美徳VS大罪②

 聖人であるミーシャと戦うには、大きく二つの課題をクリアしなければならない。


 一つは聖人特有の身体能力。

 ただ地を駆けただけにもかかわらず目で追い切れない脚力は、捉えることも逃げ切ることも難しい。


 もう一つはユリスと同じミーシャの使う魔術だ。

 魔術の内容も分からず、目に見えた現象こそ出てはいないが、その効力は現在のユリスにとっては大きな障害とも言える。


 挙げられた課題を即座にクリアできるとはユリスは考えていない。

 故に、ユリスがとった行動は傲慢スペルビアによる座標移動によって相手が動き出すまでにこちらが動くといったものだ。


「ふんっ!」


「…………」


 傲慢スペルビアによって頭上に移動したユリスが踵を振り下ろす。

 ミーシャは目線を上げるだけでユリスの姿を捉え、片腕でユリスの足を防ぐ。


 そして、すぐさまユリスが傲慢スペルビアで移動し、今度は背後から拳を振るう。

 だけど、またしてもミーシャは半身を捻ることで避けてしまう。


(ばけもん……っ!)


 傲慢スペルビアの魔術は瞬間移動の類いだ。

 当然、目で追い切れるような速さで姿が移動されるわけでもない。


 カエサルに指摘された視線もカバーしている────にもかかわらず、ミーシャはことごとくを躱していく。

 ちゃんと、しっかりと対処しているのだ。


 並大抵の反射神経ではない。

 それが、聖人と呼ばれるゆえんなのかもしれない。


「そろそろ、私の方から動いてもいいだろうか?」


 そう告げた瞬間、ユリスは一気に傲慢スペルビアで距離を取る。

 すると、ユリスのいた場所には踵を振り下ろしたミーシャと、小さなクレーターが生まれてしまった。


(一撃でも食らえばお終いなんだよな……!)


 今のユリスは怠惰アケディアを使用していない。

 全てを傲慢スペルビアに集中させるため。


 故に、何も守られていないユリスが今のミーシャの攻撃を食らってしまえば大惨事だ。

 怪我だけであれば色欲の魔獣によってカバーできるが、意識を刈り取られてしまえばその瞬間、この戦いは負け。


 これはそういう戦いだ。

 相手の意見を貫ける土俵まで上げた者が勝者となる戦い。


(といいつつ、あいつの魔術はだいぶ厄介だ)


 ミーシャの背後に移動し、拳を振り下ろしながらユリスは考える。


 現在、開示されたミーシャの魔術は二つ。

 一つは己の受けたものを肩代わりにする譲渡ヒュミリタス。さらに、魔術を制限させる節制テンペランティア


 節制テンペランティアによって怠惰アケディアは封じられた。

 というより、継続して展開する魔術は軒並み封じられた────そう考えるユリス。


 これに関してはまだ戦いようがある。

 こうして瞬間的に発動させる傲慢スペルビアのような魔術で戦えばいいのだから。


 だけど、譲渡ヒュミリタスに限ってはそういう次元の話ではない。

 何せ、のだから。


 体の頑丈さは圧倒的な差。

 そんな中、自分が耐えきれるような攻撃を叩き込み、なおかつ相手を戦闘不能にさせるなど至難の業。


(まぁ、ずっとは展開できねぇだろうが……)


 傲慢スペルビアで拳を繰り広げる。

 今のところ、傲慢スペルビアによるヒットアンドアウェイは維持できているが、いつまで続くかは分からない。


(それに、美徳って名乗るんだ……あと五つは魔術が残っている)


 未知の魔術。

 アイラの時もそうだったが、ミーシャも末恐ろしい。


 己が身につける分には問題なかったが、いざ相手にしてみると魔術の脅威には脱帽ものだ。


「どうした? この程度の攻撃であれば私は倒せんぞ?」


「うるせぇなっ!!!」


 蹴りを放ち、その場から移動する。

 その瞬間同じように先程までいた場所にミーシャが移動し、繰り出した蹴りが大きく空ぶった。

 しかし、空ぶっただけで空気がひりついてしまうのを感じる。


「お前も俺を捉えられねぇだろ!」


「そろそろ目が慣れるが……恐らく、時間の問題だと思うぞ?」


「どんどん、俺の中での聖女のイメージが崩れるよ!」


「私も基本的には君がイメージしているような存在なんだが……聖人として立てば、こんなもんさ」


 ミーシャの体がブレる。

 それに合わせてユリスも適当な場所に座標を移動させるが────徐々に、その差が埋まりつつある。


 いつまで躱し続けられるか────ミーシャの言う通り、時間の問題。

 それはユリスとてだ。


「さぁ、このままでは私を倒すことは不可能。それに、私が君を捉えるのも時間の問題────どうする? 折れるか?」


 ミーシャが憮然とユリスを見据える。

 美徳と名乗りながらも淡々と、傲慢な立ち振る舞いを見せた。


「折れるわけねぇだろうが……」


 ユリスが疲労を見せながらも、ミーシャを睨む。


「っていうか、誰が負けるって決めたよ? 圧倒的な実力差があるのは分かってる、お前が優位にいるのも理解している……思わずしてしまうぐらいには」


「ならば────」


「だけど、勝てないってわけじゃない」


 何も、ユリスの魔術は傲慢スペルビア怠惰アケディアだけではない。


 暴食グラ

 憤怒イラ

 色欲ルクスリア

 強欲アヴァリティア


 そして────嫉妬インヴィディア


「嫉妬してしまうよ……そんな身体能力、羨ましすぎる。だから────存分に嫉妬させてもらう」


 ユリスの嫉妬インヴィディアは相手の身体能力、及び魔術や魔法、技術を模倣トレースするものだ。

 故に────


「ッ!?」


 ユリスの姿がブレる。

 それは傲慢スペルビアによる消失ではなく、


 ミーシャはそれを認識。

 だが、突然のことに対処しきれず……後方へと思い切り吹き飛ばされてしまった。


「さぁ、第二ラウンドだ────嫉妬してしまえば、同じ土俵に上がれるだろう?」


 ユリスは、ミーシャを嫉妬トレースした。

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