ズラかります

「「「ザラス様ァ!?」」」


 一拍おいて、護衛の騎士達が主人が吹っ飛ばされたのを理解した。

 それと同時に、直ぐ様男の元に駆け寄る。


(やっちまったァァァァァァァァッッ!!!)


 そして、冷静になったユリスは頭を抱えた。

 せっかく不遜に構えていたのに、今となっては蹲って激しい後悔に苛まれている。


(何やってんの俺!? 穏便に済ませるって決めてたじゃん!? 穏便どころか余計に騒ぎが大きくなるじゃん!?)


 ユリスの予想通り、周囲は先程よりもざわつき始めた。

 そして、人もどんどん集まってきており、最早「てへぺろ(・ωく)」で誤魔化せそうにもない。


「ユリス……この子の治療は終わりました」


 頭を抱えているユリスに、セシリアが声をかける。

 少女の腕にあった痣はいつの間にか綺麗さっぱりなくなっていた。


「……そうね、それはようござんしたね」


 ユリスはあまりよろしくないが。


「あ、あの……ユリスくんーーーー」


「あ、あぁ……悪いなミラベル。俺達のせいで迷惑かけてさ……」


「う、ううん! 大丈夫だよ! ……そ、それにーーーー」


 大丈夫と告げるミラベルの顔が赤い。

 その事に不思議に思ったユリスであった。


「それに?」


「そ、その……嬉しかったです……はい」


(怖い目にあったのに、どうして嬉しいんだろうねこの子は?)


 あんなに怯えた声を上げていたのに、嬉しいことなんかあったのだろうか?

 再び疑問に思ったユリスである。


「まぁ、いいやーーーーそれより、騒ぎがこれ以上大きくなる前に、さっさとズラかるぞ」


「どうしてですか?」


「それはーーーー」


『どうした!? 何があった!?』


 ユリスが言いかけていると、騒ぎの奥から野太い声が聞こえてきた。

 視線を動かすと、そこには甲冑を来た憲兵が騒ぎに駆けつけてやって来たようだ。


「くそっ! もう来やがった!」


 憲兵が現れたのを確認すると、ユリスは慌てる。

 そして、徐にセシリアとミラベルを急いで脇に抱えた。


「えっ!?」


「ユ、ユリス!?」


「すまん二人ともーーーーここからズラかるぞ!」


 驚く二人を無視して、ユリスは直ぐ様己の魔術を行使する。


傲慢スペルディア!」



 ♦️♦️♦️



「えっ、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!? そ、空を飛んでるのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」


 傲慢スペルディアの魔術を行使したユリス達は、現在行きと同じ上空を移動していた。

 一瞬にして景色が変わる現象に、空を移動しているこの光景に、ミラベルは驚きを隠せない。


「すまんミラベル! ちょっと落ち着いてくれないか! 移動しづらい!」


「あっ……ご、ごめんね……」


 驚いて興奮していたミラベルは、ユリスの言葉で一瞬にして落ち着き謝罪する。

 ミラベルに悪気はないと思うのだが、あまりバタバタされるとユリスの傲慢スペルディアに影響がでるのだ。


「いや、俺の方こそすまん……よくよく考えれば、ミラベルまで一緒に逃げる必要なかったもんな……」


「う、ううん……それはいいんだけどーーーー」


 別に、ミラベルとしてもこうして逃げている事に不満はない。

 むしろ貴重な体験をさせてもらって嬉しいくらいだ。


「どうして逃げたのですか? 私達、何も悪いことしてませんよ?」


「確かにその通りなんだがな……あそこはうちが懇意にさせてもらっているミラー公爵様の領地なんだーーーーそこで、騒ぎを起こしたのが俺だって知られるのはちょっとマズい」


 アンダーブルク子爵家は、何故かミラー公爵様に懇意にしてもらっている。

 アンダーブルク領がミラー公爵の管轄である事を抜きにしても、日頃からお世話になったりしている。


 そんな人の納める領地で問題を起こしたとなれば、迷惑がかかってしまう。

 それに、今回は相手が悪すぎる。伯爵家の人間の者を殴ったとなれば、例えこちらに非がないとは言え、余計にややこしくなってしまうのだ。


 だからこそユリスは逃げた。

 騒ぎになってしまったものは仕方がなく、この時点で迷惑をかけてしまっているが、ややこしくならないようにしたのだ。


「それで申し訳ないが……ミラベルはどうする? 公爵領に戻るのは難しいが、近くまでなら送ってやれるぞ?」


「うーん……いや、このままユリスくん達についていくよ」


「……いいのか?」


「大丈夫! 元々、エルフに優しい場所だったら何処でもよかったしね! ……もしかして、アンダーブルク領ってそう言う差別意識ってあったりする?」


「それはないから安心してくれーーーーまぁ、ミラベルがいいならこのまま俺の家に向かうぞ」


 ミラベルが構わないなら、それでもいいとユリスはラグなしで傲慢スペルディアを行使してアンダーブルク領を目指す。


「では、ミラベルさんとまだ一緒にいられますね!」


「そうだね~! 私も、人間のお友達は初めてだから嬉しいな!」


 ユリスの脇に抱えられながら、二人は喜び合う。

 セシリアはとても嬉しそうに、先程のことなんか忘れてしまったかの如く、その表情に嬉しさを表ている。


(……まぁ、いっか)


 ユリスはそんなセシリアの表情を見て、自然と口元が綻ぶのであった。



 ♦️♦️♦️



(ユリスくん……かぁ……)


 脇に抱えられながら、ミラベルはふと思い耽る。


 今日初めてあった人間の少年。

 容姿は目立って整っているわけでもないし、欲望に素直な所は少し欠点かもしれない。


 だけどーーーー


『俺の目の前で、セシリアとミラベルに手を出そうとしてんじゃねぇよーーーーこの薄汚い豚が』


(……かっこよかったなぁ)


 あの時のユリスのセリフを思い出して、ミラベルは少し顔が赤くなる。


 今まで、ミラベルは人間とは交流を持ってこなかった。

 それはエルフ領から一度も足を出した事がなかったからだ。


 故に、エルフ領を出たときはワクワクしたし、それと同時に不安でもあった。

 けど、それも今となっては杞憂ーーーー優しい聖女のセシリアに、自分を二回も救ってくれたユリス。


(……王子様がいたら、きっとユリスくんみたいな人なんだろうね)


 そんなことを思っていると、何故かミラベルは自分の顔が先程よりも赤くなっているのを感じた。

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