第二章 武闘祭

プロローグ

「なぁなぁ師匠?」


「なんじゃ?」


 木々が生い茂るアンダーブルク領の最南に位置するこの森。

 辺境という事もあってか、人の気配は殆どおらず、開拓のか文字もないこの地は自然豊かである。

 その為、外敵である人間がいないからなのか、魔獣が群生する場所でもあったりする。


 そんな場所奥深く、一人の少年が小柄な少女と相対していた。


「俺は魔法を使えるようになりたいんだけど? こんな組手じゃなくて、魔法の勉強したい。俺は誰かを守る力が欲しいんだ、馬鹿にされない力が欲しい」


 少年が少女相手に容赦なく蹴りを放つ。

 だが少女は難なくその蹴りを避けると、悠々と空いた胴体に思いっきり掌底を放った。


「ぎゃふッ!?」


 少年は吹っ飛び、地面を何度も転がる。受身を取れていないものだから、その勢いは全く殺しきれていない。


「文句言うんじゃないお前さんや。そもそも、妾も魔力がない奴が魔法を使った所なんて見た事も聞いた事もないわい」


「師匠の存在意義が……」


「失礼な奴じゃな!?」


 少年は打ち込まれたからなのか、本当にガッカリなのか、隠す様子もなく項垂れる。


「っていうか、師匠スカートなのにさっきからパンツが見えない! あんなに動き回ってるのにチラ見のチ文字もない! ふざけるな! 横暴だー!」


「とんだマセガキじゃな……」


 少女は呆れて肩を落とす。

 確かに、今の少女の服装はワンピースだ。組手をしているとは思えない服装で、地味にその丈も短い。故に、少年は先程から虎視眈々とその聖遺物パンツを狙っていた────のだが、残念ながら拝めることはできなかったようだ。


「お前さんに見せる物なんてないわ。そうじゃな……妾に『生きる意味』か『死ねる方法』を教えてくれようもんなら────下着どころか、この身を捧げてもよいぞ?」


「……師匠、父上が言ってた。「快楽は生きる意味だ!」って」


「妾をそんな下賎な輩と一緒にするではないわ」


 少年の父親は本人の知らぬ所で、下賎呼ばわりされてしまった。


「でもさ────吸血鬼ヴァンパイアが死ぬ方法なんてあるの? 不死身じゃん」


「だから探しておるんじゃろうが」


「ニンニクと十字架持ってこようか?」


「あれは臭いから好かん。それに、妾は吸血鬼ヴァンパイア


「……半端者?」


 少年は地べたに座り、少女の話を聞く。

 少女も少年の隣に腰を下ろし、少し悲しそうに空を見上げた。


「そうじゃ。妾は不死身という能力しか受け継ぐ事が出来んかった半人じゃ……弱点もなーんにもない……憐れな生き物じゃよ」


 首をへし折ろうとも、胴体に風穴を空けようとも、その身を業火で焼こうとも、その身を深海に沈めようにも────死ねない。

 本来の吸血鬼ヴァンパイアは日光を浴びると消滅してしまう夜行性の種族だ。だが、その弱点さえなければ不老不死の化け物────人間族とは敵対していないとはいえ、普通に脅威の種族である。


「だから俺を弟子にしたの?」


「まぁの。気まぐれ半分期待半分でお前さんを弟子……にした訳じゃが────お前さんは気まぐれだけで終わりそうじゃのぉ」


「失礼な!?」


 憤慨する少年を見て少女はクスクスと笑う。

 ここに来る前には滅多に見せない表情である。


「見とけよ師匠! 俺が絶対に師匠の望みを叶えてやる! 俺はやるって決めたらやる男だ!」


 立ち上がり、拳を突き上げる。その姿は年相応の無邪気なもので、見ている少女は何処と無く微笑ましく思えた。


「そうじゃな……楽しみにしておるよ、我が弟子」


「おう! 任せとけ我が師!」



 ♦♦♦



 少年が少女のいる森に通い始めてから長い年月が経った。

 少年は大きくなり────少女は少女のままであった。


 そして今日も今日とて、少女は山小屋で少年の来訪を待つ。

 暖炉の火を見ながら、丸椅子に座り……思い、耽る。


(もうあれから4年か……早いものじゃな……)


 少女は少年の姿を思い浮かべる。

 毎日のように自分の元にやって来てくれ、訓練をして……談笑をして、青年が帰る度に寂しい気持ちになる。


(くふふっ……妾も毒されたものよのぉ……)


 こんな気持ちを抱くのはもう何百年ぶりの話だろうか?

