第一グループ
ユリス・アンダーブルク。
大罪の魔術を極めたその少年は苦悩していた。
個にして強大、且つ体内の魔力を使わずに行使できるユリス唯一の武器である大罪の魔術。
だが、そのレパートリーは大罪の名に冠する七つのみ。故に、手札を全て出し切ればユリスの戦術も行動パターンも把握されてしまうのだ。
それに加え、大罪の魔術はそれらが全て極められている。例外として
だからこそ、ユリスは更に強さを求めた。
成長がない魔術には限界が訪れる。負けられないこの武闘祭でミュゼみたいな相手が現れてしまえば、勝てる保証がない。
更に言えば、ユリスの魔法は1対1には強いが1対多数には弱い。
苦悩の末、新たに編み出したその結果が────魔獣なのだ。
大気中の魔力を具現化させ、己の大罪の魔術に当て嵌める。さすれば、新しい生き物として、新しい魔術として、ユリスに権能を与えてくれるのだ。
これがユリスの生み出した新しい魔術。
大罪の魔術の新しい武器だ。
「……こうやって人を見下せる瞬間って言うものはやっぱりいいものだよなぁ」
ユリスが獅子を後ろに携えて、不遜に笑う。
その光景は異様なもので、地に伏せたスタジアムにいる人間は何が起こったのかが理解できなかった。
けど、誰が何かしたかは理解できる。
「無能ッ! お前、何しやがったァ!!!」
地に伏せる男子生徒が、歯を食いしばりながらユリスを睨む。
顔を上げるその生徒は、何処か重たい物を乗せられているように見える。
「ん? 何をしたって……まぁ────」
ユリスは、獅子の姿を見上げて何気なしに答える。
「重力操作────とりあえず、この場に80倍の重力をかけさせてもらっただけだよ……どうだ? 体を起こせないだろ?」
大罪の魔獣、傲慢の獅子の権能は重力操作。
相手を跪かせる為に生まれたその権能は自身以外の重力を操れる。
例えば今のように相手に強力な重力をかける事もできれば、相手の重力をなくす事だってできる。
その範囲は────約半径100m。
(届く範囲的な話を言えば、
ユリスは、今後の課題を思う。
「くそっ! どうなってんだ!?」
「体が重くて動かせねぇ!?」
「早くこれ止めてよ!」
周囲の生徒が喚き立てる。
その様子を見て悦に浸っているユリスは────やはり、傲慢なのかもしれない。
「こんっ、じょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
だが、一人だけ。
気合いの入った声で立ち上がる生徒がいた。
剣を地面に突き立て、歯を食いしばり震える足を支えながら、ユリスの権能に逆らう。
「流石はリカード……これでも立ち上がるなんて、あの筋肉は伊達じゃない……のか?」
「あったり前だぜユリスッ!」
「……そうか」
リカードの姿を見て、ユリスは小さく笑う。
それは立ち上がってくれたから……なのかもしれない。
「ここで終わっても仕方ないしな。敗北条件は続行不能か降参────もしくは場外だ。だから、このままじゃ俺の勝ちにはなり得ない」
一歩、一歩を強く踏みしめながら一人ユリスに向かうリカード。
だが、それをユリスは許さない。
「俺の隣に立って欲しいのはセシリアだけだ。だからリカード……お前は後ろで俺を見てろ」
ユリスはつま先で床を小突く。
すると、ユリスを中心に巨大な禍々しい魔法陣が浮かび上がった。
そして、ユリスは告げる。
「
その瞬間、地に伏せる生徒は浮かび上がる事無く壁に向かっていく。
強烈な風が吹いた訳でもなく、ただ重力に押されて。
「……くっ!」
リカードもその逞しい足と突き立てる剣で何とか踏み留まる。だが、やがては耐えきれずそのまま壁に向かってしまった。
そして、生徒達がスタジアムの壁に叩きつけられる衝撃音が響いて────
「ここまですれば、魔法が使えるから強い────なんて話はお終いだよな?」
『しょ、勝者ユリス・アンダーブルク!』
大罪の魔術師が、一学年の一席を掴み取った。
♦♦♦
開幕第一戦が終わったと言うのに、ギャラリーからの歓声はなかった。
「すごいですっ! ユリスが勝ちましたよミラベルさん!」
「う、うん……勝ったね……」
「後でおめでとうを言わなければなりませんね! それに、ユリスもお疲れでしょうから……また、膝枕をしてあげた方がいいでしょうか?」
