エピローグ

 森での一騒動から三日の月日が経った。

 ユリスが憤怒イラの魔術から解放され、その後すぐ様カエサルがユリス達の元に駆けつけた。

 その右手には、何故か同じ講師であるジョセフの首根っこが掴まれていたわけなのだが……どうやら彼は邪教徒だったみたいだ。

 それから、アナスタシア達はここで何があったのか色々聞かれたみたいだが、それはユリスの知らない話────


「……いてぇ」


 ユリスは現在、医務室のベッドで横になっていた。

 目立った外傷はなかったものの憤怒イラの反動は大きく、二日間目が覚めない状態でようやく目が覚めたかと思えば、全身至る所から激痛ときた。流石のユリスも涙目である。


 三日経った今では痛みこそ和らいだものの、足を動かしたりすることはままならず、こうして未だに横になっている。


「気持ち良さそうに寝やがって……」


 ユリスは上半身だけ起こし、椅子に座りながらユリスの太ももを枕替わりに寝ているセシリアの頭を撫でる。


(看病してくれるのはありがたいが、こんな所で寝なくてもなぁ……)


 サラりとした金髪は撫で心地がよく、気持ちよさそうに寝るセシリアがそこはかとなく可愛い。


(……ほんと、セシリアは────)


「ユリス様、起きていらっしゃいますか?」


 セシリアの頭を撫でていると、医務室のドアが開かれ銀髪の少女が姿を現した。

 そして、その後ろには二名の屈強な男達の姿も。


「あぁ」


 そう返事をすると、エミリアはユリスがいる場所まで近づく。だが、後ろの男達はついてくる様子はなく、入口で待機していた。


「護衛、つけたんだな」


「はい。専属────ではありませんが、流石に今回の件がありましたからお父様がつけてくださったのです。また、狙われないとも限りませんから」


「そうしとけ……」


 今回は何とかなったが、次回も何とかなるとは限らない。それ以前に、王女には危険があってはいけないのだ────襲われた時点でつけておけば……なんて思うが、流石に国も事の重大性を深く刻んだのだろう。


「本当は、ユリス様に専属騎士になっていただきたいのですが……」


「無理無理。それは話したろ?」


「ふふっ、そうですね」


 エミリアは楽しそうに笑う。


「それに、セシリアにも護衛をつけた方がいいんじゃないか?」


「えーっと……一応、国からも教会に提案したのですが……セシリア様本人が、教皇様に強く拒否したらしく────表立った護衛はつけないそうです。ひっそり、国と教会からの護衛はつけさせてはいますが、本人にはお話しておりません」


「おいこらセシリア。お前は一体何をやってるんだ」


 ユリスは寝ているセシリアの頬を軽く捻る。それでも、セシリアは起きる様子もなく、顔をふにゃけさせるだけであった。


(まだしばらくは俺が見るしかないのかぁ……まぁ、何処かで見ているなら少しは安心……かな?)


 それでも今度、セシリアと一緒に教皇に会いに行ってつけてもらおう、そう決めたユリスであった。


「事の顛末をお話してもよろしいでしょうか?」


「頼むわ」


 エミリアは腰掛けていた椅子から立ち上がり、セシリアとは反対側からユリスが寝るベッドに座った。


「……どうしてベッドに座る?」


「あら? ただこちらの方が座り心地が良さそうだと思っただけですよ?」


 そう言ってエミリアはいたずらに笑う。


「まず、今回の騒動で現れたのはやはり邪教徒でした」


「……」


 エミリアはすぐに真面目な表情に戻る。ユリスも、それにつられて少し表情を引き締めた。


「講師であるジョセフ……そして、私達の前に現れた男────この二名が、学園に現れた邪教徒です。現在、身柄を拘束しているのはジョセフのみ……今後、彼からは尋問をして情報を吐き出させます。まぁ、その後は間違いなく処刑ですが」


 ユリスはエミリアの発言に驚いた。

 まさかあの講師が邪教徒だとは思っていなかったからだ。

 しかし、それでいて納得できる部分もあった。ジョセフが邪教徒だとしたら、カエサルはきっと妨害を受けていたのだろう。

 どうしてすぐ様来なかったのか? という疑問が解消された。


「バーン様はどうやら邪教徒が依り代を作る為の因子を打ち込まれていたらしく、彼は自我を失って暴走していたみたいです」


「……あれが暴走、ねぇ? 暴走だとしても、王女に害を加えようとしたんだから「はい、仕方ありません」で済まされないんだろ?」


「その通りです。彼は公爵家から追放、僻地での労働処分────意識があった訳ではない……というのと、100%の加害者という訳ではなかったという点を加味して、処刑という処置はとらなかったみたいです────しかし、本人は何故か未だに目を覚ましていませんが」


 エミリアはジト目でユリスを見る。そして、ユリスも背中から思いっきり冷や汗を流すのであった。


(……やっべ、普通に返還するの忘れてた)


