想定外の告白
「────して、フェレッティ公爵家の次男様が、此度はどの要件でお越しくださったのでしょう?」
先程ユリスと話していた客間。
対面を促す二つのベットの上座に、ロイドが重く座る。
その横にはマリア、アナスタシアと一家勢揃いの顔ぶれだ。
「いえ、そこまで深い理由などございません。雰囲気から察するに、どうやら落ち着きがない────何かの取り込み中だと予想します。そして、そんな最中に足を運んでしまった事を……謝罪、申し上げます」
ロイドの対面には少し色の濃い白髪の少年。
表現するなら美少年と言ったところだろうか? 爽やかに、そして整った顔立ちには幼さを感じるが、所作がしっかりとされている。
何処ぞの驕った貴族とは違い、開口一番のセリフが謝罪から入るあたり最低限の会談へのマナーはなっているようだ。
そして、後ろには面を被った二人の少女。
同じ背丈、濃いローブ、怪しさ満点ではあるが彼女達は魔法士なのだろう。
剣やら鎧などではなく、腰に携えているのがロッドであることから、そう伺える。
アナスタシアやロイドの警戒が強まる。
「いや、それはこちらの都合だから気にする必要はない。だが、こちらも突然の来訪で時間を取れていないのだ────早速要件を伺いたい」
「その通りですね」
急かすロイドに苦笑する少年────リチャード・フェレッティ。
公爵家次男である彼は、緊張も焦りも何一つなく、ロイド────ではなく、アナスタシアに向かって輝を差し出した。
「是非、この私と婚約して欲しい」
「…………は?」
♦♦♦
「────多分、フェレッティ公爵家の息子さんは、アナとの婚約を目的として来てるんだろうよ」
一方、アナスタシアの部屋に取り残されたユリス達は、突然の来訪につい口にする。
ユリスはテーブルのうえに置かれた菓子をつまみながら、少しばかりの暴食を満たす。
「婚約……ですか?」
ユリスの言葉に、膝に座るセシリアが疑問に思う。
ポリポリとビスケットを食べているその姿は、まるで小動物だ。
「そうそう。タイミングとしては最高、隣国での婚約者候補が一人減った……なんて話は既に貴族のトップなら把握してるだろ。立て続けに二人の婚約者候補が外れた現状、ミラー公爵家と繋がりたい貴族はごまんといるからな────アナの近辺の情報は、目敏く集めてるだろうから」
「は、はぁ……」
「今まではロイドさんが一人、独断選定で決めていたみたいだが、それが品格違いで二人も消えた。そろそろ、自らが動けば介入できるのでは? なんて傲慢に考える奴もいる」
アナスタシアは公爵家ただ一人のご令嬢だ。
公爵家と実質的な繋がりを持つには一人の介入しかできない訳で、狙う貴族は多く、誰もがアナスタシアと婚約をしたがっていた。
だが、そこに待ったがかかる。
それは、ロイドによる婚約者候補という決め事だ。
貴族であれば、当主が決めた相手と婚約するなんて珍しくはない。
だが、縁談の話を持ち込んでも、全てはロイド自身が選ぶ為、そもそもが受け付けられなかった。
交渉のテーブルに乗ろうとも、招かれないと乗せてはもらえず、自らの手では乗る事ができない。
動くのではなく受け身で待たなければならなくなった貴族達。
不満も挙がったが、それでも公爵家の権力で今まで全てが封殺されてきた。
だが、そのロイドの選定はことごとく不発に終わる。
アナスタシアが自分の目で見て決める事。アナスタシアが気に入らずに候補から外れるのであればまだしも、一人は罪を犯して追放、一人は不誠実でアナスタシアの怒りを買って消えた。
そろそろ、ロイドもこの決め方に不安を覚えたのでは? 情報を手に入れた貴族ならそう思うだろう。
事実、ロイドはアナスタシアが帰ってきた事によって、その方針を変えたのだから。
「それに、今回は同じ貴族社会で二番目の爵位を持つ公爵家の人間。それも、嫁いでくる可能性も妾をとらない可能性も高い次男様だ。先手を取ったのは見事、これで格的にも他の貴族は口を出す事ができない」
「私、ユリスが何を言っているのか全然分かりませんでした!」
「別に、貴族の話だからセシリアは気にする必要もねぇよ」
分からないと胸を張って答えるセシリアの頭を、ユリスは優しく撫でる。
まぁ、聖女で純粋な彼女には、貴族事情など知るはずもないか……なんて思うユリスだった。
「そうですか……アナスタシアさんもご結婚されるのですね」
「そりゃあな。本来なら、この歳で婚約できないと貴族的には若干遅いんだぞ? 二十歳超えたらゲームオーバーだ」
「あ、お姉ちゃんからそれは聞きました! なんでも『いきおくれ』? って呼ばれるみたいですね!」
「よし、その言葉はアナとかティナに言うなよ? お兄さんとの約束だ」
流石に、その言葉は失礼にあたるからと、ユリスは真剣な顔つきでセシリアに言い聞かせた。
「そういえば……そ、その……ユリスも、結婚されるのですか?」
そして、セシリアがおずおずと話を切り替えた。
矛先はユリスへ。想い人からのストレートな質問に、ユリスは少しだけ戸惑ってしまう。
だが、こればっかりは仕方がない。セシリアを迎える準備が整っていない為ぼかすが、しっかりと言うしかないのだから。
「あぁ……俺も貴族として、結婚するよ」
「そ、そうですか……」
その言葉に、かなり胸が痛くなるセシリア。
事実、師匠であるミュゼはユリスに想いを告げ、ユリスもそれを考えると言った。
その言葉の相手が自分ではない……そんな気がして、セシリアの心は少し折れかけてしまう。
だが、その気持ちもユリスの言葉によって、現実へと戻される。
「俺からも聞いていいか、セシリア?」
「は、はいっ!」
セシリアは慌てて反応する。
顔を上げると、少しだけ顔を赤くしたユリスが、自分の双眸を見つめていた。
「セシリアも……その、結婚……したいとか、思ってる?」
あまりのストレートな物言いに、セシリアは顔を赤くしてしまう。
もちろん、セシリアも一端の乙女。
想い人がいて、聖女という肩書きに振り回されないように伸び伸びと生活させられてきたセシリアにも、結婚をしたいという願望はある。
だが、想い人に向かって「結婚したい」などと言ってしまってもいいのだろうか?
恋という勝負の最中に、そんな疑問を覚えてしまうのは、セシリアが奥手であるという証左かもしれない。
(で、ですが……ここで言えなかったら……ユリスと結ばれない可能性だってありますっ!)
ミュゼというライバルが一歩をリードした。
いつまでも、ユリスがその答えを言わないほど不誠実ではないと、横で見てきたセシリアは思っている。
だったら、こうして悠長に今の立場に甘んじていてはユリスを取られてしまうのでは?
そんな焦りが、セシリアに巨大な勇気を与える。
そして────
「わ、私はっ! ユリスと結婚したいって、思ってましゅ!!!」
「…………へ?」
その勇気は行き過ぎ、会話のキャッチボールから少しズレてしまう。
まさか、堂々と告白をしてしまうなどと、ユリスや言った本人であるセシリアですら、思わなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます