実力と才能

 支給された運動着に着替えたユリス達Sクラス一同は、試験会場でもあった訓練所へと足を運んだ。

 皆の表情には、試験の時とは違い緊張感は感じられない。


「おー、ちゃんと着替えてきたなー」


 中央には、一足先にスタンバイしていたカエサルの姿があった。

 服装は初めて会った時と変わらないままの講師服。


「カエサル先生! 着替えなくてよろしいのですか?」


「ん? お前ら相手に着替えなくてもいいだろ?」


 顔色変えないその発言に、皆は少しだけ苛立ちを覚えてしまう。

 だが、実際にその通りなのかもしれないと、皆は言葉に出さなかった。


「さぁ、始めは誰が相手をしてくれる? 実力が見たいから、一人ずつなー」


 腰に据えている片手剣をいじり、誰が前に出るか待つカエサル。

 しかし、皆始めは様子を見たいのか動き出そうとはしない。

 それは、ユリスとて同じであった。


(うーん……別に始めに行ってもいいんだが、どうせなら勝ちたいからなぁ……)


 実力が上なのは、カエサルを見れば分かる。

 ただならぬオーラ、それでいて立ち振舞いに全くの隙がないーーーーそれは数々の修羅場を潜ってきたのだと伺えた。


「ふんっ、腰抜けがーーーー俺が始めに行かせてもらう!」


 そう言って、まず先に足を出したのはバーンだった。

 カエサルとは違い、腰に剣は携えていない。それはバーンが魔法士だからだ。


二重属性ダブルのバーンか……いいだろう」


 バーンがカエサルの正面ーーーー中央へと立つ。

 そして、バーンは両手を構えるがカエサルは立ったまま構える気配がなかった。


「いつでもいいぞ」


「ふんっ! S級だからか知らねぇが、この俺相手に随分余裕だな!」


 世界最大の実力者相手にその態度ーーーーそれはきっと公爵家の人間から来た傲慢なのかもしれない。

 そして、バーンの手に淡い光が色めき始める。


「我、烈火の炎の如し、その炎は万物を燃やし尽くすーーーー炎風ウィンド・ファイヤー!」


 バーンの手から炎の風が巻き起こる。

 それは大規模に、避ける隙間を与えないままカエサルへと向かっていった。


 しかし、カエサルは迫り来る炎の風に臆することなく余裕な表情を見せる。


「ほぅ……? 中級魔法とはーーーー流石、二重属性ダブルと言ったところか」


 魔法には、いくつかの階級に別れている。


 初級魔法。

 中級魔法。

 上級魔法。

 超級魔法。


 初級魔法は初心者が覚えるような魔法。中級魔法は学生が使えるようになる魔法。上級魔法は熟練者や王宮に仕える魔法士がこなすような魔法。超級魔法は賢者と呼ばれる魔法士が研究の末、編み出した魔法。


 故に、学生に成り立てのバーンが中級魔法を難なくこなしているというのは、それだけ才がある証左でもある。


 だがーーーー


『斬』


「なっ!?」


 カエサルは顔色一つ変えずに、その魔法を切り裂く。

 真っ二つに、自分を避けるようにその片手剣でバーンの炎風ウィンド・ファイヤーを消した。


 その光景に、バーンは驚愕の表情を見せる。

 そして、そのまま大きく足を踏み出すと、一瞬にしてバーンとの間合いを詰めた。


「魔法士は詠唱が長ければ長いほど、相手に隙を与えることになるーーーーなのに、お前はどうして突っ立っている? そんなんじゃ、狙ってくれって言ってるようなもんだぜ?」


