歯車は動き出す

「あーあ……ユリスくんに会いたいなぁ〜」


 机に突っ伏し、透き通ったマリンブルーの長髪を散らばせながら、一人の少女が愚痴るように呟く。

 何度も何度もため息を吐き、物鬱げに遠い彼方に視線を移すその姿は、言葉通りに誰かを焦がれているように見える。


 故に、周囲で彼女を見ている生徒達も、そんな彼女の変化を温かい目で見守っていた。


「ミカエラ……だらしないよ」


 誰も少女に近づかなかった中、一人の少年が少女に近づく。

 少女は声に反応するように少しだけ顔を上げ、話しかけてきた人物を見据えた。


「だって〜……あれからずーっと会えてないんだもん〜」


「そりゃ、学園が違うわけだし。そもそも国が違うからね、おいそれと会えるものじゃないでしょ」


「そうだけど〜……」


 はぁ、と。ミカエラはあからさまなため息を吐く。

 その姿を見て、恋する乙女は大変だなぁ、などと苦笑いを浮かべて思ってしまうタカアキであった。


「タカアキくんは分からないんだよぉ〜、婚約者さんとすぐ会えるでしょ〜? 私は会えないの〜! タカアキくんのお守りっていう仕事がなかったら、巡礼って言ってユリスくんのところに行くのに〜!」


「お仕事はしないとね……」


「タカアキくんが勇者になっちゃうからぁ〜! タカアキくんのばかぁ〜!」


「僕のせい!?」


 少女は喚き散らし、さり気なく少年の体をボコスカと殴る。

 地味に痛いなと少年は思いつつも、こればかりは仕方ないと、甘んじて受け入れる体勢をとった。


(それにしても、本当にユリスくんのことが好きなんだよね、ミカエラは)


 整いすぎている美貌、聖女という肩書き、わがまま気質な部分や戦闘狂いな部分もあるが、根っこの部分は誰よりも優しい女の子。

 タカアキが聞くだけでも十を超える縁談が持ちかけられているほど、他の男からしたら優良物件中の優良物件。


 だがしかし、今まで一度も縁談話を受け入れなかったミカエラ。

 そんな少女が、一人の少年にここまで執着している────どこのラノベ主人公だよ、と。タカアキは一度出会った少年に悪態ついた。


(まぁ、ユリスくんなら気持ちは分からないこともないけどね……)


 あの時、魔族の群れが襲いかかってきた一件で、ユリスという少年の姿を見た。

 圧倒的な力、誰かを守りたいという強い意志、折れない心。どれもが、同じ男としても尊敬せざるを得ないほど。

 故に、ミカエラの気持ちも分かってしまうのがタカアキである。


「あ、そう言えばミカエラの妹さんから手紙が届いてたよ」


 そんな時、ふと思い出したのかタカアキは懐から一つの便箋を取り出した。

 すると、ミカエラは勢いよく顔を上げ、輝かしい瞳を向けながらタカアキの持つ手紙を凝視する。


「セシリアちゃんから〜!?」


「う、うん……そうだけど」


「見せて〜!」


 そう言いながらも、目にも止まらぬ速さで手紙を奪うミカエラ。

 流石は武に特化した聖女と言ったところか。勇者でバフもあるはずなのに見えなかったと、タカアキは頬を引き攣らせるのであった。


「ふむふむ……」


 ミカエラはそんなタカアキを置き、一人せっせと手紙を読み進めた。

 そして、全てを読み終わると────


「アハ、アハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」


 大きな笑い声を上げてしまった。

 お腹を抱え、手紙を潰さないよう避けるように体から離し、その表情に笑顔を浮かべている。


「ちょ、ちょっとミカエラ! ここ教室だから!」


 周囲の視線が一斉にミカエラに注がれる。

 タカアキは、それを見て気まずい空気を覚えるのであった。

 少しばかり落ち着いたミカエラは顔を上げる。その瞳には、どこか恍惚とした色っぽさが乗っていた。


「さっいこう〜♪ 流石、ユリスくんだよ〜! その心、その信念、その意志! どれもが愛おしく思えちゃう! 文字通り身を削ってまで救済を成し遂げてきた! あ、あぁあああああああああっ!!! ますます、ほ・れ・ちゃ・う♡」