 ユリスはバーンを無力化する際に、強欲アヴァリティアでバーンの権利を奪った。

 それはユリスが返還しないと、バーンの手元には戻らないわけで────


(バーンの意識を保つ権利……返還します、ごめんなさい)


 こっそりと、ユリスはバーンに権利を返還した。


「それと、今回現れた邪教徒の中には私の元専属騎士はいませんでした────故に、今後も警戒しておいた方がいいでしょう……セシリア様も含めて」


「……了解」


 ユリスはセシリアの頭を撫でながら、少し重たく返事をした。


 今回の件で、学園と王国は非難された。

 教会側と他国側から。それは聖女であるセシリアを危険な目に合わせてしまったからだ。

 これから、王国は後ろ指を指されてしまうが、それでも最悪な事態は避けることができたようだ。この件で、他国から聖女が王国にいるのはおかしい……などの言葉は既に挙がっているが、聖女本人が頑なに拒否────故にこうしてセシリアはこの国にいる事ができた。


「それと、こちらは王女として、ユリス様に命令させていただきます────今後、あの魔獣になるお力は使用しないでください。あの力は凄まじいものでした……故に制御が出来ないのであれば、国として放置するわけにはいきません。ですが、私は……その、無理に首輪はつけたくありません……」


「……いや、エミリアの言う通りだよ。これは、本当に使っちゃいけないやつだから────制御できるようにしとくし、今後使わねぇようにする」


 今回はセシリアのお陰で何とか被害を出さずに済んだ。前回はミュゼが止めてくれたものの、次はどうなるか分からない。


 もし、誰も止めることが出来なければ────国に大きな被害が出てしまう。

 故に、エミリアは王女として、誰にも口外はしていないが命令する。

 それが分かっているからこそ、ユリスはその言葉を重く受け止めたのだ。


「お前には迷惑かけたな……」


 ユリスは頭を下げる。

 それは己がバーンと同じく暴走してしまった事。


 ユリスの憤怒イラは自我を無くす。

 その所為で、その時の記憶は残っておらず、気がつけばベッドの上────自分の仕出かした事や迷惑をかけた事は理解しているのだが、何をしたかまでは覚えていない。


 それでも、迷惑をかけたのだ────昨日、見舞いに来たアナスタシア達にも頭を下げたが、ユリスはエミリアにも頭を下げた。


「お気になさらないでください。ユリス様は私を守ってくれたのです────感謝こそすれど、迷惑だなんて思っていませんよ」


「……」


「皆さんも同じ事を仰ったのではないですか? 「気にするな」……と」


「……まぁな」


 確かに、先日ユリスが頭を下げた時にも同じ事を言われた。

「友達だから気にするな」「私も助けられた事があるし、お互い様」「別に気にしてないわよ」と。


(いい人に恵まれたよな……)


 それが無性に嬉しくて、改めてユリスの胸の内が暖かくなる。


「今度、国と教会から褒賞が出るそうです……楽しみにしていてくださいね」


 エミリアは長話もなんだからと、立ち上がりユリスに背を向ける。

 そして────


「……私を助けて下さりありがとうございました。あの時……とても嬉しかったです。このお礼は、個人的にも返させていただきますね」


 ほんのりと頬に赤みをつけて、エミリアはユリスに顔を向けることも無く呟いた。

 その言葉はユリスの耳に届いたものの、返事を言う前にエミリアは医務室から去ってしまった


 そして、再び医務室に静寂が訪れる。

 吹き抜ける風がユリスの頬を撫で、眠るセシリアの髪を揺らす。


(あの時……不思議と、セシリアの声がしたんだ)


 ユリスはセシリアの頭を撫でながら思う。


 自分が憤怒イラに飲み込まれていた時に、記憶も自我も意識もなかったはずのユリスの耳に、セシリアの声が聞こえた。

 それは不思議とユリスの心に響き、己の心が暖かく包み込まれたような感覚に陥った。


(セシリアが……俺を支えてくれたんだよな……)


 何て言ったのかまでは分からない。

 それでも、セシリアの声だとセシリアの暖かみだと……あの時のユリスは理解出来た。


 それはセシリアだからなのか……彼女が聖女だからなのかは分からない。

 だが、今のユリスにあの時のような黒い感情は何処にもない。


 ユリスはセシリアの頭を撫でる。

 ゆっくりと、優しく彼女に感謝を伝える為に────


「また、お前に助けられたよな……」


 ユリスはセシリアが来てからというもの、心に蔓延るしこりが無くなった。

 傲慢で、強欲で、色欲で、憤怒で、怠惰で、嫉妬で、暴食な自分を見捨てず離れず────支えてくれた少女。


 改めて、ユリスの胸が高鳴る。

 セシリアの顔を見ているだけで、不意に幸せな気分になれる。


 そう、これはきっと────


「大好きだよセシリア……」


 セシリアだから、抱ける感情なのだろう。



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