だが、ユリスの想い人────セシリアだけは、自分の事のように嬉しく喜んでいる。
逆にミラベルに至っては頬が引きつっているご様子。
(ユ、ユリスくん……またとんでもない魔法作っちゃった……)
それは周囲の理由とは異なるが、ミラベルが苦笑いしているのは新たに身につけたユリスの力に言葉が出なかった故。
(でも……やっぱり、ユリスくんかっこいいなぁ……)
それでいて、ほんのりと頬を染めているのはきっとユリスに毒されているからだろう。
「今日はご馳走ですね! 私、最近『しお』という料理を学んだので、ユリスに食べさせてあげます!」
「待ってセシリアちゃん!? 塩は料理じゃなくて調味料だよ!?」
セシリアの料理下手が垣間見れた瞬間であった。
そんな二人の賑やかなやり取りの中、同じ客席の生徒は目を丸くしていた。
ユリスを無能と馬鹿にしている者や、そもそもユリスを知らない生徒まで。一部の人間を覗いて揃いも揃って黙りこくる。
そして、やっと我に返ったフラーニャが魔道具片手に口にする。
『け、決着ぅぅぅぅぅぅぅっ! 開始早々、僅か数分という短い時間で第一グループの決着がついてしまいましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』
その声を元に、ギャラリーも同じく現実に戻り、一気にざわつきが広がった。
『なんと、勝利したのは一学年Sクラスのユリス・アンダーブルクくん! ユリスくんの背後に大型の魔獣が現れたかと思えば、選手殆どが地に伏せ、最終的には場外────正直、私には何が起こったか分かりません!』
見ている者達には確かに、何が起こったのか分からないのかもしれない。
ユリスが右手を鳴らすと魔獣が出現し、その瞬間リカードを残して殆どが地に伏せた。
そして次には皆が一瞬にして場外へと勢いよく向かってしまったのだ────魔術を知らない人間がコレを理解しろというのは酷なのかもしれない。
『風魔法を使って吹き飛ばした訳ではなさそうですし……学園長、どう思われますか?』
フラーニャがミュゼに問いかける。
すると、ミュゼは面白い物を見たように小さく笑った。
『あやつめ……また、面白いもんを創りよぉて……飽きんやつじゃのぉ』
『え、えーっと……』
『まぁ、あやつがつまらん訳がないか……くくっ、師匠思いの可愛い弟子じゃ……』
『あ、あのー……』
解説を放棄し自分の世界に入ったミュゼに困るフラーニャ。実況と解説として、応答が成立しないのは如何なものだろうか?
『と、とにかく! 一学年の一席を勝ち取ったのはユリス・アンダーブルクくんでした! 皆さん、大きな拍手を!』
パチ、パチ、パチ、と。
まばらな拍手が客席から聞こえてきた。
これを勝負と呼んでいいのか?
自分達の予想を遥かに超えてしまったではないか?
結局、何がどうなったんだよ?
客席から、ざわめきが目立つ。
だが、その言葉の中に『無能』という単語はなかった。
♦♦♦
「全く……ユリスはすぐ先に行くわね……」
その光景を控え室の投影魔道具で見ていたアナスタシアは同じく頬を引き攣らせていた。
届いてもいないのに、まだ先に行くのかと……デタラメだと、侮蔑ではなく悔しく思う。
「ふふっ、そうですね。それがユリス様らしいと言いますか、そこがかっこいいと言いますか……」
逆に隣に立つエミリアからは嬉しそうな声が聞こえた。
頬を染め、映るユリスを熱い目で見つめている。
「エミリア様……毒され過ぎじゃない?」
「あら? アナスタシア様はあのお姿を何も思いませんか?」
「そ、それは……」
アナスタシアは口篭る。
確かに、ユリスのあの姿を見てかっこいいと少しだけ思った。あんなユリスに助けられるお姫様にもなってみたいと……げふんっ!
けど────
「やっぱり、悔しさが勝るわ……私は、ユリスにも勝ちたいのよ」
やはり、悔しさが上回ってしまう。
それはアナスタシアがユリスを同等と見ているからなのかもしれない。
「も、という事は────私にもでしょうか?」
「えぇ、もちろん。負けないんだから覚悟しておきなさい」
「ふふっ、望ところです」
二人は互いに笑い合う。
ユリスが終わった後は、最後の席を巡る残りの一戦だけなのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます