それぞれの撤退と
「……とりあえず、マドラセル。今回は撤退」
「……は? わ、私はまだ戦えます────」
「……ううん。戦えるかもしれないけど、ガラフとカトレアがやられた。この国を攻めるのに、これ以上四魔将を失うのは痛い……だから、撤収」
側に膝まづくマドラセルにアイラは無表情で言い放つ。
一国を攻め落とすのに、自分達の主力が半分も倒されてしまった。これ以上攻めて落とせたとしても、次がどうなるか分からない。だからこその撤退。
マドラセルは己の同格が二人も倒されていた事実に驚愕する。
そして、誰がやったのかも────
「……ねぇ、二人は強かった?」
「……さぁな? 他の奴らと相手してねぇから基準がイマイチだが……強かったよ。苦労はしてねぇけど」
「……そう」
アイラはゆっくりと目を伏せる。
それは自分の同胞を倒されてしまったから故の悲しさからか、それとも別の事を思っているのか、ユリスには分からなかった。
(……ふ、四魔将を二人も倒したの?)
一方、二人の会話を聞いていたタカアキが驚愕する。
自分達が倒しきれなかった相手を圧倒し、尚且つ既に二人も倒していた事に。
(……僕よりチートじゃない? 僕を呼んだ理由が全く想像つかないよ……)
タカアキは知らない。
この少年が無能だと蔑まれていた存在である事に。きっと、その事実を知っていれば、大きな声を張り上げて否定をしていた事だろう。
(────でも、)
タカアキは顔を上げる。
離れたところに堂々と佇む銀髪の少女。パッと見は人間と言ってもおかしくはないかもしれないが、よく見れば耳が尖っており、額に小さな角がある。
それは魔族の証であり、目下自分達の前に現れた敵だという事。
それに、タカアキでも分かるこの圧倒的オーラ。
相手に畏怖の念を与え、衝動的に膝まづきたくなるような強者の風格。
ユリスの隣にいる
「……とりあえず、こっちも下がっとこうぜ。多分、どう足掻いても勝てねぇよ」
ユリスがアイラを見据えたままタカアキに投げかける。
その言葉に、タカアキは驚いたのと同時に納得する。
多分、先程の魔族を圧倒したユリスですら、あの少女には勝てないのだと。
であれば、その言葉に異論を挟む事はない。
「……分かった。僕は兵士達を下がらせる」
「……じゃあ、俺は足止めの係で。向こうさんも撤退するって言ってるし、もしかしたら見逃してくれるかもしれないからな」
ユリスがそう言うと、タカアキはミカエラの腕を掴んだ。
「……行くよ、ミカエラ」
「で、でも……」
「……多分、僕達じゃ足でまといだ」
その言葉がどれだけ歯痒い事か。
自分は魔族を滅ぼす為に呼ばれた筈なのに、こうして勇者ですらない少年に今を任して自分は逃げてようとしている。
それでも理解している。今の自分では絶対に勝てないのだと。
(……くそっ)
この世界に来て二年。
初めて違う世界に招かれたタカアキにも、この世界で守りたい者ができた。
平和な世界で平和に暮らしていたタカアキでも、体を張って守りたいと思えた者ができた。
(それなのに……ッ!)
「……タカアキくん」
そんな悔しそうな表情をしたタカアキを見て複雑な顔をする。
ミカエラ自身、アイラ相手に自分がどうにもならないというのは分かってる。
だけど────
(……ユリスくんが)
彼女もまた、己の役割に悩まされていた。
自分は聖女だ。これから自分達の為に戦って傷つくであろう者を見捨てて、安全な場所に下がるのかと。
本来であれば、下がる事は悪ではない。聖女は、安全圏で多くの者を救わなければいけない存在であり、前線にいるべきではないのだ。
いくら、ミカエラが聖女の中で戦いに特化しているからといって────その根底は変わらない。
だけど、やはり思ってしまう────このような自分を助けてくれた相手を見捨てるのか、と
「……セシリアの事、頼むわ。流石に、分身体を広げておく程余裕じゃなさそうだし」
「……分かった。彼女だけは、絶対に守っておくよ」
自分の為に前にいてくれる、ユリスの願いだけは聞き届けなければいけない。
だからこそ、タカアキはその願いを聞き届けるべく、ミカエラの手を引いて後ろに下がった。
「皆、撤収だよ!!!」
タカアキが戸惑う兵士達に向かって命令を飛ばす。
一瞬、兵士達は動こうとしなかったが、勇者であるタカアキ命令に従ってその後をついて行った。
魔族の集団も、いつの間にかマドラセルが引き連れて穴の空いた砦の方へと向かっていく。
そして────
「……こんな綺麗な人と二人っきりってシチュエーション、普通だったら喜ぶんだけどなぁ」
「……そ、私もあなたみたいな人間だったら一緒にいてもいいって思ってる」
「……どうしてそんな評価が高いのは謎だけど、一緒はちょっと嫌だなぁ」
ユリスは表面上だけ臆す事なくアイラと対話する。
だが、内心は焦りと恐怖が支配し、気を抜けば今でも足が震えそうな程だった。
(……冷静になれ。
ユリスは大きく深呼吸をする。
憤怒はいわゆる諸刃の剣だ。あれから、少しは
故に、発動してしまえばその後の制御が効かなくなってしまう。
だからこそ発動はできない。
憤怒という感情を抑え、今持ちうる大罪で乗り切らなければ────
「ちなみに、ここまま帰ってくれるって選択肢は? もちろん、師匠を置いて……だけど」
「……ない。私にお願いできる立場だと思う?」
「ない、が……切実に帰って欲しかったよ……」
アイラがゆっくりと一歩を踏み出す。
それに対し、ユリスもまた額に汗を流しながら一歩を踏み出した。
「……名前、聞いてもいい?」
「聞いてどうするって返答を先にしてもいい? 俺、恥ずかしがり屋なもんで」
「……どうもしない。ただ、名前を聞いておいた方がいいかなーって」
(……言動とオーラの違いが半端ねぇな、この魔族)
アイラから発せられる言葉はどれも感じ悪くない。むしろ、普通にユリスと会話しているようだ。
だが、感じるそのオーラは足が竦み、強者だと知らしめている────本当に、ちぐはぐだ。
だからこそ、余計にユリスを震えさせる。
不気味だと……こんな人物は知らないのだと。
「……ユリス・アンダーブルク。覚えてもらう必要はねぇけど」
「……ん、覚えた。私はアイラ、覚えて欲しい」
そして、二人の距離は駆け出せば直ぐにでも届くような距離まで縮まった。
(……まず、師匠の奪還が最優先。そんで可能な限りの時間稼ぎ……倒す、なんて事はしない────絶対に、無理だ)
ユリスは己に課した目的を脳裏で反芻させる。
目的を定め、優先事項をしっかりと確実に達成させる為────
「……じゃあ、やろっか」
「来いよ、魔族────楽に勝てると思うな」
こうして、ユリス最後の対峙が始まった。
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