無能の少年の入学試験
『明確なルールとしては、私どもで選定した2名が勝負していただくというものになります。相手が気絶、続行不能及び降参すれば勝利となり、殺傷行為は禁止、敗北として即座に私どもが止めさせていただきます』
周囲のざわめきが強くなる。
確かに、この試験は至ってシンプルのようだ。
『あぁ、負けてしまったからといって合格できないという訳ではありませんので安心してください。私含め、審査員が実力を見るためのものですので』
負けても試験に落ちるわけではない。
本当の本当に、己の全力を出してアピールしろーーーーそういう事だ。
『それでは早速ーーーー試験番号1番と2番、前へ!』
そして、己の番号を呼ばれた生徒が中央へ向かっていく。
大きなローブを羽織っている少女と、甲冑に剣を身につけた少年ーーーー魔法士と騎士なのだろう。
初めの対峙見事に別れたものになるようだ。
そして一方、その光景を見ていたユリスは一人内心安堵していた。
(父上が言ってたこと……本当だったとは)
これが魔力測定などの類いであれば、ユリスは確実に落ちていたのだから。
魔力がない人間に、酷な内容ではないことが嬉しかった。
(……さて、早く終わらせて王都観光したいなぁ)
辺境の地であるアンダーブルク領から王都はかなりの距離があるため、滅多に訪れることがない。
故に、少しぐらいは観光したいなーーーーなんて願望がユリスの頭に浮かび上がってしまった。
(王都の娼館って、確かグレードが高かったはず……行きたいなぁ。きっとうちの領地以上の素晴らしさなんだろうなぁ。でも、行くにしてもセシリアをどうするか……)
試験最中にもかかわらず、煩悩まみれの思考をしているユリス。
皆の緊張を分け与えてあげたいくらいだ。
『勝者、2番!』
ユリスがそんな事を考えている間にも、試験はどんどん進んでいく。
(ぐへっ……ぐへへへへへへへっ……楽しみでやんすなぁ……!)
ユリスの出番は、もう少し後だ。
♦️♦️♦️
『勝者、7番!』
「ふぅ……」
細剣を鞘に戻し、赤髪の少女は小さな息を吐く。
対戦した相手の少女は両手を上げて、降参のポーズをして悔しそうな表情を作っていた。
(……勝ったのはいいけど、なんか物足りないわね)
動きやすい軽装を翻し、少女は腰まで伸びた髪をかきあげて待機場所へと戻る。
「お疲れ様です」
すると、待機場所で待っていた給士服を着たショートな黒髪の少女が迎えてくれた。
その所作からは敬意を感じる。きっと、彼女の従者か何かなのだろう。
……まぁ、パッと見はただのメイドだがーーーー果たして、この地に足を踏む少女が給士するだけでここに訪れたのだろうか?
「えぇ……ありがと」
「流石は三大公爵家の一家ーーーーミラー公爵のご息女ですね。そこらの貴族では相手にもなりませんか」
「そんなことないわよ、今回はたまたま勝てただけ」
「……簡単に勝負を終わらせておいてどの口が言うのやら」
給士服の少女はため息と共に愚痴る。
事実、己の主人は相対してすぐに決着をつけた。
軽やかな身のこなしで相手の懐に潜り込み、魔法士の詠唱の隙も与えないまま喉元に細剣を突きつけ、為す術なく相手は降参した。
一連の動きはわずか数秒程度ーーーー間違いなく、彼女はそこいらの生徒とは格が違うことが、周囲の目からも明らかだった。
「まぁ、アナスタシア様が化け物だということは、今に始まった事ではないですしね」
「失礼ね……あなた、それでも私の従者なの?」
「お給料をいただく限りは……アナスタシア様の従者でございます」
「はぁ……」
赤髪の少女ーーーーアナスタシアは従者の物言いにため息をつく。
普段は有能なのに、言葉使いが些か問題がある部分が、唯一の悩み所である。
『次、10番と11番!』
少しばかり頭を抱えていると、どうやら試験は進んで次の生徒の試合が始まるようだった。
前に足を進めたのは、自信満々な笑みを作り後ろからの声援を受けた金髪の少年と、気だるそうな表情を作る白髪の少年。金髪の少年とは違い、少年にはあらゆる罵倒の声が上がっていた。
「無能とユグノー公爵の次男、バーン様ですね」
「そうね……」
「確か、バーン様はアナスタシア様の婚約者様でしたよね? 当然、応援して差し上げるのですか?」
「婚約者候補って所を忘れないでちょうだい。……それに、私はあの人の事ちょっと苦手なのよね」
「それはどうして?」
「まぁ、見てたら分かるわよミリー」
意味が分からなかったが、とりあえず給士の少女ーーーーミリーは訓練所中央を見る。
そこには、金髪の少年が高笑いしている光景があった。
『まさか俺の相手が無能だとはな! くくっ、あーはっはっはーっ!!!』
『……』
『おい、今すぐに降参しろ! 俺は適正属性が二つもある二重属性『ダブル』の使い手だぞ! 貴様に勝ち目などあり得ないからな!』
『……』
煽られようとも、少年は口を開かない。
『おいっ! 俺はユグノー公爵の人間だぞ! 子爵風情が……無視をするなっ!』
それを見た金髪の少年は、無視されていることに苛立ちを覚えて声を荒上げる。
「うわぁ……あれは私も苦手ですね」
「でしょう? いくら公爵家の人間でも、あの態度ってあまり好きじゃないのよねぇ」
爵位が上だからと言って、あの上から見下し何でも思い通りにいかないと激怒するあの態度は気にくわない。
だからこそ、アナスタシアはあの少年が苦手なのだ。
『……傲慢』
『あ?』
『その態度は……些か傲慢ではありませんか、バーン様? 聞いてるこちらとしては、自分が弱いのを必死に隠そうとしているように聞こえますよ?』
すると、白髪の少年が口を開いた。
声のトーンは低く、若干怒気を孕んでいるよう。子爵家の人間が、公爵家の人間に言う言葉とは思えない。
『し、子爵家風情のお前が、この俺のことを馬鹿にするのか!?』
『馬鹿になど……子爵家の人間であるこの私が、公爵家の人間を馬鹿にするわけありませんよ』
憤るバーンに対して、白髪の少年は肩を竦める。
その態度が、余計にバーンの逆鱗を刺激した。
『な、なめやがって……! 絶対に後悔させてやるっ!』
唇を噛み、バーンは両手を白髪の少年に対して構える。
「あちゃー、これはバーン様怒ってますね。無能のくせに、バーン様を馬鹿にするからですね」
ミリーとしても、あの物言いは気に食わないと思ってる。
しかし、白髪の少年は無能で有名な魔法が使えない少年のはず。万が一にも二重属性『ダブル』のバーンに勝てるとは思わない。
いや、勝てないにしても健闘にすらならないのかもしれない。
今のバーンには容赦も手加減もしてはもらえなさそうだからだ。
「無能君は、どうするつもりなんでしょうかアナスタシア様?」
ミリーは己の主人に尋ねる。
すると、アナスタシアは冷たい目でミリーを見返した。
「その無能って呼び方やめてちょうだい。不快だわ」
「……失礼いたしました」
その主人の冷たい目に、思わずミリーは謝罪をする。
ふざけた口調は、一瞬にして主従のソレになった。
「……見てなさい。あいつは、貴方達が思っているような人間じゃないわよ」
「それは……?」
『それではーーーー始め!』
試験官の開始の合図が響く。
するとーーーー
『おい、頭が高いんじゃねぇのか……バーン様?』
ドゴォーン!!!
「……え?」
そこには、激しい衝撃音と共にいつの間にかバーンの頭を踏みつけにしている無能の少年の姿があった。
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