 カエサルの切っ先がいつの間にかバーンの首筋を捉える。

 その移動速度は凄まじいもので、バーンやクラスの大半が目で追うことが出来なかった。


「くっ……!」


「まぁ、お前は才能があると思うぞ? これからが楽しみだーーーー次!」


 切っ先を下ろし、誉め言葉をバーンに伝えると次の生徒を呼んだ。

 だが、誉められたのにも関わらず、バーンの表情は憤怒しそうなほど悔しさが滲んでいる。


「……先生、お相手していただいてもよろしいでしょうか?」


 次に名乗りをあげたのはアナスタシア。

 堂々と、胸を借りるつもりで中央へと進んでいく。


「よし……次はアナスタシア・ミラーだな」


 カエサルは再び剣をしまうと、中央にやって来たアナスタシアを見やる。

 アナスタシアには、先ほどのバーンとは違い、傲慢さの欠片もない。


「アナスタシア様か……どうなんだろうな?」


 ユリスの隣で、リカードが興味津々と尋ねる。


「お前、気さくに話してくれって言うわりに、アナには様を付けるんだな」


「そりゃあ、相手は公爵令嬢だからなーーーー相手から崩せって言われるまでは敬語を使うぜ」


 それもそっかと、ユリスは納得しアナスタシアの姿を見る。

 真剣な眼差しでカエサルを見据える彼女からは、いつもの令嬢としての姿はない。


「さっきの話だがーーーーもちろん、アナじゃ話にならないと思うぞ?」


「……それは、アナスタシアが弱いからか?」


「違う違う……アナは間違いなく強いさ。それこそ、同年代では抜きん出ていると思う」


 アナスタシアが地を蹴る。

 腰から抜き出した細剣を片手で構え、並々ならぬ速さでカエサルに肉薄していく。


「アナのスタイルは速さを武器にした近接戦だ。身体強化の魔法で足と手を覆い、先手をとり主導権を握るのを得意としている」


「……だったら、尚更カエサル先生には相性がよくねぇか? ほら、カエサル先生って力で押すタイプに見えるし」


 確かに、迫力あるガタイは力に特化しているものだと思ってしまうのも仕方がない。


「まぁ、その理屈は分かるさーーーー力で押すタイプの人間は『剛』に特化し過ぎるせいで『速』に弱い。故に、力を見せる前に懐に入り込まれたらお仕舞いだ」


 そして、アナスタシアはカエサルの右斜め下までたどり着く。

 腰を捻り、その反動で右手に構える細剣を右脇めがけて突き出す。その速さは一級品、故に誰もが決まったかと思えた。


「ーーーーだが、一度捕まってしまえばお仕舞い……後は力に捩じ伏せられるのみ」


 アナスタシアの剣が、弾き飛ばされた。


 決まったかと思ったその突きは、難なくカエサルの剣によって弾かれる。

 その威力が強すぎたせいか、アナスタシアは握るその細剣を失ってしまう。


「速さは申し分ない。努力を積んできたというのも伝わってきたーーーー後は、もう少し身体強化の魔法を手ではなく腕につけるといい」


「……ご指導、ありがとうございました」


 弾き飛ばされた剣を一瞥することなく、アナスタシアはカエサルに頭を下げる。

 その顔にはバーン同様、悔しさが入り交じっていた。


「……なるほどなぁ。ユリスの言う通りになったって訳だ」


「単純にあのカエサル先生が強すぎるんだよーーーー一般の相手だったら、アナが負ける訳ねぇ」


 事実、アナスタシアは同年代の人間よりも遥かに群を抜いている。

 バーンより……多分、他の学年の生徒達にも引けを劣らないだろう。

 それは一重に、本人の才能と絶え間ない努力故である。


「それに、カエサル先生が『剛』に特化しているって訳でもねぇと思うぞ? だって、さっきのバーンとの戦いは速かったろ?」


「……確かにそうだな」


 リカードは、先程のバーンの試合を思い出して納得する。


(しかし、アナが一瞬か……実力差があるとは思っていたが、まさかここまでとはな……)


 ユリスは驚く。

 予想通りアナスタシアが負けるとは思っていたが、奮闘するまでもなく終わってしまうとは思っていなかった。

 改めて、S級冒険者の実力を思い知らされる。


 だがーーーー


(ここで臆するようじゃあ、大罪の魔術師としては失格だよな……)


 だからユリスはアナスタシアが戻ることを確認すると、他が名乗りをあげる前に自ら足を踏み出す。

 気持ちは前に、強さを求め、遥かなる高みを目指すために。


「行くのかユリス?」


「あぁーーーー」


 さぁ、己の実力がどこまで通じるのか試してみよう。


「大罪の魔術師、ユリス・アンダーブルクーーーーその実力を、お見せしようじゃないか」

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