 久しぶりに味わいすぎて、少女は嬉しい気持ちになってしまう。


(惜しい……この時間を失うのは惜しい……)


 少女は、薄桃色の長髪をクルクルと弄りながら来訪を待つ。


「そう思うと、妾はまだ死にとぉないのかもしれんの……」


 惜しいと感じるのは未練があるからだ。

 ずっと死を求めて彷徨っていた少女には未練なんてものはないと思っていた────だが、


「喜べ我が弟子……お前さんのおかげで、妾は生きる意味を見つけたぞ」


 少女は笑う。

 嬉しそうに、本当に嬉しそうに……ひっそりと涙を浮かべながら。

 そして────


「喜べ師匠! そして讃えろ師匠!」


 思いっきり山小屋のドアが開かれた。

 ノックもせず、堂々とその扉を開け放ち少年が姿を現す。


「なんじゃ……いきなり頭のおかしな事を言いおって……」


 一瞬、先程の事かと思った少女だが、少年の嬉々とした表情を見て違うと悟る。

 少年はガツガツと少女に近づき、肩をガシッと掴んでその顔を近づける。


(な、なんじゃい……ちぃとドキドキするのぉ……)


 その行動に、少し胸が高鳴り顔が赤くなる少女。

 今まではこんな事はなかったはずなのに、不思議に思う少女であった。


 だが、次の瞬間────少女の熱は一気に下がる。


「師匠! やっと師匠が死ねる方法を見つけたぞ! やっと、やっと見つけたぜ!」


 本当に喜ばしそうに口にする少年。

 だが、少女は違う。永年求めてきたものではあるが……つい先程、その方法は渇望しなくなってしまったからだ。


「……そうか」


 少女は複雑な気分だ。

 未練があり、まだ生きたいと思っている。だが、少年がやっとの思いで見つけてくれた方法なのだ……そこまで頑張ってくれた事にも嬉しいとも思ってしまう。


「どうした師匠? 嬉しくないのか?」


 あんなに死にたい死にたい言っていた少女が喜んでいない。

 その事に不思議に思う少年。だが少女は、すぐ様そこ顔に張り付けの笑みを作った。


「教えてくれ我が弟子────妾が死ねる方法はなんじゃ?」


 少年は告げる。

 その方法の名を────


「その方法は俺が編み出した魔術────強欲インヴィディアだ!」



 ♦♦♦



「師匠────いくぞ?」


「あぁ……さっさと来い。我が弟子」


 小屋を出て、少年は少女と相対する。

 いつもの組手ではなく、今度は己が見つけた……殺害を行う為に。


「俺は師匠の生存する────その権利を頂く」


 ゆっくりと……本当にゆっくりと、少年は告げる。

 少女は不思議と己の中に何かが入ってくる感覚を覚えた。拒めば出ていく……そんな気がするが、少女は拒まない。


「持ってけ……妾のその権利」


 その間僅か数十秒。

 永きに渡る目的が……短い時間で果たすことが出来た。

 後は少年が……権利を行使するだけで────逝く。


 だけど、不意に……少年がしみじみと己の手を見つめた。

 そして、先程までの盛り上がりが嘘のように少年は低い声音で口を開く。


「……俺さ、さっきまでは師匠の目的をやっと叶えれるって喜んでたんだよ。師匠がずっと死にたいってのは分かってたからさ」


「……」


「だけど、いざこうして叶える寸前まで来て……手が震えてやがる」


 見ると、少年の手は本当に震えている。

 それは始めて命を奪うから────ではない。


「なぁ……師匠? ちょっとだけ、我儘言っていいか?」


「……」


 少女は言葉を紡がない。

 それでも、少年は言葉を紡ぐ。


「やっぱり……俺、師匠には死んで欲しくねぇなぁ。楽しかったし、感謝してるし────そりゃ、師匠が死にたいってのは分かってるけどさ……それでも、俺は師匠に死んで欲しくない。我儘で一蹴してくれても構わないけど……後少しだけ、生きてくれねぇかな?」


 少年の頬に涙がつたう。

 それは身近な親しい人が死に逝くからか、それとも切にそう思っているからか。

 これは我儘だと、今まで死にたかった人間に後少し生きる苦痛を味わってくれとお願いしてしまっている。

 それが申し訳ないからなのかもしれない。


 そんな姿を見て、少女は────


「馬鹿じゃのぅお前さんは」


「……え?」


 少年に近づき、その震える手をとった。


「弟子のお願いくらい聞いてやるわい────妾も少しばかり……生きてみたいと思うようになったしの」



 

 誰かを守る為、周りに馬鹿にされない為、そして────


 少年が最初に編み出した魔術は、恩人を生かしたいと思ったが故の強欲であった。

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