと周囲を見渡す。
通り過ぎる人や出店の店員が物珍しそうな目でチラチラとこちらを見ている。
きっと、セシリアとミラベルを見ているのだろう。
エルフは滅多に領から出ない種族だ。だからこそ、一度外に出れば奇異な見られてしまうことが多い。
それに、場所によっては悪い扱いを受けるところがあるのだ。
他種族を嫌い、人族を至上主義な貴族が納める領地だと、それが顕著に表れる。
更に言えば、エルフは美しい種族として有名だ。
だからこそ、金目当てで誘拐されることも珍しくない。
「だったらここに滞在するのはどうだ? ここはミラー公爵が納める領地だから治安いいし、種族差別もあまりないぞ?」
「そうだね……うん、ここに滞在することにするよ!」
ユリスの提案を聞き、ミラベルはここでの滞在を決めた。
後は安い宿を探すだけだ。
「では、ここでお別れになるわけですね……せっかく仲良くなれたのに、ちょっぴり寂しいです」
「でも、私が合格すればまた会えるよ! 友達だもん!」
「そうですね……はい! そうです! また会えますね!」
一瞬だけ悲しい顔をしたセシリアはすぐさま明るく変わる。
セシリアにとって仲良くなれた人とまた会えると言うのは、それほどまでに嬉しいことなのだ。
「それじゃあ、まだ時間も大丈夫だし、もう少しここらを観光してみ————」
『貴様! 私に何をするのでしか!? 私は伯爵家の人間でしよ!?』
ユリスが何か言いかけた瞬間、不意に往来の真ん中から声が聞こえた。
気になって視線を動かすと、周囲にいた人間がざわめき立ち、固まっている様子が窺える。
「……何かあったのでしょうか?」
「よし、帰ろう」
セシリアが疑問を口にした瞬間、ユリスが踵を返した。
その間、僅か一秒にも満たない。
「えーっと……どこに行くのユリスくん?」
「離すんだミラベル……早くここから離れないと、セシリアが首を突っ込みに————」
『どうかされたのですか? ————って、何をしているのですか!?』
「セシリアちゃんなら、あの騒がしいところに向かっちゃったよ?」
「……」
ユリスはセシリアの行動に頭を抱える。
(あぁ……間に合わなかった……)
セシリアは何か騒ぎがあったら関わろうとする。
それは助けを求める人がいるかもしれない————だったら助けなければ、という意思の元での行動であるのだ。
「はぁ……」
ユリスは仕方ないと嘆息つきながら騒ぎの元に足を進める。
それに伴って、ミラベルもその後を追っていくのであった。
♦♦♦
ユリスが騒ぎの元に近づくと、そこには小さな女の子を庇うセシリアがいた。
泣きじゃくり、コップを握り蹲る幼い少女の腕には大きな痣がある。
そして、その場にはもう一人小太りな男が立っていた。
豪華な服には何かの液体が濡れた跡がある————多分、少女の飲み物が服にかかってしまったのだろう。
「だから謝っているではありませんか! どうしてお許しになってあげないのですか!?」
「下賤な平民が私の服を汚したのでしよ! 許される訳がないでし!」
「だからといって、こんな小さな女の子に暴力を振るうなんて最低です! 主がお許しになりませんよ!?」
騒ぎはどんどん大きくなっていく。
だが、セシリア以外誰もそれを止めようとしなかった。それは小太りな男の周りに控える騎士のような人達も。
「……小さな女の子に手を上げるなんて、最低だね」
「あぁ……それは同感だ」
ミラベルが零した言葉にユリスが賛同する。
あの話が正しければ、確かにあの男のした行為は最低なものだ。
だが、相手は伯爵家の人間と口にしていた。
下手な言動はそのまま処罰されてしまう可能性がある。
だからこそユリスは面倒だな、と思いつつもセシリアを放っておくわけにはいかないので、その集団に近づく。
「うちの者が失礼いたしました」
「……む? お前は誰でし?」
「私はアンダーブルク子爵長男……ユリス・アンダーブルクと申します」
ユリスは穏便に事を納めるべく、セシリアと男の間に割って入る。
それと同時に、ユリスは名も知らない相手に頭を下げた。
「ふんっ! 子爵家の分際でなんのようでしか!? 私は今こいつと話しているのでし! 私の服を汚したこいつらに痛い目見させてやるのでし!」
「そこをなんとかご容赦していただけないでしょうか。この子も、決して悪気があったわけではなく————」
「そんなこと知らないでし! 私の服を汚した時点で、この娘は私に無礼を働いたのでしから!」
ユリスの言葉に全く聞く耳を持たない男。
ユリスは面倒だなと、内心苛立ちを募らせる。
「これは決定事項でし! 伯爵家の人間であるこの私が、じきじきに処罰————む? そこにいるのはエルフでしか?」
憤る男が不意に横にいたミラベルに気付いた。
そして、下卑た笑みを浮かべると————
「お前、私の女になるでし! このグリッド伯爵の息子であるこの私の女になれることを光栄に思うでし! ついでに、そこの金髪の女も私の女になるでし!」
「……え?」
(……あ?)
男のいきなりの発言に、ミラベルとユリスが固まる。
いきなり何言ってんだ? とユリスが思いつつも、男はミラベルをその小汚いいやらしい目で見つめる。
「拒否は認めないでしよ! ほら、お前達! 早くこのエルフと金髪の女を連れていくでし!」
「「「はっ!!!」」」
「い、いや……っ!」
男の命令で、周りに控えていた騎士たちが動き始める。
それを見て、ミラベルの口から怯えた声が漏れた。
近くにいるユリスの耳に、ミラベルの声が入ってしまう。
そして————
ドゴーンッ!!!
「へぶしっ!?」
激しい衝撃音と共に、小太りな男がそんな声を残して彼方へと飛んでいった。
一瞬にして、小太りな男はその場から消え去る。飛んでいった方向を見れば、男が荷物に埋もれて鼻から血を流していた。
「傲慢な態度に、嫌がるミラベルを欲するなんて————強欲すぎる。そういうのは他所でやれ」
一方で、男が立っていた場所には、ユリスが不遜に立っていた。
憤っているのか、その額には青筋が浮かんでいる。
「俺の目の前で、セシリアとミラベルに手を出そうとしてんじゃねぇよ————この薄汚い豚が」
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