ミリーという少女

 久しぶりの再会を果たした中、アナスタシアはもう一人の再会相手と向き直っていた。

 黒髪を肩口まで切り揃えた、愛嬌のある少女。しかし、その表情には何も色が乗っていなかった。


(……確か、アナスタシアの従者の子、だったよな?)


 ユリスは過去に会った少女と記憶を一致させる。

 とはいえ、実際に話したことなどなく、試験でアナスタシアの後ろに立っていたということだけ。

 直接の接点も学園に入ってからはなく、アナスタシアにも接触した気配はなかった。


 それも、従者という立場ではなく同級生という括りに変わったのだろうか? と、ユリスは疑問に思ってしまう。

 しかし、そんなユリス及び固まる空気に流されている面々とは違い、アナスタシアだけは少しだけ気まずそうな顔を浮かべていた。


「……ミリー」


「はい、アナスタシア・ミラー様の従者のミリーでございます」


 主人の言葉を聞きながらも、ミリーは表情を変えずにアナスタシアに近づく。

 一歩、一歩と踏み込まれる足を見て、アナスタシアの心臓が徐々に跳ね上がってしまった。

 どうして、せっかくの再会なのにここまで気まずい思いをしているのか? それは単純に────


(ミリーには……本当に申し訳ないことをしたわ……)


 ミリーがアナスタシアに仕え始めたのは一年も経っていない頃の話だ。

 故に、アナスタシア以上にミラー公爵に仕える者達とは過ごした時間はない。

 だが、それでも仲良くしてもらった人間はいたわけで……その人間が、ごぞってアナスタシアを守るために命を散らした。


 自分自身は割り切っている。親しい者達の死を。

 だけど、ミリーは違うのだ。突然知らされ、突然に会えなくなってしまったのだ。

 憤慨、激怒……そんな感情が湧き上がってきても仕方ない。ミリーとて一人の人間。

 いくら相手が仕える主人であったとしても、簡単に割り切れるものではない。


 だからこそ、アナスタシアは気まずそうにする。


(いえ……これは私がしっかりと向き合わないといけない問題よ)


 自分は愛おしい存在に支えてもらった。

 そんな存在の代わりにはならないかもしれないけど……それでも、アナスタシア自身が筋を通し、頭を下げなければいけない。

 故に、アナスタシアはその頭を下げようとした。


 しかし────


「もう、しわけ……ございませんでした……」


「えっ……?」


 頭を下げたのは、謝罪をしようと思っていた相手からの謝罪であった。

 予想外のことに、アナスタシアは頭がパニックになる。

 だけど、ミリーだけは主人の驚きを無視して、震え始めた声で言葉を紡いだ。


「私は、アナスタシア様が苦しんでいる時……お側にいられませんでした。従者として、主人を守らなければならないといけないという時に……私は、学園生活を謳歌しておりました……そのことに、謝罪だけでは治まらないと思いますが……心からの謝罪いたします」


「…………」


 アナスタシアは、ミリーの言葉が理解できなかった。

 元々、ミリーという従者を帰省するのに連れて行かなかったのはアナスタシアの判断だ。ユリスという存在で満足し、実家にいれば安心だという思いがあったから。

 加え、アナスタシアの知るミリーという少女は、『よくも悪くも想い入れのない少女』という認識が強かった。


 仕事はこなす、だけどそれ以上は踏み込まない。

 同じ仕える者達と親しくしていた姿は見た。だけど、自分に対しては「お金をいただける限りは働く」と言っていたぐらいだ。

 パーソナルスペースを確保しながら、自分とは距離を取っていたと思っていた。


 けど────


「ミ、ミリーが謝ることはないのよ……? 全部、あなたに責任はな────」


「いえ、お側にいなかった……それだけでも、従者として失格でございます。私への罰……覚悟しております。どうか、何なりと……」


 ミリーという少女は頭を下げる。

 今、この瞬間────誰も口は挟めない。だからこそ、皆がアナスタシアの言葉に耳を傾けた。


(……私にはもったいない、従者だわ)


 アナスタシアの中に、複雑な感情が湧き上がる。

 今まで、こんな印象を持っていたことが恥ずかしい。

 主人として、こんなにもいい従者を持っていたのに気づかなかったことを悔やむ。

 だからこそ、アナスタシアは内心己を叱りながらも、ミリーに近づき……その頭を撫でた。


「別に、私はあなたを責めないわよミリー。本当に、これはミリーが責任に感じることなんかないんだから」


「ですが……」


「それでも責任を感じてくれるなら……これからも、私に仕えてくれないかしら? これからは私もそうだけど……新しく、隣に立ってくれる人がいるから……」


 そう言って、アナスタシアはチラリとユリスを見やる。

 その視線にミリーは気が付き……アナスタシアに視線を戻した。


「かしこまりました……不肖、このミリー────これからも、アナスタシア様にお仕えいたします」


「えぇ……よろしくお願いするわ」


「では────」


 そして、ミリーは撫でられているアナスタシアの手を取ると、そのままギュッと力強く握った。


「アナスタシア様、これからもバシバシ頼ってくださいね! 後でちゃんとその分の給料はいただきますけど、お給料をいただければ何でもしますので!」


 無表情から笑みを浮かべ、明るく人懐っこい顔に変わり、まるで旧知の友のような態度に変わるミリー。

 その姿に、アナスタシアは目を見開いてしまう。

 だけど、それがどうにも懐かしくて……思わず苦笑いが溢れてしまった。


「あなたらしいわね……じゃあ、出世払いで悪いけど────早くSクラスに上がって来てちょうだい。一緒に、これからは過ごしましょう」


「お望みとあらば!」


 愛おしそうに最後に強く手を握ると、ミリーは晴れやかな顔でそのまま教室の外へと向かっていく。

 そして、ユリスの隣を通り過ぎる瞬間────


「アナスタシア様のこと……よろしくお願いいたします」


 そう呟き、最後にその姿を消してしまった。

 嵐のような子だと、ユリスは感じた。仕事とそう出ない部分が、まるで台風の目とそうでない部分のように見える。

 それと同時に────


(なんだ、俺以外にもちゃんといるじゃねぇか……)


 アナスタシアを大切に思っている人間が、この学園で過ごしてきた仲間とは……また別の存在。

 その存在いたことに……ユリスは言いようのない喜びを感じてしまった。


 アナスタシアも、やれやれと小さく息を吐くと、そのまま自分の席に座ろうとする。

 空気の流れが終わったのを確認したのか、ハッと我に返ったセシリアがユリスの元から離れ、そのままアナスタシアの元に近づいて行った。


「アナスタシアさん……」


「どうかしたの……?」


「私……今日に手紙を出します。それだけ、お伝えしようと思いまして」


「そう……ありがとう」


 アナスタシアは小さく笑う。

 ミリーという存在がいなくなり、完全に先の一件の憂いがなくなったからだ。


 だから、これでようやく────


「心置きなく……ユリスを救えるわ」


 そう呟いたアナスタシアの表情は、初めて見るような獰猛なものであった。


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※お知らせ


続々とTwitterでキャラデザを公開しております!

『♯魔法学園の大罪魔術師』と検索していただけますとすぐに見つかるかと💦


今公開しているのはユリス、ミュゼ、リカードとティナです!

是非とも、お読みの際のイメージをつかんでいただければ!

すっごく素晴らしいイラストになっております!


次回の更新は19日。それからは発売直前ということで毎日更新にいたします!

これからも『魔法学園の大罪魔術師』を何卒よろしくお願い申し上げます。


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