 タカアキはミカエラの姿を見て頭を抱える。

 あぁ、また悪い癖が発動しちゃった、と。


「だからこそ、セシリアちゃんは『姉妹のお願い』を使ってまで手紙を出したんだね〜! これなら、私もミーシャお姉ちゃんも行かざるを得ない〜♪ というより、別に使わなくてもちゃんと行くのにね〜!」


「ど、どこに行くの……?」


「そりゃ〜、もちろんセシリアちゃんのところだよ〜!」


「でも、仕事があるよね? いてくれって言ってるわけじゃないけど、放棄しちゃってもいいの?」


「ちっちっち〜だよ! これは教皇様も認めてる『姉妹のお願い』なんだよ〜? これを姉妹の誰かが使うと、私達の中ではどんな事項よりもお願いが優先されるの〜」


 よく分からない単語が飛び出し、タカアキの頭に疑問符が浮かび上がる。

 だけど、ミカエラはタカアキの様子など無視して、恍惚とした笑みを浮かべたまま一人口を開く。


「ミカエラは〜、『姉妹のお願い』を履行しま〜す☆」


 そして、そっと懐に手紙をしまうと、大きく背伸びをした。


「でも初めてじゃないかなぁ〜?」


「何が、なのさ? さっきからずっと一人で言ってるけど……」


「ん〜? それはね────」


 ミカエラは、懐にしまった手紙をもう一度取り出し、タカアキにその内容を見せた。


「一人の少年のためだけに、三大聖女全員が揃うことが、だよ〜♪」


 ♦♦♦


「ふむ……セシリアは控えめで大人しい子だったが、ようやく妹らしいわがままを言えるようになったんだな」


 どこかの場所、豪華な椅子の背もたれにもたれ掛かりながら、一人の少女が一枚の手紙を眺めていた。


「わがままは欲ではない、紛れもない美徳だ。使うべき場所、求められているからこそがあるのだろう。そこを弁えている────故に『姉妹のお願い』を使ったんだろうな」


 少女は立ち上がり、手紙を傍らにある机の上に置くと、動きやすい白の部屋着を脱ぎ始める。

 そして、タンスの中から一着の修道服────その中でも、一際白に染った服を取り出すと、そのまま着替え始める。


「あぁ、そうだ────」


 着替え終わると、少女は手紙を拾い、薄らと笑みを浮かべる。


「我、ミーシャは────『姉妹のお願い』を履行しよう」


 約束事だしな、と。

 少女は肩を竦めながらもう一度椅子に座る。


 足を組み、何一つ装飾のない服装と、黒く染った肩口まで伸びている髪が異様に違和感を覚えさせる。


「それにしても、一人の少年のために私達を集めるなど……よっぽどセシリアはこの少年にお熱のようだな。だが、主に必要なのは私なのだろうが」


 少女は手紙を懐にしまう。


「さて……『聖人』の私は、この少年にどんな美徳を与えることになるのか────是非とも、救ってやろう」


 ♦♦♦


 世界のどこかで、世界の中心たる人物二人が動き出す。

 だけど、また世界のどこかでは、世界の中心たる人物も動き出そうとしていた。


「退屈……暇」


 動き出す歯車は、別々のところで動き出し────


「そうだ……ユリスのところに行こう。きっと、いい暇つぶしになる」


 やがて一つの場所で噛み合うのだ。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


※発売1週間前!


ということで、これから毎日朝9時に投稿をさせていただきます!

キャラデザも表紙も沢山Twitterで公開しているので、よろしければどうぞ!!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る