ユリスを一番に考えているから
ユリス・アンダーブルクは、とても優しい少年だ。
その他大勢に手を差し伸べることはなくとも、近しい人間であれば誰彼構わず手を差し伸べる。
それは正義感故か、はたまた大罪に冠する強欲か。
初めに編み出した大罪の魔術が強欲だったことから、きっと後者なのかもしれない。
しかし、例えその優しさが大罪であろうとも、事実少年は多くの人を救ってきた。
一人は小さくか弱い聖女。もう一人は不老不死の吸血鬼。更には幼なじみである公爵令嬢。他にもエルフの少女や、国を背負う王女などもその手で救ってきた。
だが、ユリスとて神に見初められた神子ではない。
一人の人間として、苦悩や困難に苛まれてきた。
それは多くの人間に救われてきたことによって前に進むことができ、多くの人間を救う今に繋がる。
救いたかったのは救われたから。
救いを求めた人間が救われた時に味わう気持ちを知っているから。
それを止める気などさらさらない。
もし、またしても近しい人間が救いを求めれば? もちろん、救いの手を差し伸べる。
故に、この力を手離さない。
手離したくないと思いつつも、手を離してほしいと願う人間は───
「……セシリア」
「……ユリス」
必ず存在する。
まるで因果応報のように。
救われたからこそ救いたいという気持ちは、ユリスだけに生じる思い出はないからだ。
「……見つけました、ユリス」
友人のおかげで二人を相手にしてもらっている間、己は己の問題を片付けるため聖人に会いに行かなければならないため、ユリスは聖人のいた応接室に向かっていた。
そして、校舎の入り口───そこで、ユリスは少女と出会う。
「はいは〜い! ユリスくん、さっきぶりだね〜♪」
一人はマリンブルーの髪を靡かせたおっとりとした少女。
背中には愛用のメイスを携えており、雰囲気にチグハグさを与えている。
そしてもう一人は、いつもユリスに笑顔を見せていた少女。
愛おしく、可愛らしくて、今浮かべている陰りある表情など似合わない……そんな少女。
「今回に限っては、したくもなかった再会だよ」
「あー、ひっど〜い! お姉ちゃん、ユリスくんに会うのを楽しみにしてたのに〜!」
ミカエラが、セシリアとは違うマイペースさを見せる。
頬を膨らまし、可愛らしく怒る様はこの場の空気にとても似つかない。
「……ユリス」
セシリアが、そんなミカエラ放って一歩前へと踏み出す。
「……正直に言います。私は今、迷っているんです。私の行動は正しいか、正しくないのか───私のしている行為は、ユリスを救うことに繋がるのか? 私は、姉妹のお願いをしてまでここまで来ましたが……情けないことに、悩んでしまってます」
愚かですよね、と。セシリアは自嘲気味に笑う。
「ユリスには自分のしたいことをすればいいと言ってもらいました。だから、私はしたいことをします───全ては、ユリスを救うために。だけど……私はどちらがユリスを救う方法なのか、悩んでいます」
アナスタシアやミュゼのように頑固たる意志はない。
救いたいという気持ちは同じでも、救う方法に間違いがあるのか……それが不安で仕方ない。
ミカエラは、姉妹のお願いを履行するため。ミーシャは、己が矜恃を貫き通すため。
では、セシリアは? どの行動にも、揺らぐべきポイントがある。
矜恃はない、方法に確信を抱いているわけではない。
だから不安なのだ。ユリスの前に立ちはだかっても、こうして弱音を吐露してしまうぐらいには。
それは、セシリアが優柔不断だからではない。
誰よりも───そう、誰よりもユリスのことを一番に考えているからこそ揺らいでいるのだ。
(あぁ……そうかい)
そんなセシリアを見て、ユリスはそっと息を吐く。
己の中に、先程までの絶望感はない。
自分のために動いてくれる人間が全員であり敵でありながらも、己という人格の味方をしてくれる人間がいたから……今は堂々と、己が己であるために前に進める。
ユリスは今すぐにでもセシリアを抱き締めたかった。
心配するな、安心しろ、そんな顔はしないでくれ───そういった慰めの言葉を投げて、セシリアに笑ってほしかった。
だけど───
「俺は言ったよ……セシリアのやりたいようにやれ。多分、セシリアが求める答えは、俺には提示してやることはできない」
今は、どうしても先に行かなければならない。
抱き締めることができないことを悔やみそうになるが───それは、セシリアには手を差し伸べられないから。
「ただ……俺は、どんな決断をしてもセシリアを突き放すようなことはしない。どんな時でも味方になってやる───それは、己が強欲だから」
「…………」
セシリアは唇を噛み締め、拳を震えさす。
瞳には少しばかりの涙が浮かんでおり、隣にいるミカエラはさり気なくそっとセシリアの涙を拭った。
「ユリスくんは容赦ないね〜! そんな厳しいこと言わなくてもいいのに〜」
「……それは悪いと思ってる。だが、どんな理由であれ、俺はセシリアを遠ざけたりはしたくないんだ」
きっと、セシリアは突き放してほしかったのだろう。
何故なら、突き放されてしまえば問答無用で答えが決まってしまうのだから。
何も考えず、ただユリスの体を救えばいい───迷わず心を、殺すことができたから。
「これじゃ、セシリアちゃんを相手にさせるわけにはいかないね〜」
ミカエラが代わりに一歩を踏み出す。
すると、その表情に普段のおっとりとした柔らかい目が消え……鋭い眼光をユリスに突き付ける。
「私は、誰かを救うために聖女になった。そして、私はユリスくんが大好き。できるなら、ユリスくんの味方でいたかった───だけど、それ以前に私はセシリアちゃんの姉だ。セシリアちゃんの味方であり続ける」
「……きっと、ミカエラみたいな人間がいれば、セシリアは自分の納得いく決断ができるよ」
ユリス一歩前に踏み出す。
拳握ることなく悠々と、傲慢であり続けるために不遜に構えながら。
そして───
ドゴォォォォォォォォォ!!!
っと、激しい轟音が鳴り響いた。
激しい轟音は黒く覆われた闇に光を与え、太陽に照らされながら一つの影が真っ直ぐに降り注ぐ。
そして───
「……お前が来るとは思わなかったよ」
「貸し一つ。私は、恩を返す主義だから」
一人の少女が、ユリスの前に現れた。
その少女は長い銀髪を靡かせ、どこにでも見るような白いシャツを身につけている。
ただ一点、不可思議なことがあるとすれば───
「じゃあ、俺を助けてくれるか?」
「うん、任せて。借りた分はちゃんと返すのが魔族の姫としての矜恃だから」
その少女は、魔族であることぐらいだろうか?
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